さてまずはクーデターを生き延びなきゃいけない訳だが 3

(月が冴える夜空のような蒼い瞳、だっけ)


 秋陽がアシュレイの目を、そう描写していた事を思い出す。

 こういう色になるのか。何だか照れるなぁ。


 転移した時に俺の容姿がそう変わったのか、それとも俺は本物のアシュレイに憑依しているのか。

 どちらなのかまでは分からない。


 ただ、此処は災厄姫の世界である――そう考えて行動する方が良さそうだ。


「ごめんシルヴィア、実は変な夢見ちゃってさ。夢に出てきたユキナって子がシルヴィアにそっくりだったから、つい」


 俺寝ぼけてたみたいだ、と笑う。

 シルヴィアもほっとしたように微笑んだ。


「なぁんだ、良かった。心配しちゃったよ」


 シルヴィアを騙すようで若干心が痛んだが、ここは上手く溶け込んでおかねばならないだろう。

 幸い、言葉は通じる訳だし。

 文字も読めた事から、ひょっとすると『アシュレイとして持っている知識』ならば頭に浮かんでくるかもしれないし。これは後で試そう。


 その上、俺は読者だ。世界観や設定も、ある程度は分かっている。

 シルヴィアからしたら、少し怪しく見える所も出てくるかもしれないが……まぁ、如何にかなるだろう。


 それよりも――ここが秋陽の書いた小説の世界である、という仮説が正しいとしたら。速やかに確認するべき事がある。


 今、ストーリー上のどの辺りなのか。


 アシュレイやシルヴィアが、マーテル達の仲間に加わった後であるならば問題はない。


 もしも、そうなる前であったならば。

 アシュレイとシルヴィアは、西の国リクリスタの出身だ。

 俺達が今いる場所は、リクリスタ内の何処かである可能性が高い。


(もうすぐ、クーデターが起きる)


 この世界が、秋陽の書いたストーリーに沿って物事が起きるのだとしたら……アシュレイとシルヴィアは死ぬ事はない。

 だが、怪我をするかもしれない。俺はやっぱり痛いのは嫌いだ。なるべくなら避けたい。


 それに俺達が死なないとしても、目の前で誰かが死ぬような事があるかもしれない。それだって、俺はごめんだ。


 今の俺はアシュレイなんだとしても、中身はやっぱり静野綴だ。普通の、戦や争い事には縁遠い高校生なんだから。


 その為には……さて、如何やって確かめるかなぁと俺は思案する。


 よし、まだ少し寝ぼけてる振りをしよう。シルヴィアが今は知らない、けれどイニストに避難した後で絡む人物の名前を上げてみれば良い。


「ねぇシルヴィア、ユジンは?」


 ユジンというのは、後にシルヴィアが兄と慕うようになるキャラクターの名前だ。


 勿論彼も現実世界にモデルがいる。

 作中での戦闘力も高いし、どんな場面であろうと居てくれたら助かるんだけどなぁ。


 俺は期待を込めてシルヴィアの反応を待つ。


 が、シルヴィアは先程と同じく首を傾げただけだった。


「ゆじん?」


 あ、これは出会ってないな、うん。

 やばいな、危険度が増したよ。


「あー、ごめん、やっぱり何でもないよ」


 これは早々に対策を練らないといけない。

 クーデターが何時起きるか、分かれば良いんだけど。


「あのね、調子悪かったら今日はゆっくりしてて良いからね?」


 俺ってそんなにヤバそうに見えたのかなぁ。

 複雑な気分だけど、好都合だからそうさせてもらおう。


「下に、御飯出来てるからね。お腹空いたら食べて? 私も今日はお家にいるから、何かあったら呼んで?」


 ああ、そう言えばアシュレイってシルヴィアの家に下宿してるんだっけ。何で現実と逆にしたんだよ秋陽。


「ありがとうシルヴィア」


「お大事にね」


 シルヴィアに背中を押されて、俺は部屋の中に戻された。


 さて、まずはアシュレイの部屋を調べよう。

 安静にしていると見せ掛けないといけないから、静かにだけど。

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