希望の足音 2

 ついに、城門は破られた。丸太が奥へと引っ込み、代わりに白を基調とした服と鎧を身に纏った兵士達が雪崩れ込んで来る。


 残った俺達も、武器を構えて応戦をする。……いや、俺もしたかったんだけど。


「貴方、何処かに隠れていなさいよ。戦えないでしょ?」


 茨が絡み合っていたかのような杖を、鞭へと変化させた仙女にそう言われました。

 はい、仰る通りです。生まれてこの方、武器なんて持った事ありません。いや木刀や竹刀を数回持った事くらいはあったかな?


 まぁどっちにしろ戦力外通告は適切だと思う。


「シルヴィアの所に行くにゃよ。盾くらいにはなってやるにゃ」


 でもニャベルのこれは流石に酷くない? 肉壁ってさ。


「え? 他に出来る事ないでしょう?」


 そんな仙女が振るった鞭の棘は、雄叫びを上げながら突進してきた兵士の身体を打ち付けた。鎧を紙みたいに切り裂いて、その下に守られていた筈の皮膚までもを傷付ける。真っ赤な血が花弁のように舞った。


「ひっ……!」


「ほら、この程度で悲鳴上げてちゃ身が保たないわよ」


 俺が人生で初めて目の当たりにした命の奪い合いだ。いや、出来れば奪われていない事を願うけどさ。


 覚悟はしてたけど、こうして実際に体験すると如何したって身体は竦み上がる。遠距離攻撃の撃ち合いとはまた違った恐怖が湧いてきた。


 ファンタジー世界に転移した一般人の主人公が初戦闘で無双なんて、あんなのは嘘だ。チートを持ってたって、心が適応出来ないよ。


「……お言葉に甘えて良いかな」


「だから、そう言ってるでしょう? 私も、少し下がらせてもらうわ」


 仙女や反乱軍も善戦していたが、やはり数が違う。

 一人また一人と戦闘不能に追いやられ、じわりじわりと後退を強いられていく。

 このままだったら市街まで防衛ラインを下げて、狭い路地とかにバリケードを築いた方が良いのかもだけど。


 でもそうなると、大通りががら空きになってしまう。

 怪我人が集まっている広場までの道を遮る物がなくなる――そんな事は出来ない。


「誰か、戦えそうな子はいないのか……?」


 例えば、仙女みたいな魔法使いか。あるいは、魔物退治をする王子とか。


 しかし焦れば焦る程、童話の詳しい内容が思い出せない。童話集のページが、上手く捲れなくなる。


 ああ、俺は一体誰を召喚したら良い?


「やめるにゃ、これ以上は無理にゃよ」


 多分、仙女は強いんだ。そして、彼女を実体をもった存在として世界に具現化させ続けるのは、とても魔力を消費するんだろう。加減はしてたとは言え、広範囲の魔法を使った訳だし。


 俺は今、自覚はないだけで結構消耗しているんだと思う。ニャベルはそう言いたかったんだろう。


「だったら如何したら良いんだよ!」


 分かってる、八つ当たりだ。俺には肉壁になるくらいしか、本当に出来る事なんてないのかもしれない。


 それが、歯痒かった。どんなに心を強く持とうとしていても、俺は静野綴なのだ。

 召喚の魔術が使えるようになっても、何もかも出来るようになる訳ではない。


「いや、十分だ! 皆、良くやってくれた!」


 その時、高くて澄んだ声が響く。この場から去った筈のトリシアのものだった。


 如何して戻って来たのか。


 それにしても、さっきとは様子が全然違う。声も表情も晴れやかだった。


 もしかして。


 その場にいた全員の心に、希望が灯る。


 同時に、トリシアの背後から……沢山の騎士達が現れた。


「イニストからの援軍が来てくれた!」


「連携してグラシアを護るぞ!」


 トリシアの隣に馬を進めて来たのは、やはり髪と目の色だけが違う快だった。


 ああ、良かった……トリシア、無事に再会出来たんだな。


「さぁ、反撃を開始するぞ!」


 剣を抜き、掲げるカイの姿は格好良かった。……ちょっと悔しい。でも花を持たせてあげるよ、この話の主役は君達なんだしね。


 それからのグラシアでの戦いは、思った以上にすんなりと収束した。

 勿論、トリシア達の勝利という形で。


「アシュレーイ!」


 俺が休む為に広場へと行くと、シルヴィアは泣きながら俺に飛び付いて来た。


「何処行ってたの⁉ 心配したんだからね!」


「ご、ごめんシルヴィア」


 そう言えばニャベルと広場を後にしてから顔を見せていなかったっけ……参ったなぁ。流石に悪かったと思う。俺はシルヴィアを座らせて、頭を撫でた。

 君が無事で良かったよ、シルヴィア。


 広場の各地でも似たような事が起きている。生きている人は再会を喜び、そうでない人は死者を悼んでいた。


 皆、泣いている。


 トリシアもまた、そうだった。幼子のように、カイの胸の中で涙を流している。

 今まで耐えてきた物が溢れ出して止まらない、そんな様子だった。無理もない、よね。


「カイ……如何して、来てくれたんだ……?」


 か細く、震えるような声で、トリシアはカイに問う。


「実は、俺も不思議に思ってるんだけどな?」


 カイは、苦笑しながら答えた。


「行かなきゃいけないような、気がしたんだ。大事な物がグラシアにある。そんな気がしたんだよ」


 ああ、良かった。カイのこれは『災厄姫と戦乱の街』の最後を飾る台詞だ。


「何だそれは……本当に、不思議だな」


 ハッピーエンドを告げる言葉を聞いて、トリシアも笑う。


 そこにいるのは、復讐に燃える反乱軍のリーダーなんかじゃなかった。年相応の、大好きな人と会えた事を喜ぶ、ただの少女だ。


 でも、あの言葉を聞くに、カイは快ではないらしい。トリシアも純ちゃんではないみたいだし。


 俺だけが向こうの記憶と意識を持っている理由は謎だ。

 それに、何だかんだで秋陽の原稿通りとはいかなかった。


 でもまぁ、これで『第二章戦乱の街』はハッピーエンド――今は、それで良いよね。

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