王子達のお友達 ~あるいはヒルベルトの受難~

「きゃーヒルベルト様ぁ!」


 女子の物らしい、高い声が中庭に響いた。その声を聞いた瞬間、ヒルベルトさんの表情が強張る。


 何だろうと思っていると……人猫族と変わらない大きさの何かが、弾丸のように私達の横をすり抜け、ヒルベルトさんに向かって飛び掛かった。


 しかし慣れた様子でヒルベルトさんはヒラリと躱す。そして避けられた何かもまた、シュタッと華麗に着地をした。


「もう! ヒルベルト様ったら照れ屋さんなんだから!」


 ぷんすこと、ヒルベルトさんを振り返ったその生物は……一見すると、人間の少女がそのまま小さくなったかのような姿をしていた。


 地面に届きそうなくらいの丈の、赤と黒のゴシックドレスには……フリルやらリボンやら宝石が沢山あしらわれている。髪飾りも、月明かりしかないというのに最早眩しい程に派手だ。


 よく見ると彼女の身体は、布で出来ている。という事はもしや彼女は、ぬいぐるみ……なんだろうか。


 私の疑問が明らかになる前に……彼女は私を認めるや否や、髪を逆立てんばかりの勢いで食って掛かって来た。


「ま、まさか貴女もヒルベルト様を⁉」


「初対面です」


「ヒルベルト様は渡さないわよぅ!」


「初対面です」


「私の方が先にヒルベルト様に目を付けたんだから!」


「初対面です」


 そんなやり取りを繰り返す事数回、私はずっと初対面ですで通した。こういう女子の問題は拗れると頗る厄介だから。実際私は今日来たばかりでヒルベルトさんとは初対面だし。


「そう……違うのね……なら良いわ」


 彼女がぜーぜーと肩で息をするようになって、やっと分かって貰えたらしい。


「私、ヴァレンティッサ。ヒルベルト様のフィアンセよ!」


「違います」


 今度はヒルベルトさんが違いますしか言わなくなった。

 私の時もだけど、会話は成立していない。ヴァレンティッサちゃんはそれで良いのかな。


「本当、照れなくたって良いのに!」


 いや案外彼女としてはこれで良いのかもしれない。


 恋って素敵だよね、うん!


「にゃぁ、ヒルベルト様はモテるからぁ」


 ソラがそう言うのも何となく分かる気がする。他の魔界の女子達からも言い寄られてる姿が容易に目に浮かぶもん。


「人魚族の長にゃしね」


 ああ、それでさっきの魔法で出したの海水だったんだ。ちなみに耳がちょっと尖って見える以外は人間と変わらなく見えるのは変身の魔法らしい。


「じゃぁ、ヴァレンティッサちゃんは何族なの?」


「ぬい族、にゃ」


 何だろ、ぬい族って……もしかして『ぬいぐるみ』の『ぬい』なのかな。


「ヴァレンティッサはあれにゃ、日本でいう付喪神というヤツにゃよ」


 それは日本人である私も聞いた事がある。長く人から大切にされた物には魂が宿るという言い伝えだ。人形やぬいぐるみは特に、人の感情を吸収したり、動き出したりする、なんて逸話を多く聞く。


「にゃー。ただ、ヴァレンティッサの持ち主だった人間……ヴァレンティッサ・スノーヴィは、嫁の貰い手がないまま死んだらしくてにゃ。その未練をしかっり受け継いだみたいなんにゃ」


 えぇぇ……。


「あ、ヴァレンティッサが来てるって事は、ルコちゃんも来てるにゃ?」


 尻尾をピンと立てながらおててを打ったヤナは、何だか嬉しそうだ。


「ルコちゃんて?」


「ぬい族で俺達のお友達なんにゃ!」


 未だにヒルベルトさんにくっつこうとしながら、ヴァレンティッサちゃんが答えた。


「来てるわよぅ。でもはぐれちゃった。多分厨房に行ってると思うわ」


 お子様よねぇ、とヴァレンティッサちゃんは言ったけど……多分ルコちゃんとやらは見た目相応の行動をする子なんだと思うな。


「丁度良いですね、折角ですからお茶にしましょうか」


「わぁいにゃ!」


 嬉しい提案だけど、ヒルベルトさん……これ幸いとヴァレンティッサちゃんから逃げてません?

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