意外とあっさり帰れてしまった訳だが 3
そんな事もありつつ、今日の午前中の授業は終わった。何かもう脱力。
隣のクラスまで聞きに行く気力はなかったし、放課後多分一緒に顔合わせる事になるだろうし。
っていうかもう知られてても良いかと思ってる。
だから俺のもう一つの任務を頑張るとしよう。
即ち、カイを連れて来る事だ。
というのも次の授業が体育だから。
もうちょっと詳しく説明しよう。この学校では一学年につき四つのクラスに分けられている。体育は一組と二組、三組と四組で男女別に合同で行われるんだ。
で、俺は二年二組。そして二年一組には笹野快がいる、という訳だ。ちなみに秋陽達は三組だ。
このチャンスを如何にか生かしたいなーと思うんだけどさ。
やっぱり快を向こうに連れてく方法が分からないんだよね。俺は寝たら行ってた訳だし。
しかしさー、午後一の授業が体育って本当に勘弁して欲しいよね。
動いたら脇腹痛くなるもん。ただでさえ怠いのに。
適当に手を抜いたり見学してよう。
涼達と昼食を食べ終わって、ジャージに着替えて……俺はギリギリまでのんびりしてようと思ったんだけど。
「静野君、今日ボール取りに行かなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
ふと健吾は、俺が今日の道具当番だった事を思い出した。
「え? そうだっけ?」
「さぼろうとするなよ」
俺はすっとぼけようと思ったんだけど涼に軽く頭をはたかれた。
あーあ、ギリギリまでのんびりしてたかったのに。
涼は良いよなー、スポーツ得意だもん。
「えー……じゃぁ先に行ってるね」
「ああ」
俺は渋々教室を後にした。上履きから運動靴に履き替え、体育用具倉庫に向かう。
今日はサッカーだから、ボールの入った籠を持ってグラウンドへ運ぶ。
「重い~!」
籠は結構大きくて持ちにくい。抱えて歩くと前も見難いんだよね。
かといって普通に持つとバランスが崩れて一つ二つ転がり落ちたりする。それを拾いに行かなきゃならないから面倒だ。何とかならないかなぁ。
「はぁぁぁ」
俺は苦労しながらもグラウンドへボールを運び終えた。
俺は近くのベンチに座る、授業始まるまで絶対に動かない。
その時、グラウンドに快達がやってきた。
快は部活でもサッカーをしているし、身体を動かす事が好きらしいから、早めにグラウンドにやってくるのは何時もの事であり別におかしくはないんだけども。
そして、昼休みには毎日中等部の校舎から快に会う為に純ちゃんがやって来るのも、昼休みギリギリまで快にくっついてくるのもまた何時もの事なんだけど。
何か、今日は何時もより近い。ピッタリっていうより、ベッタリだ。純ちゃんは快の腕に抱き着いて離れない。
ただ、純ちゃんの表情は何処か不安そうで――その様子が、最後に見たトリシアの姿と重なって見えた。
俺や雪奈もそうだったように、髪と目の色が変わっている……向こうでは金色になっている事を除けば、純ちゃんはトリシアと同じ容姿なんだから、何もおかしくはないんだけど。
何ていうか、そこにいる夏海純はトリシアそのものであるかのように、俺には見えたんだ。
(気のせい、だよね?)
あの時のトリシアは涙を浮かべていたから、きっとそんな風に感じたんだろう。そうに違いない。
けれど。
「快。快は私の傍にいてくれるか?」
泣き出しそうな純ちゃんの声が聞こえて……俺は確信した。
純ちゃんとトリシアは、リンクしている。
理屈なんてない、完全な直感。
「快は……本当に、来てくれるのか?」
だってそれは、完全にトリシアの言葉だったから。
恐らく、純ちゃんとトリシアは感情を共有している。
「ああ、純が呼ぶなら俺は何処からでも駆け付けるぞ」
そんな事を知らない快は、やっぱり困惑しているようだったけど。それでも純ちゃんを邪険に扱ったりしなかった。
もう直ぐ授業が始まるけれど、無理矢理引き離したりしない。
「ただ、急に如何したんだ? 俺、何かしたか?」
純ちゃんから不安を取り除こうと、快は真摯に向かい合っている。
「快は……何も、悪くない」
でも多分、純ちゃんは理由を理解していない。だから説明なんて出来ず、余計に不安になる。
トリシアが、カイが来ると思ってないから……なんて。
そんなの、世界中で俺しか分からない事だもんね。
なら、俺には何が出来るんだろう。『災厄姫』の世界で俺が体験した事を説明したとして、トリシアの事を話したとして――快は、信じてくれるだろうか。
「快は、きっと来てくれる……分かってる、信じたい、けど」
純ちゃんのその涙声を聞いて。俺は反射的に立ち上がった。
「グラシアに来てくれ!」
気付けば俺は、快に向かって叫んでいた。案の定、突然の俺の行動に二人は呆然としていたけど。
「え?」
「静野? 如何したんだ?」
そんな事は、知らない。
ただ、これしか思い付かなかったんだ。
二人は、災厄姫については知っている。
カイとトリシアという、自分達がモデルになったキャラが存在する事も、去年秋陽から聞いていた。
「グラシアに来てくれ、トリシアがカイを待ってるんだ!」
「えっと、それ何処だ? 外国か?」
けど、完結した秋陽の小説はまだ俺しか読んでない。
グラシアという、都市の名前までは分からないようだった。
「グラシア」
しかし、純ちゃんは小さく呟いた。
トリシアとリンクしている彼女は、聞き覚えのような物があるのかもしれない。
「うん、来て。カイ、グラシアに来てくれ」
「純……?」
俺が切欠になったらしく、純ちゃんは伝えたかった言葉を見付けたらしい。
快にすがって、訴えた。
「カイ……助けて……」
そして、快の胸で泣き崩れてしまった。
純ちゃんの様子と、俺が何かを知っている事は感じたらしく……快は意を決して、純ちゃんを抱き上げる。
このままグラウンドにいると、他の生徒もやって来るだろう。純ちゃんが泣いてるの見られたくないだろうし、大騒ぎになっちゃうのも困る。
「悪い静野、知ってる事話してくれ」
だから快は純ちゃんを抱きかかえながら、俺について来るように促した。
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