人間界のキャットフード、大勝利
ソラの案内がなくなってしまった私は、完全に迷っていた。
フロアを移動してはいないんだけど、如何せん広いし目印になるような物も置いてない。
さっきみたいな肖像画とか、美術品とかもっと置いてあれば良かったんだけどね。
似たような物が多くて、私にはあんまり見分けが付かなかった。
仕方ないから片っ端からノックしては特に何もない部屋、と言うのを繰り返している。
「クーニャ、何処行っちゃったんだろう」
最初は他の人猫族と遭遇してはクーニャは見付かっていないという情報交換をしていたんだけど。
進むにつれて姿が見えなくなってきた。
いい加減不安になってきたけれど、ソラを起こすのは可哀想だったし。
だから、他と違ってプレートが掛けられているドアを見つけた時も、不思議に思ったけど取り敢えず入ってみる事にした。
中から声みたいなのが聞こえたから、多分誰かしらいるんだろうと思って。
一応ノックはしてみたけど、返事はなかった。けど、私はそっとドアを開けてみる。
怒られても、自分一人でいるよりはマシだったし。
「失礼しま……」
しかし私はドアを開けてみて、絶句した。
床一面に赤い色で魔法陣みたいな物が描かれていて、それは明滅を繰り返していた。
魔法陣が描かれていない所にはほぼ隙間無く火の灯った蝋燭が置かれ、異様な雰囲気を醸し出している。
更に奥には十字架が逆に掲げられた祭壇があり、ナイフやら金属製のコップらしき物が置かれていた。
何このベタすぎる黒魔術。
「見たな?」
「え?」
そして、祭壇の前で何かブツブツ呟いていた影が私の方を振り向いた。
雰囲気のある部屋は、若干怖く感じなくもないけど。マズい物を目撃しちゃったらしいのは何となく分かったけど。
「みぃたぁにゃぁぁぁ!」
でもその影は、やっぱり身長約30センチの人猫族だった。
なので怖さは半減どころではない。
耳と尻尾の毛は短くて細い灰色……人間界で言う所のロシアンブルーに近かった。
そして、ロシアンブルーちゃん(仮名)が怒ると同時に魔法陣の光は消え、沈黙してしまう。
何か良く分からないけど、儀式は失敗したらしい。
ちなみにロシアンブルーちゃんの大声でもソラは全然起きなかった。
「えっと、何かごめんね」
「そうにゃ! 次のチャンスは三ヶ月待たないとならないんにゃよ! 如何してくれるにゃ!」
ぷりぷりと怒りながら、ロシアンブルーちゃんは私のいるドアの方へと速足で近付いて来た。
「にゃっ!」
ロシアンブルーちゃんは一鳴きして気合を入れると、壁に跳び付いた。
カチッという音がして、天井の照明が付く。
うわ凄い電気だ! 魔界なのに電気通ってるよ!
「俺の儀式の邪魔をした落とし前、如何着けてくれるんにゃ!」
そしてロシアンブルーちゃんはシュタッと着地をした。流石は猫。
しかし彼のお怒りはまだ収まらなかったようで。
「うーんと」
私はしばし考えた末、鞄を開いた。
中にしまっておいたビニール袋の中から……例の猫のおやつを取り出す。
「にゃ? 俺は食べ物なんかで簡単には釣られ……」
そっぽを向いてしまったロシアンブルーちゃんは、しかし私が封を切ると同時にピクリと身体を震わせた。
「なななな、なんにゃこの香りは!」
しきりに可愛いお鼻をひくひくさせている。興味があるのか尻尾もぴんと立っていた。
「鰹節味だよ」
多分、西洋風の城に暮らしている子だ。
鰹節はあんまり食べた事ないだろう、そう踏んでいたが。
「こんにゃのはじめてにゃ!」
果たしてそれは正解だったらしい。
袋を両手で持ち、中身を自分で押し出しながらぺろぺろと舐めている。
気に入ってもらえたようで何より。
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