戦乱の街、騎士を待ち 5
「もしかしたら……両方の世界が複雑に混ざり合っているのかも、しれにゃい」
マーテルは今、キルシュと一緒にいる。
けれど、まだフェリシアの駆け落ちは起きてないし、次期女王にはなってない。
それが俺達の出した予想だった。
「確かめてみないと、ね」
妹鳥には、フリズレイアの様子を見に行ってもらうように頼む。
彼女は頷いて、早速北の方角に飛び立った。
そして俺とニャベルは東門広場へと向かう。
そこではイニストから来た商人が、小規模ながらも露店を出していた。
トリシア達が兵糧を得る為に交渉をしていたり、武器や鎧等を吟味したりしている。
で、俺は食べ物を扱っている屋台でサンドイッチを購入する。
ニャベルに小さく千切ったパンの端っこを差し出したら俺の手元から具のハムを銜えて引っこ抜いた。ふざけるな。
それを見ていた店主は苦笑しながら俺にハムをくれた。
嬉しかったけど一ブロンズですって言われた。
何でだよサービスで良いじゃないか。
ちなみに日本円で換算するとアイアンが一円、ブロンズが十円、シルバーが百円、ゴールドが千円、プラチナが一万円くらいの感覚の貨幣制度だ。
ソシャゲのキャラのレアリティか何かか。
俺は釈然としない物を感じながらも早速店主の横で食べ始める。
ちゃんと払ったとも、一ブロンズ!
そして世間話の体を装いながら話し掛けた。
「何処から来たんですか?」
ニャベルとあれこれ話していた為か、飯時を少しだけ過ぎてしまっていたようだ。
ラッシュが終わった屋台は比較的暇だったらしく、店主は嬉々として乗ってきた。
「ソライベリアからだよ。ここの人に言うのも悪いんだけど、きっと儲けられるって会議で決まってね」
なるほどなぁと思った。
事実、多少高くても必要な物は買わざるを得ない訳だし。
そして食料品担当としては……日持ちする物はトリシア達に、傷みやすい物はこうして俺達に売る、と。
まぁ腐らせるよりは此処で少しでも売った方が良いもんね。
「まぁ、仕方ないですよ。物を売ってもらえないと困るのは事実ですし」
ソライベリア産らしいレタスはシャキシャキとしていて美味しかった。
やっぱりね、量を増す為にスープにするんじゃ味わえない良さがあると思うんだ。
「じゃぁ、この後はクリスパレス方面に行くんですか?」
俺が尋ねると、店主は困ったように笑った。
最も、行先を判断するのは商隊の上の方のであり、彼は決定に従わざるを得ないのかもしれないけど。
「クリスパレスは状況が分からないし、流石になぁ」
やっぱり危ない場所には行きたくない。
そりゃそうだよね、命には代えられない。
「そもそも、本当はフリズレイアに行く筈だったんだよ。例の姫様を見られるかもしれないと思って、楽しみにしてたんだけどなぁ」
「例のって、やっぱり祝福姫?」
「そうそうフェリシア姫!」
祝福姫。
俺がそう言った途端、店主は満面の笑みを浮かべた。
そりゃぁもう嬉しそうにフェリシアについて語り始める。
俺が聞かなくても喋ってくれるのは有り難いけど息継ぎとかちょっと心配になるレベルだ。
兎も角、フェリシアに変わった事は起きていないらしい……と思ったのだが。
「でもな、最近良くない噂を聞くんだよ」
「え?」
店主は表情を曇らせたのだった。
もしかして、マーテルの事だろうか。王位継承権の簒奪を狙ってる、みたく言われてるのか?
若干心配になる俺だったが、予想に反してフェリシアの求婚者についての話だった。
「何でも、質の悪い男に纏わりつかれているとか何とか」
「そうなんですか。名前って分かりますか?」
俺はやや顔を引きつらせてしまった。
何故なら、相手が誰であるかによっては……非常に面倒くさい事態になるであろう事が容易に想像出来たからだ。
「名前までは流石に分からないけど」
「そ、そうですよね」
しかし続く店主の言葉に、俺は内心で頭を抱える事になった。
「何でも、四王国出身じゃないらしい。最近フリズレイアにやって来てフェリシア姫の心を射止めたとか何とか言われてるが、きっと姫の美しさに心奪われ強引に迫ったに違いない」
あああああああああ最悪だああああああ!
「ご……御馳走様でした」
思いっ切り引き攣った笑顔でサササと移動する俺の背中に、店主の不審がる視線が刺さった。
でも気にしてられない。
その若造って言われてるの、絶対ミシェル・デリスさんだよ。
一番ヤバいじゃないか!
一緒に来たニャベルの尻尾も太くなってるよ!
っていうかお前ハム盗るなよ、塩分高いだろ!
……取り乱してごめん。前に、フェリシアの駆け落ち相手の名前がミシェルだって事だけは話したと思う。
そのミシェル・デリスのモデルになった人って、結構怖い人なんだよね。
もしも、だ。何者かが、明確な意思を持ってミシェルとフェリシアの駆け落ち婚を妨害しているとしたら?
それを知った時のミシェルの怒りっぷりが容易に想像出来る。
いや、誰からも愛されるフェリシアの恋に、フリズレイアは蜂の巣を突いたかのような大騒ぎになってるのは事実だと思うよ。
だから、信じたくない気持ちとかミシェルさんへの嫉妬でそういう風に言われてて、尾ひれが付いてこんな風に伝わってるんだと思う。
そう、思いたいな。
けど……一度胸の内に浮かんだ嫌な予感は簡単には消えてくれなかった。
如何か、杞憂であって欲しいんだけど。
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