戦乱の街、騎士を待ち 1
赤砦都市グラシア。
名前に反して、その城壁の色は白一色だった。
いや、リクリスタでは白が聖色とされているから、大半の建物は壁が白で造られているんだけどね。
ちなみに王族の礼服の色も純白だ。
ならば何故、グラシアは『赤い砦』と呼ばれるようになったのか?
遥か昔……リクリスタとフリズレイアの間で全面戦争が起きた。この世界の歴史の中で、一番大きく激しい戦だったそうだ。
歴史的に見れば、沢山の場所で起きていた戦いの一つでしかないけれど……グラシアはフリズレイア軍に攻め込まれる。そして、敵味方問わず多大な負傷者が出た。
彼らの流した血で、城壁が赤く染まってしまう程に。
そんな逸話が、グラシアが赤砦都市と呼ばれる所以だ。
……秋陽さぁ、ちょっと血生臭過ぎじゃないか?
まぁ確かに怖い由来があるのは事実なんだとしても、近年は『夕陽が城壁を綺麗な赤に染める街』として観光に一役買っていたりするんだけどね。
きっと現実世界だったら、自撮りをする人々でいっぱいになるんだろうなーカップルがキャッキャウフフしてるんだろうなー。リア充マジ爆発しろ。
そう俺が思ってるグラシアもまた、再び城壁が血で真っ赤に染まっている……なんて洒落にならない程ではなかったけどね、クーデターの影響はあったみたい。
新生リクリスタの手の人間が制圧しようと動いたのは、王都のクーデターと同じ日だった。
最初は上手くいきそうだったんだけど……無益な殺戮や略奪にまで手を出してしまった事、それが結果的に自分達の首を絞める事になる。
市民達から、予想外に激しい抵抗に遭った。
全てを失い復讐に燃える、トリシアが率いる反乱軍だ。
愛らしい容姿で新生リクリスタへの抵抗を訴える彼女は、人々の同情と共感を掴んだのだろう。
あっと言う間に旗頭として軍を纏め上げ、新生リクリスタ軍を駆逐してしまった。
それがクーデター勃発から、わずか三日の出来事だ。
王都からの逃亡者から話を聞いてから更に三日後、俺達がグラシアに到着するまでには戦いが終わっていた。
まぁ、途中で敗走兵と遭遇するというハプニングが起きてちょっと遅れたのはあるけどね。
シルヴィアが傷付いてて可哀想だと言って治癒魔術を掛けてあげた上に食料まで渡してやった。
代わりに色々情報を聞き出せたから良しとするけどさ。
兎も角だ、今はクリスパレスからの逃亡者を受け入れてくれている。
それは有り難い事だったけど、同時に危険な事でもある。
逃亡者の振りをした新生リクリスタの工作員が入って来てしまい、閉ざされていた城門を開ける。
そこから再編成された新生リクリスタ軍が雪崩れ込み、反乱軍は危機に陥った。
命辛々クリスパレスから逃げてきた人の為にしていた事が、奇襲を許してしまうのだ。
秋陽のストーリーだと、そこにイニストの援軍が到着して助かるんだけど。
……いやね、俺としてはなるべくなら秋陽の書いた話をそのままにしてあげたいよ?
少し変えるのだって、断腸の思いだよ?
だって、俺は秋陽が好きだから。俺は秋陽の物語が好きな読者だから。
でも俺自身の安全の為を思ったらさ、トリシアに会って奇襲作戦の事を伝える方が安全なんだよ。
出来るならイニストからの援軍に合流したいんだよ。
援軍の中には、マーテルも参加してる。
俺が『災厄姫』の世界に来てから、もう一週間くらいになるのか。
ほとんどが馬車の中での移動に費やされているとは言え、結構な時間が過ぎた。
俺は、秋陽の顔が見たいんだ。
厳密にはマーテルであって秋陽ではないとしても、マーテルは秋陽の顔をした秋陽の分身なんだから。
俺がそんな事を考えている内に、シルヴィアが俺の横をすり抜けて行った。
「ちょっ……シルヴィア⁉」
「私、助けてくる!」
ばったり遭遇した敗走兵にも優しく接していたシルヴィアだ、放って置けなかったとして無理もない。
今は、戦闘行為自体は行われていない。
だが、至る所に負傷者が道端に座り込んでいた。
動ける人間は……怪我人を移動させたり、死者を葬儀場へと運んだりしている。
クーデターなんて起きなければ、今頃は道行く人と露店が並び、活気に溢れていたんだろう。
今は皆、下を向いている。
だと言うのに、宿屋だけは身形の良い人々で溢れていた。
クリスパレスから逃げてきた人々の中でも、貴族や富裕層の人間達だ。
普段彼等が泊まるような高価な宿は既に満員以上に人を入れている。
遅れを取った者は致し方なく低価格の宿に泊まる、下賤だとか汚いだとか悪態を吐きながら。
最早呆れてしまうよね。プライバシーの確保された部屋の中、ベッドで眠れるだけマシだろうに。
「ねぇアシュレイ、持ってきた物、皆に分けてあげようよ!」
手当たり次第に負傷者に治癒を施していたシルヴィアだが、それだけでは限界があると気付いたらしい。
「な、何をなさるのですかシルヴィアお嬢様⁉」
積んでいる荷物を降ろそうとするシルヴィアに、馬車の御者をしていた男性は驚いた。
チラリと俺を見てくる。シルヴィアを止めて欲しそうだ。
そうだよね、言うなれば私財を投げ打って見ず知らずの人を救おうって事だ。
彼もこの後ひもじい思いをしなきゃいけない可能性が高い。
けど無理だと思うんだよね。
俺にだってシルヴィアみたいな事は出来ない――だからこそ、シルヴィアの純真さや直向きさって尊いと思う。
そしてその行為は、きっと後々にシルヴィアと俺を助けてくれる。
だから俺は少し考えてから、シルヴィアに声を掛けた。
「シルヴィア、此処じゃなくてさ。広場でやろうよ。皆で助け合おうと考える人達は、大体そういう広い場所に集まると思うんだ。その方が多くの人が助かる」
「そっか……アシュレイ、頭良い!」
シルヴィアはキラキラと目を輝かせた。
そういう目で見られるのは気持ち良いね! はははもっと俺を讃えて良いんだよ! さぁ敬うんだ!
御者は苦虫を噛み潰したような目で睨んできたけど知らないね!
シルヴィアに頼まれて、御者は渋々といった様子で馬車をグラシアの中央広場へと進めた。
思った通り、広場には人が集まっている。
まるで野戦病院のように、治癒魔術や医療の心得がある人間は忙しく走り回り、所狭しと並べられた怪我人を手当てをしていた。
シルヴィアは、比較的広い馬車の内部まで提供した。
特に酷い怪我人を横にして休ませてやる。
そんなシルヴィアに、人々は感謝した。シルヴィアはすぐ、他の魔術師達と一緒に走り回り始める。
でもやっぱり気に入らない奴だっている。
シルヴィアを見る貴族達は眉を顰めたり、ひそひそと話をしていた。彼等にとって慈善活動はステータスだとしても、非常事態にまで行う事ではないのだ。
そして、さっきの御者はシルヴィアの荷物を物色していた。
広場の人達から荷物を積んでいる所が見えないよう、上手く死角に停めたよね。
シルヴィアに付いて行けば安全に非難出来る訳じゃない事、自分の分の物資が確保されていない事に気付いたんだね。
うん、君は賢い。だからこそ、俺は君を見張っていたんだよ。
「あ……アシュレイ、様」
彼は音を立てずに近くまで来た俺を見て、一瞬だけ怯えた。
しかし、次に歪な笑みを浮かべる。
「アシュレイ様なら、分かって下さいますよね?」
何を、とは聞き返さなかった。だって君の目を見れば言いたい事なんてすぐ分かる。見逃して欲しいんだろうね。
寧ろ、シルヴィアに代わって、俺が君を雇って守ってくれるくらいの期待をしているよね。
俺は、確かに今はシルヴィアを利用している。
けどシルヴィアを此処に置いて行ったりはしない。
罪滅ぼしにもならないけど、シルヴィアがイニストの学園で心置きなく過ごせるまで……本当の意味で屈託なく笑えるようになるまでは、俺はシルヴィアを見守ろうと思う。
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