ダイヤモンドとガラス片 2

「……俺も帰るかなぁ」


 最後に一度だけ校庭を見やる。秋陽は今、丁度校門にいて――手を振って、相手と別れる所だった。


 校門からは、二つの道が伸びている。大体の生徒達は……駅へ向かうなら左、地元に住んでいたりバスに乗るならば真っ直ぐ。


 電車通学の秋陽は右へ、相手は直進するらしい。別れ際に秋陽へと向けた相手の笑顔が、俺からも見えた。


 ああ、知ってる。生徒会の書記、三年生の佐倉爽也さくらそうや先輩だ。優秀な成績と穏やかな雰囲気から、女子の間での人気は高い。


 そうだよね、そんな人に話し掛けられたら舞い上がっちゃうよね。分かるよ、彼って秋陽の好みストライクだもんね。


 こう言っては何だが、少し……ほんの少しだけ、佐倉先輩と俺は似ている。いや、何処がと聞かれたら困るんだけど。うん、共通点なんて眼鏡掛けてる事しかなかった。

 ごめんなさい俺達全然似てませんでした。


 佐倉先輩がダイヤモンドなら、俺はきっと砕け散ったガラスの破片だ。脈があるなら乗り換えたっておかしくない。欝だ。


 俺は溜息を吐きながら、机の横に掛けてある自分の鞄を持ち上げた。教科書、ノート、資料や参考書、空の弁当箱に水筒……結構、重たい。断じて俺が非力なんじゃない。

 俺は真面目だから、ちゃんと家に持ち帰って勉強してるんだ。


 それに、重たい理由がもう一つある。言ってしまえば他の教材と同じ――ただの嵩張る紙の束、印刷された文字の羅列なんだけど。でも違う、それだけじゃない。


 秋陽は小説を書くのが趣味だ。滅多に他人に読ませたりはしないんだけど。


 昔から秋陽の家にはとある事情があって、去年解決した。友達や先輩、先生や周囲の大人達……沢山の人の手を借りて。その時、誰かが秋陽に言ったらしい。


『皆を題材にして、小説を書いてみたら如何か』と。


 そして秋陽は、剣と魔法のファンタジーの世界を創り出した。自分や皆をモデルにしたキャラクター達を生み出して、ストーリーを練り上げて。

 現実の俺達とは違う部分もあるけど多少はまぁ止むを得ないだろう。現実を元にしてるとは言え、フィクションだしね。


 それがあの日の前日、完結したらしかった。昼休みに図書館のコピー機を使わせて貰って印刷したと言ってたっけ。俺は秋陽に頼まれたから……放課後の教室で彼女が来るのを待っていた。


 俺に、一番に読んで欲しいと言って――秋陽は俺に、小説の原稿を差し出したのだった。そして、大好きと言われた。

 久しぶりに一緒に電車に揺られて帰り、沢山の話をした。どさくさに紛れて手も握った。そしてちゃんと、秋陽の家まで送って行った。近所だからね。


 あの出来事は紛れもない現実だったという事を証明する、唯一の物……それが、今俺の鞄の中に入っている、秋陽が書いた小説の原稿だ。


「何なんだよアイツ、本当に」


 手にした鞄には、確かに重量を以て現実だと訴えているのに。いや、だからこそだな。割り切る事も出来なかった。


 なのに速足で歩いて、俺って本当に馬鹿だなぁと思う。ちょっと考えれば、直ぐに分かる事だろう?


 そんな事したら……秋陽に追いついてしまうじゃないか。

 目的地は駅で、目指す方向が同じなんだから。


 駅のホームに立っている秋陽は下を向いていて、表情は見えなかった。

 俺はわざと距離を取って、電車を待つ。

 当然のように、違う車両に乗る。万が一にも秋陽に気付かれたら、流石に気まずいから。


 きっと佐倉先輩の事を聞かずにはいられないと思うし。聞きたくなんてない癖にね。


 俺達が降りる駅まで、三十分は掛からない。スマホをいじりながら、適当に時間を潰す。

 俺はゲームを起動して、適当に目に付いた相手に対戦を仕掛けた。返り討ちにされる、惨敗だった。

 それが記念すべき百回目の敗北だったらしくボーナスアイテムの回復石がプレゼントされた。嬉しくない。使うけど。何の躊躇いもなくガチャに突っ込むけど。


 悔しくてまた違うプレイヤーに挑む。また負けた。何だよ皆強いよ、ガチ勢なのか。


 そうこうしてたらあっと言う間に目的の駅に着いた。電車から降りる、と同時に秋陽の後姿が目に入る。忘れてた。

 追い越さないよう、秋陽に気付かれないよう、俺はゆっくりと歩いた。


 思えば秋陽と喧嘩した時は何時も、こうして俺が後ろを歩いて家に帰ってたっけ。

 小学生の時なんか特に。ランドセルと下校時間の関係で、俺の記憶の中の秋陽の背中は夕日の赤に染まっている。


 懐かしさとか、最近秋陽の髪伸びたなぁとか思ってたからか――俺は直ぐに気が付かなかった。


 秋陽の歩みが、異常に遅い事に。

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