第一章
ダイヤモンドとガラス片 1
君に好きだと言われて、俺も好きだと返して。それから数日が過ぎた。
ひょっとして、あれは俺の夢だったんじゃないだろうか。……妄想じゃない、断
じて。ここ大事。
兎も角、そう思ってしまう程。俺達の関係は恋人と呼べるようなモノにはなっていなかった。
今時の高校生だよ? 周りのカップルはキスくらい普通にするよ?
まぁ君が積極的な性格じゃないのは分かってるし。照れ屋だし。
そりゃさ、たまに噂で聞くような責任が発生する事態になるのは俺だって困るけど。退学とか流石にヤダ。
えー……いや、俺の事は一旦置いといてだ。
恋人らしい事をする、それ以前の問題だ。
「……何で別の男と二人で帰ってるんだよー」
そう、俺に告白してきた筈の幼馴染の
「解せぬ」
教室に誰もいないのを良い事に、俺――
二階の窓から見下ろす秋陽の様子は、嬉しそうに見える。もっと上の階からだったら、そんなモノ見えずに済んだんだろうけど。
如何せん俺のクラスは校舎の二階、校庭に面した教室だった。更に、俺の席は窓際だ。何をするでもなく黄昏ていたら、秋陽達の様子が目に入ってしまった。
見たくない。胸がもやもやして落ち着かない。だと言うのに目を離す事も出来ない。もっと俺の目が悪ければ良かった、愛用の眼鏡を掛けてても見えないくらいに。
ならば――今すぐ教室を出て、階段を下りて、靴も履き替えずに駆け寄って、二人の間に割って入れば良い。
秋陽の彼氏は俺なんだと、相手に宣言すれば良い。
けれど俺にはそれも出来なかった。ただこうして、見ているだけ。秋陽の耳に届かない距離から、不満を漏らす事しか出来ない。
「秋陽は俺の事、大好きなんじゃないのかー?」
それとも秋陽の言った大好き、とは……恋愛的な意味じゃないのだろうか。男女通り越して、家族愛みたいな?
だとしたら、秋陽は嘘を吐いた訳ではない事になるけれど。やっぱり納得はいかない。だって秋陽は、家族に対しても普段から大好きだとか言うような事はしないから。
いや、腑に落ちないなら尚更走れよ俺って話なんだけどね。
理由は分かってる――秋陽に聞くのが怖いから。秋陽の口から、俺の勘違いだってはっきり言われるのが、怖い。だから、夢だと思おうとしてる。
「けど……」
残念ながら、それも不可能。秋陽は確かに、俺を好きだと言ってくれたんだ。
「けど、何だよ?」
「うわっ⁉ 痛っ!」
不意に、背後から声が降って来た。予想外の出来事に、俺は飛び上がった……というのは比喩だが、兎に角驚いた。
そして実際には座っていたから、机の端に膝をぶつけた。ガンッと、思いっ切り。痛すぎて涙が出てきた。
「ちょっ、静野君大丈夫⁉」
「おいおい……驚き過ぎだぞ」
悶える俺は今、視界が利かない。声から判断するに、クラスの友人の内の二人だ。
「だ、だって、急に声掛けるから」
心臓が口から飛び出すかと思った。リアルに。
「それは悪かったけど別に気配殺してた訳じゃないからな……」
クラスメイトの一人、
教室のドアは引き戸になっていて、開ければ必ず音がする。そりゃ、全力で開けて爆音がしたとかではないけれど。
勿論、涼は怪力の持ち主なんかじゃない。スポーツテストでも握力測定は男子平均よりちょっと上くらいだったし。
でも全然気付かなかった。俺どんだけ夢中だったんだよ。
「あ……もしかして綴君、市川さんの事見てたの?」
そしてもう一人、
「今秋陽にに気付くなよ恥ずかしい」
とはいえ、健吾の女子に対する直感というか嗅覚は……兎に角凄いからな。気付くなと言っても気付いたと思う。
「じゃ、さっきのも市川に関係する事か」
「さっきのってなんだよ?」
涼は苦笑した。俺の悪足掻きは見通されているらしい。健吾が秋陽を見つけなくても、多分バレたような気がする。
そうだよ……正解だよ。
「けど、って。声に出てたぞ」
ただ、俺は秋陽に告白された事を誰にも話してない。涼にも健吾にも、だ。そして、人前で恋人のような振る舞いもしていない。
他人からすれば今の俺は……幼馴染に彼氏が出来そうでショックを受けているように見えるんだろう。
「……何でも、ないよ」
だから俺も、本当の事が言えない。心配そうな二人から目を逸らす。
「そう、か」
「何かあったら相談にくらいは乗るからね!」
そんな俺の姿から何かを察したらしいが、敢えてこれ以上は聞かないでくれるらしい。それが有り難くもあり、自分が情けなかった。
「じゃぁね静野君」
二人は手早く持ち帰るべき教材をまとめ、鞄を手に教室を出て行く。
「辛くても飛び降りるなよ」
「やだよ俺痛いの嫌いだもん」
二階だから死にはしないだろうけど、骨折とかしそうだもん。俺、受け身とか取れないし。
いや受け身取れたとしても痛いよね。
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