戦乱の街、騎士を待ち 2

「ごめん、こっちにしてくれるかな?」


 だから俺はまた、彼に宝石を差し出す。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、真珠、他にも色々。革袋がパンパンに膨れるまで詰め込んだ。


 それを見た彼は、生唾を飲み込む。今、彼の頭の中では脳内会議が始まった事だろう。


 この街では、これから宝石よりも食料や医療品が必要とされるだろう。つまりは値段が上がる。

 グラシアは元々農地は少ないから、自給する事も難しい。

 それこそ宝石なんて幾らあっても足りないくらいになったっておかしくはなかった。


 だったら、逃げるなら早く消えてくれた方が有難い。そう考えると、痛くない出費だ。


 魔力が回復したらこっそり宝石姫を喚ぶ、馬車の中では回復に努める、これをずっと繰り返していたお陰だ。

 暇だったけどちゃんと訳があったんだよ? 俺は道中何もしてなかった訳じゃないからね!


 路銀の確保としての宝石っていう事自体はニャベルのアドバイスだけど。


 でもこう使うと効果的だろうなと思ったのは俺自身だ。

 シルヴィアの物である麦や保存食の方が、これからは役に立つ。


「ソライベリア方面に行けば、その宝石は正当な価値で売れると思うよ。旅費も切り詰めて行けば、ソライベリアで一旗上げられるくらいには残るんじゃないかな」


 ソライベリアというのは、南の王国の名前だ。

 軍事力も強いのだが、洗練された文化の国である。絵画や彫刻といった芸術品から美しいドレスや装飾品が高値で取引されていた。

 恐らく、この世界で宝石類が一番高値で売れる場所だ。


 彼もそう思ったのだろう。

 しかし、その眼にはまだ欲望が宿っていた。


 即ち、交渉次第では俺からもっと搾り取れるのでは、と。


「良いのかい? 考えてる時間はないよ? こうしてる間にもグラシアに危険が迫っている。王都から反乱鎮圧の為の軍が来てるんだ。そうしたらグラシアは籠城するだろう、逃げるどころじゃなくなるね。閉じ込められたら宝石も路傍の石と変わらない価値になってしまうかもしれないよ」


 ハッタリだけど、俺はここで畳みかけた。

 そう――考える時間はない。


 俺が、与えない。


「ああ、もしかして俺の勘違いだった? ごめん、必要ないみたいだね」


 革袋をしまう素振りを見せる。

 彼は慌てて、俺の手から革袋を引っ手繰るようにして奪った。


「わ、分かりました!」


 革袋を抱えるようにして走り去っていく彼の背中を見送った所で、俺は死角から出て行った。


 で、慣れないながらも怪我人に包帯を巻いたり手伝ってたんだけど。

 俺がやるとすぐ解ける……何故だろう。


「手当は私達がやりますから!」


「アシュレイはじっとしてて!」


 医師っぽい人やシルヴィア達に怒られた。俺は余計な手間を増やしてしまったらしい。


 いじけて地面に『の』の字を書く事数分――漸く、俺が待っていた集団がやって来た。


 ああ、俺は運が良いなぁ。まさかこんなに直ぐ会えるとは、流石に思ってなかったよ。


「やはり状況は芳しくないようですね……」


 肩の長さで切ってある金髪は、秋の実った稲穂のようにサラサラと揺れ。

 本来は澄んだ琥珀のような瞳は、今は怒りに燃えているようだった。

 細い肩からすらりと伸びる腕は震え、拳を握りしめている。


「だが、私達は新生リクリスタを許す訳にはいかない」


 俺の目当ての人物、トリシアがそこにいた。


「あの……もしかして、グラシアを守ってる人達ですか?」


「ああ、そうだがお前は?」


 俺はトリシア達に近付いて声を掛ける。

 トリシア以外は皆筋骨隆々とした男ばっかりで怖い。しかも睨まれた。


 彼らはトリシアに害を及ぼす人間じゃないかと俺を警戒してる。

 そりゃね、こんな可愛い子が強い決意を持って戦おうとしてたら守りたくなるよね。


 彼女を復讐心から救ってあげられたらどんなに幸せだろう。

 気分はまるで戦姫を守護する騎士(ナイト)のようだ。


 そんな彼らは俺の身体を見るや否や警戒を解いた。

 こんなモヤシに何が出来るって、皆思いっきり顔に出てるぞっ!


 でも残念でっしたぁー。

 俺は知ってるんだからな、トリシアが待ってるのは、トリシアが取るのはお前達の手じゃないって。カイなんだよ。ふんだ!


 幼なじみは正義なんだよ! 俺と秋陽みたいにね!


「俺はアシュレイ、あそこで手当てを手伝ってる銀髪の子の連れ。クリスパレスから避難してきたんだけど、彼女……シルヴィアが持ってきた物を皆に役立てて欲しいって。だから代表者に話をしたい」


 俺はそんな考えを微塵も出さないように気を付けながら話を進めた。

 演技が上手いか如何かは分からないけど、俺はトリシアを知らない振りをする。


「私が代表を務めている。名はトリシアだ」


「えっ、女の子!?」


 一歩進み出たトリシアを見て、一応驚いてもみせる。


 だからそんな睨むなって、トリシアを馬鹿にしてる訳でもフラグ立てようともしてないんだからさ。


 まぁ、彼らから見て俺は若干怪しく見える可能性があるような気がしない訳でもない、かもしれない。


 だが、シルヴィアは違う。

 皆を助けようとしているのはシルヴィアの本心からの行動だ。

 心配そうに患者に話し掛け、治癒魔術を施し、怪我には気を付けて笑顔を向ける。

 そしてまた隣の患者にも同じように接する。


 シルヴィアの行動に、計算といったものは微塵もない。


 しばしシルヴィアを見ていたトリシア達にも、それは理解出来たらしい。


 他の貴族は乞われても寄付なんかしない。水の一滴、パンの一欠片さえも、ね。自分達が一番大事だと、怪我人の言葉なんて無視する。

 最悪、怪我人だろうと蹴飛ばすような奴だっているからね。


 だから、シルヴィアの行いは彼らの目に如何映るのか。

 ほんの少しだけ罪悪感を覚えるも、全部俺(とニャベル)の計算の内だ。


 彼らは困っている。まさに、シルヴィアは天の助けに見えた事だろう。

 白衣の天使って良く出来てる言葉だと思うよ。

 まぁ今シルヴィアが着てるドレス、青と黒だけどね。


 そんなシルヴィアを無下に扱おうものなら、治癒して貰った人達が反発するだろうしね。

 少なくとも俺達の保護はしてもらえるだろう。


「ありがたく受け取らせて貰う。私は少し彼女と話してみる」


 シルヴィアは直ぐにトリシアの両手を取って、嬉しそうに協力すると申し出た。護衛の大男達に対しても変わらず笑顔を向けている。


 そんなシルヴィアの反応が珍しいのか、男達の方が逆に面食らってるみたいだった。やっぱりシルヴィアくらいの年頃の女の子は怯えたりするんじゃないかな。

 顔を見上げるとシルヴィアが首を痛めそうなくらいの身長差があるし。その上嫌ってた貴族だし。


 第一段階は成功だ。まぁ俺の方は直ぐに重用はしてもらえないだろうけど。


 でもまだ猶予は数日ある筈だ。

 鎮圧の為の新生リクリスタ軍は大半が徒歩で移動する訳だから、如何しても遅くなる。

 しかも重たい鎧着てる訳だからね。


 その間に、出来る事はしておかないとね。

 忙しくなるぞ。


 俺自身はあんまり動かないけどね!

 でも魔力はいっぱい使うからね、これも立派な労働だとも!

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