さてまずはクーデターを生き延びなきゃいけない訳だが 9
シルヴィアは、比較的素直に俺の言う事を信じてくれた。
……というより、グラシアまで遊びに行くような感覚みたいだった。
しっかりと荷物をまとめ、サライフィア家の紋章が描かれた馬車に揺られる事、約三日目。
俺は初日の三時間くらいで景色を見るのには飽きた。
しかし俺の向かいに座ったシルヴィアは今も、窓の外に流れる景色を眺めながら時々歌っている。
見るからにご機嫌といった様子だ。まぁ、速度もゆっくりだし大きな揺れもない。
確かに快適ではある。
ただ休憩とか食事の時以外はずっとこうなんだけど、飽きないのかなぁ。
そりゃ、上手く王都から離れられたのは良い事だけどさ。
都合良く、と言って良いのか如何かは分からないが――シルヴィアと彼女の両親は、一緒には暮らしていなかった。
現在は領地の邸宅で視察を行っているのだとシルヴィアは言う。
彼女の両親も説得しなければならないとしたら、確実に骨が折れただろう。
貴族にしては少ないんじゃないかと思った使用人の数も、助かった。
危険な噂を耳にしたから避難しておく事にしたから皆もこの後は好きにして良いと言って、宝石を渡した。
ニャベルが喚べと言ったのは、宝石姫だ。
正直で働き者の少女が、ある日みすぼらしい老婆に乞われて井戸から汲んだ水を飲ませてあげる。魔法使いだった老婆は親切にしてもらったお礼に、彼女が喋ると花や宝石が出るように魔法を掛けてくれた。
少女は母と姉にこの事を話す。
母に促され姉も井戸に水を汲みに行った。
しかし老婆の姿を見て魔法使いだとは思わなかった姉は、冷たい態度であしらってしまう。怒った老婆は姉の口からは虫や蛇が出るよう、姉に魔法を掛けた。
母と姉は、逆恨みから少女を家から追い出してしまうんだけど……泣いている所を美しい王子に拾われて幸せに暮らす、という話だ。
童話と聞いてパッと思い浮かぶような、あまりメジャーな話ではないかもしれないが……宝石姫もまた、シャルル・ペローの寓話集に収録されている物語の一つである。
だから、ニャベルとは隣人みたいな関係なんだそうだ。
ちなみに俺が宝石欲しさに彼女を無理矢理喋らせたり泣かせたりすると、宝石は砕け散ってしまうらしい。
ははは、悪い事は出来ないように上手く作ってあると思うよ!
今回は使用人達の生活ひいてはその後の命に係わる事だから、ちゃんと受け取れた。
彼らが今後如何なってしまうのかは分からないけど、これが俺に出来る最大限の事だ。願わくば生き延びて欲しい。
やっぱり顔知ってる相手が命を落とすのは嫌だからね。
今後、アシュレイとシルヴィアはあの家に戻るって描写はないし、こんな事でも多分大丈夫だろう。
年齢にしては少々幼げで、天真爛漫が過ぎて周りからは変わり者と言われ距離を取られる事もあるが、シルヴィア本人は寂しがり屋である。
それは、雪奈も同じだった。
まさか、そんな本人の性格とシルヴィアの設定が幸いするとは、夢にも思わなかったよ。
そんなこんなでグラシアを目指す馬車の中は、平和だ。ひょっとして、このまま何も起きないのではないかとすら思ってしまう。
クリスパレスに残ったニャベルの事を考える。
毛皮を撫でたり顔を埋めたり出来て暇が潰せたのに。あーあ、やっぱり連れて来るんだったなぁ。
だが……この日の夕刻辺りに、他の家の貴族の物らしい馬車に追いつかれた。
そして彼等からの情報によると、俺達がクリスパレスを発った二日後にクーデターが起きたとの事だった。
運が良いなと、しきりに羨ましがられる。
王族は全員処刑され、沢山の負傷者も出たそうだ。
分かってはいたけれど、やはり胸が痛む。
ニャベルは、大丈夫だろうか。
こうして西王国・リクリスタは生まれ変わって――新生リクリスタ帝国を名乗り、統一の大義を掲げ、世界中に宣戦布告したのだった。
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