魔界の宰相
一太刀で蔦を切り裂かれたマカイカズラは怒りを露わに、彼に向かって咆哮した。
植物に声帯があるのかは分からないが、口の中にびっしりと生えている鋭い牙は、私からも見えた。見るからに危なそうである。
だが、蒼銀の髪の男性は落ち着き払った様子で、マカイカズラを鋭く見据えた。
マカイカズラの方が何倍も大きい身体をしているというのに、彼の眼光に射抜かれ、怯んだようだった。
彼はマカイカズラに向かって掌を翳す。すると何もない空間に、水が現れた。
少量だったのは最初だけで、みるみる内に大きな波の奔流となり、マカイカズラに降り注ぐ。
植物に水はあまり効果はないんじゃないかと一瞬思ったが……如何やら、それは間違いだったらしい。
水を浴びたマカイカズラは、悲鳴を上げながらのた打ち回った。
その度に、心なしかマカイカズラが縮んでいくように見える。
それは私の気の所為ではなくて、最後にはマカイカズラは小さな悲鳴を上げながら何処かに逃げてしまった。
マカイカズラは水に弱い植物なのかと思ったが、違うらしい。それも、私の鼻に潮の匂いが届いたからだ。
「海水?」
「にゃ。丁度良いから紹介するにゃ。ついて来るにゃよ」
キリスに言われるがまま、私達は中庭へと降りて行く。
やっぱりキリスは動こうとしないので、ミハルと一緒に抱き上げた。右肩にはヤナ、左肩にはマティを、頭にはソラを乗せて歩く事にした。
「おーい、ヒルベルトぉぅ」
城から中庭に出ると、キリスが私の腕の中から身を乗り出し、青年に向けておててを振った。
私達に気付くと、クーニャとベンチに座っていた青年は立ち上がり軍帽を外し、キリス達に恭しく頭を下げる。
「陛下は無事に保護致しました」
青年の言う通り、クーニャに傷は見当たらなかった。今は、ベンチの上で大人しく丸くなっている。耳と尻尾は垂れていたが。
「にゃぁ! 良かったですにゃぁ!」
ソラはほっとしたようで、私の頭の上でへなんと力を抜いた気配がした。
「にゃ。ヒルベルト、この人間が今日召喚された俺達の教育係にゃ。名前は和、だそうにゃ」
「宜しくお願いします」
ソラが乗っているので軽くしか頭を下げられなかった私に対し、ヒルベルトと呼ばれた青年は微笑んだ。
「いえ、分からない事や不自由がありましたら直ぐ教えてくださいね」
近くで見ると綺麗な人だなぁ。決して女性的ではないけど。
「あいにゃ、ヒルベルトは宰相なんにゃよ」
肩にいたヤナが私に耳打ちしてくれた。ああ、例の激務の人か。
でも政治も出来てあんなに強い人なんだったら、いっそヒルベルトさんが魔王になったら良いのになぁ。
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