意外とあっさり帰れてしまった訳だが 4

 俺は体育担当の先生に一言断って、授業を抜ける。

 サッカー部のエースたる快の不参戦に、今頃一組の面々は軽く絶望している事だろう。


 俺は抜けても別に何も言われない気がするけどね!


 自販機などが置いてある休憩所に座って、俺は快に知っている事を話した。

 純ちゃんがトリシアとリンクしているっていう、予想も含めて。


 当然だけど、二人共驚いていた。そりゃ信じられないよね。


 俺がファンタジーの世界に転移したとか、あっちの純ちゃんがピンチだとか、その所為で今純ちゃんは言い表せない不安に襲われている、とか。


 あくまでも俺の見た夢の話だし、普通に俺がおかしいと思う。

 例えば俺と快の立場が逆で、快からこんな話を聞いたとしても信じられないだろう。


 でもそれを聞いて、純ちゃんは腑に落ちたような様子だった。

 快も、難しそうな表情をしてたけれど、俺を笑ったり馬鹿にしたりはしなかった。一応は信じてくれたみたいだ。


 多分、だけど。

 全然関係ない異世界に住む、知らない誰か、っていう話だったら――そんな訳ないだろうと一蹴されていただろう。


 カイとトリシア……自分達がモデルになっている登場人物だったから。彼等と自分達は、繋がりがあると知っていた。だからまだ、純ちゃんとトリシアがリンクしているって事に納得出来たんだと思う。


 ただ、あくまでも他の小説の登場人物よりは納得出来るというレベルの話だ。正直言って、まだ半信半疑だろう。


「なぁ静野」


 それでも、最終的には……快は、信じるという選択をした。俺の話が本当だとして、話を進めてくれる。


「如何したらカイは、俺は純を助けに行けると思う?」


 それにはきっと、もう一つの理由もあったのだろう。


「快は……静野の話を信じるのか?」


 寧ろ純ちゃんの方が、自分の感情の正体が分かったとは言え迷っているようだった。


 けれど、快は笑って頷いた。


「ああ。本当だとしたら……俺にとっては、チャンスでもあるからな」


「チャンス?」


 意味が分からず、純ちゃんは首を傾げる。

 そんな純ちゃんに、快は目線の高さを合わせた。


「俺が純を助ける、チャンスだろ?」


 純ちゃんは息を飲み、感極まったように再び泣き出した。多分、今度は嬉し泣きだ。


 快は、ずっと気に病んでいたんだよね。

 確かに、大切なのは『これから』だろう。純ちゃんを護って、幸せにしてあげる事は出来る。


 けど、純ちゃんが一番辛い時に何もしてやれなかった事は変えられない。

 年上とは言え自分だって当時は小学生だ。大人でも見付け出せなかっんだ、快にだって出来る事はなかったと思う。

 だからこれは、快にとっては後悔を晴らすチャンスなんだろう。


 いや……そうでなかったとしても、きっと快は助けるって決断をしたよね。


「静野は如何やって向こうの世界に行ったんだ?」


 純ちゃんを撫でながら、快と俺は考える事にした。


 改めて、俺は昨夜の事を思い出す。思い当る事があるとすれば、一つだ。


「秋陽の原稿を読みながら寝ちゃったんだ」


「じゃぁ、俺も市川の原稿読みながら寝たら『災厄姫』の世界に行けるかもしれないんだな?」


 確実ではないけど、多分それが一番可能性は高いんじゃないかな。


「静野は今原稿は持ってるのか?」


「うん、鞄の中にあるよ」


「よし」


 快は快晴の空のように、爽やかに笑った。


「取り敢えず、そこまでコピーさせてくれ!」


「ページ数結構あるよ⁉」


 しかしそこは、笑顔でいても快は譲らなかった。


 俺は結局、原稿の入っているクリアファイルを取りに教室まで戻る事になった。

 俺の鞄の中から『災厄姫と戦乱の街』と、念の為に第一章の『災厄姫と学園の新生活』も持って行く。


 そして、無料で自由に使えるコピー機がある図書館で待つ二人と合流する。


 一枚一枚読み取らせて、二人分の原稿を作る訳だけど。

 蓋を開けて原稿を取り換えて、また蓋をして操作する。


 かーなーり、大変な作業だったよ……これで向こうに行けなかったら、俺は泣く。

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