意外とあっさり帰れてしまった訳だが 2

 さて、改めて。おはようございます。

 今日はまず、俺達の通っている高校について話そうと思う。


 私立彩之宮さいのみや学院の高等部だ。彩之宮には他にも初等部、中等部、四年制大学や短大もある。

 場所は、一応都内だ。敷地が広いから都会のど真ん中とまではいかないけどね。


 向こうにいた時もちょっと話したと思うけど、学園長達の方針により訳ありの生徒達も広く受け入れてくれている。場合によっては寮も手配してくれるんだよね。

 学費も他の私立に比べれば破格だし、奨学金も種類が豊富だ。


 決して審査が緩い訳ではないけれど、最大限生徒の事情と意思を汲んでくれる。

 申請すれば、出席日数や補修についても相談に乗ってくれるしね。


 だから生徒数も結構多いし、国籍やら年齢やらも様々な生徒がいる。


 あと、女子からは制服が人気だ。何でもデザイナーをやっている卒業生の作品だとか。ネイビーカラーのジャケットとチェックのスカートは、落ち着いた色合いながらも確かに可愛らしかった。

 使ってる色は同じなのに男子のスラックスは格好良く見えるんだから不思議だよね。

 ちなみに女子のリボンと男子のネクタイは三種類の中から自由に選べる。


 まぁ……俺は割と近いから受験してみて、受かったから通ってるんだけどね。俺みたいな理由の生徒は少数派だけど、でもそんな奴が将来の夢とかやりたい事を探すのにだって最適な環境だ。

 幅広いカリキュラムが選択肢を増やしてくれる訳だし。


 合格通知が来た時はそりゃぁもう嬉しかったなぁ。

 超叫んで近所の人に心配された中三の冬、懐かしい。


 兎も角だ、話を元に戻そう。

 俺が何を言いたいかと言うとだ。


 様々な事情を持っている生徒が多いだけに、生徒同士がお互いに気を配ったり、生徒間の結束が固かったりする。


 だからこそ……一限目が終わった休み時間、俺の机は女子に囲まれていた。


 字面だけだと、ハーレムみたいに聞こえるでしょ?

 高くて可愛らしい声の子と、昨日の夜のドラマの感想とか語ってるイメージが湧いた?


 残念、そんな甘ったるいシチュエーションじゃなかった。


 俺の正面にいる子は、瀧永菫たきながすみれさん。彼女は腕を組んで仁王立ちをしながら俺を見下ろしていた。背中から覇者のオーラが出ている。

 あっもう既に空手で全国に覇を唱えた方でした威厳があって当然ですよね済みません。


 いや分かってるよ? 彼女は別に俺に危害を加えようとしてる訳じゃない。

 その辺は清く正しく強く美しくをモットーにして生きてる瀧永さんだからね。

 気高い格闘家は、暴力を好まないんだ。


 なら尚更如何してこんな状況なのかと言うと。

 彼女達は、クラスメイトである秋陽の欠席の理由を俺に聞きに来たのだ。


「お、俺も朝声掛けてみたんだけど。顔出してくれなくてさ」


「そう……か」


 天地神明に誓って俺は嘘を吐いていません。


 昨夜――って言うのも俺としては変な感覚なんだけど――考えてた通り、俺は秋陽の家に行ったんだ。


 でもインターホンから返ってきたのは、今日は欠席するっていう秋陽の声だった。

 外の様子が見えるモニターが設置してあるリビングに秋陽はいた訳だけど、俺に顔を出さない所……相当辛いのかもしれない。

 体調が悪いなら何時までもリビングにいさせるのも悪いから、欠席の連絡は俺がしとくから自室で休めって言って俺は登校した。


 本当は、俺だって秋陽の顔が見たかった。

 その為に向こうで頑張ろうと思って……ちょっと肩透かしを食らった感はあるけどさ。

 でも会えるって浮かれてたのは確かだった。


 声だけでも聞けた安心感と、面と向かって会えなかった落胆が俺の中で今も戦っている。


「秋陽ちゃん、一人だし心配だよね」


「迷惑でなければ、放課後様子を見に行きましょうか」


 俺の横では、瀧永さんと同じく秋陽の友達である小鳥遊果梨たかなしかりんさんと上杉綺うえすぎあやさんがお見舞いの提案をしている。


 二人とも出来ればちょっとだけズレてくれたら嬉しかったかな。ほら、俺の席って窓際だからさ、そこだと横が塞がれちゃって逃げられないんだよね。いや別に逃げたい訳ではないけどさ。


 まぁ、秋陽を心配してくれているのは有り難いなと思う。


「だったら俺も一緒に・」


「あ、静野は駄目だからね」


 行くよって言いたかったんだけど、途中で遮られた。


「えっ、え、何で?」


「だって女の子が病気なんだよ?」


 混乱する俺に、明るくも咎めるかのように言ったのは藤沢鈴星ふじさわすずせという子だ。


「そういう所、静野には見られたくないのかもしれないでしょ」


「如何いう事さ?」


 見られたくないって、よく分からない。お互いの弱った所なんて何度も見てるんだし、今更だと思う。


 それに、困ってる時こそ傍にいて欲しいものじゃないのか?

 俺達、その……恋人なんだし。


「静野君。女心を理解するのは大事だよ」


 小鳥遊さん何その深刻そうな表情は。

 えっ、俺が秋陽と会うのってそんなにまずいの?


「静野は秋陽に愛想尽かされたらまずいんだからさ」


「そうだぞ静野」


 笑ってるけど藤沢さん、ちょっと待って。

 頷いてる瀧永さんもちょっと待って。


「鈴星ちゃんも菫ちゃんも、それは少し言い過ぎですよ」


 窘めながらも苦笑してる上杉さんも。


 お願いだから皆待って。何か皆、俺達が付き合ってる事知ってるっぽい……?

 秋陽が話したのか? それともまさかの女の勘?


「あ、チャイムだ」


「もう行かねばな」


 えええええチャイム空気読んで! 今鳴らないで!


「ちょ、待って! 俺達の事知ってるの⁉」


 しかし彼女達は俺の疑問に答える気は更々ないようで。


「次何だっけ?」


「英語ですよ」


 そんな会話を繰り広げながら隣の教室へと帰って行った。


「うわっ!」


 俺はというと、立ち上がろうとしたけど滑って床に手を付いた。


 運悪くそのタイミングで教室に入って来る、俺の教室の次の授業である数学担当の先生。


「何だか良く分からないけどちゃんと席に座りなさいね、静野君」


 ……何か俺今すっごい不幸じゃない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る