戦乱の街、騎士を待ち 7

 俺が西門に着いた時には、もう既にトリシア達反乱軍は劣勢に立たされているようだった。


 城壁の上にいる筈の弓兵や魔術師はかなり少なく見えた。残念だが、城壁の上で息絶えていて、下にいる俺からは見えないんだと思う。

 となると、梯子を掛けられるのは時間の問題だ。


 西門の方は閉ざされていたが、丸太か何かが一定のリズムで叩き付けられているようだった。

 攻城兵器なのかは分からないけれど。


 城門の扉は分厚いとは言え、木製だ。

 こちらも何時破られるか分からない。


 トリシアは迎え撃つつもりらしく、腰に佩いた剣に手を掛けていた。


 無謀だ――思うと同時に、俺は叫ぶ。


「撤退だ!」


 掠れた声だったけれど、不思議と通ったようだ。

 全員が一瞬手を止めて、俺の方を向く。


「なっ……そんな事出来るものか!」


 一早く我に返ったのはトリシアだった。

 やはり、俺では説得出来ないだろうしそんな時間もない。


 だから、俺は違う方向から攻める事にした。


「トリシアを死なせたいのか!!」


 肩を震わせ、ハッとした表情になったのは……トリシアの周りにいた反乱軍のメンバー達だった。


 秋陽は、謂わばこの世界の神たる存在は。

 戦争だとか、こんな状況を創り出したのだとしても。


 この章の根底にあるのは、トリシアの幸福を願う気持ちなのだから。


 そして恐らく、彼等はその願いから生まれたんだ。

 カイが現れるまでトリシアを守る為に存在している。


 いや、こうして災厄姫の世界が実在して、でも物語から少し外れそうになっているのだから、生まれ方が如何であったとしても……彼等はちゃんと生きていて、自分で考えて行動する一人一人の人間として扱わなければいけなのかもしれない。


 だとしても、トリシアを守ろうとする気持ちは本物の筈だ。


「トリシア様すみません! 失礼します!」


 一瞬だけの静寂と逡巡の果てに、彼等は動いてくれた。一人がトリシアを抱え上げる。


「っ⁉ 何故だ、私は戦うぞ!」


 しかし、抱えられた時に手を滑らせて、トリシアは剣を落としてしまった。カシャン、と乾いた音がする。

 銀色の剣が半ば鞘から抜けて、白銀色に太陽の光を反射した。


 トリシアがどんなに手を伸ばしても、剣には届かない。


「降ろせ! 私は、私は奴らを……父さまと母さまの仇を……っ!」


 怒りと嘆きを孕んだ声で叫びながら、トリシアは暴れる。


 ごめん、それでも君を死なせる訳にはいかないんだ。


 ……分かってる。別に、絶対に援軍が間に合わないなんて保証はない。カイだって、来てくれるのかもしれない。


 けどね。俺は博打よりも、慎重と確実を選ぶ方なんだよ。


「私にはもう、何もないんだ! 何もかも、あいつらが奪った! 何も残ってない!」


 遂には、トリシアの目尻に涙が浮かんだ。一度溢れ出したそれは、興奮している状態では抑える事が出来るものではない。


「あいつらを殺す! それしか、ないんだ!」


 トリシアにとっての、パンドラの箱は開かれた。

 中身は略奪の記憶と、哀しみと怒り。そこから発生する怒りと憎しみは更に殺意へと変化して、本来は可憐な筈のトリシアの唇から解き放たれた。


「違う。何もないなんて、嘘だよ」


 でも、だからこそ。


「君にもまだある」


 禁断の箱の底に残るのは、希望だろう?


「お前……何言って……?」


 俺の言葉に、トリシアは暴れるのを忘れたかのように呆然とした。

 その場にいた皆も、何事かと俺を見つめている。


 それから、トリシアは再び怒りを湧きあがらせた。

 今度は俺に向かって、だ。


「お前に私の何が分かる!」


 トリシアは、俺に自分の生い立ちを話した事なんてない。だから、何も分かる筈

もない。


 そうでなくても……他人の気持ちを百パーセント分かってあげられる人なんていないよね。


 皆、別々の人間なんだ。

 例え同じ経験をしていたとしても、全く同じ気持ち・同じ考えになるなんて事はないだろうし。


「俺は俺でしかないから、君の気持は察するしか出来ないけど」


 でも、俺は少しだけ、君達の事情を知っているんだ。


 だから、もしも君が戦うんだとしても――それはカイと再会してからでも、全然遅くないと思うんだ。


「君にとって、戦う理由が変わるかもしれない事が、もうすぐ起きるから。だから君は、イニストまで行くんだ」


 そう、今回の援軍に参加していなかったとしても、カイはイニストにいる筈なのだから。辿り着けば、きっと会えるから。


「ふざけるな! ふざけるなふざけるな! ふざけるな!」


 勿論トリシアはそんな事知る由もない。周りの人からも、俺はさぞ変な奴に見える事だろう。


「絶対に、もう一度会えるからさ。君の事、探してるから」


「だから! 一体誰だと言うんだ! 私の事など! 誰が……」


 そこまで言って、トリシアはハッとする。動きも止まり、力も抜けていくようだった。


 思い当って、くれんだと思う。


「まさか……お前は、何を知っている、何故……?」


 今が好機と見て、俺はトリシアを抱えている男の方に向かって叫ぶ。


「早く連れて行くんだ!」


「わ、分かった!」


 彼が走り出しても、今度はトリシアは抵抗しなかった。信じられない物を見るような目をしている。


 思い当ったとしても、直ぐに信じられるモノじゃないだろうしね。


「後は頼むぞ!」


「ああ!」


 この場に残ったメンバーの中で一番高い指揮権を持った隊長らしい騎士が、素早く陣形を整える。


 その間も、俺は小さくなっていくトリシアの姿を見送っていた。

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