まずは魔界に召喚された時の事を思い出す 3
「にゃ……?」
私が絶句していると、魔王(?)クーニャは目を覚ましたようだ。
確かに、ぱっちりと開いた瞳の色はエメラルドグリーンだった。まだ眠たそうに、小さなおててで擦っている。
いやぁ、でもこれは……詐欺でしょう……。
これを見てあれを描いた画家さんは、一体どんな気持ちだったのか非常に気になる。
煽るとかじゃなくて。ねぇどんな気持ちだったの?
「にゃ、おはようございますにゃ、クーニャさま」
ソラはぺこんと頭を下げた。敬意を払われている辺り、本当に偉いのかな。
「だれにゃ??」
切れ長だった肖像画と違い、クーニャの大きなおめめが私を見上げた。くりくりしてて愛らしい。
そして、近くでこうして見ると、やはり絵で描かれているよりもキラキラしている。
「私、布津木和です。宜しくね、クーニャ」
謂わば世界の頂点たる魔王に対しては簡素な挨拶だったかなぁと思う。
もっと、こう……跪いて、仰々しい口上を述べなきゃいけないんじゃなかろうか。
でも、私の目の前にいるのは1.5頭身の小さな人猫族だしなぁ。
「にゃ。おれは……おれは、えっとぉ……」
クーニャは首を傾げ始めた。一体如何したんだろう。
「おれは、だれにゃ……?」
「あなたはまおう、クーニャさまですにゃよ」
ものすごーく慣れた様子でソラがクーニャに教えてあげた。
自分の名前も分からないって、如何したんだろう。
「にゃ! おれはクーニャ! まおうにゃ! ……まおうってなんにゃ?」
何か嫌な予感がひしひしとしてきたんだけど。
「えっと、あいにゃ? ちょっと分かってきたかもしれにゃいけど」
ソラは、言い難そうな様子だった。耳も若干垂れてきている。
「クーニャさまは、すぐわすれちゃうのにゃ。じぶんのことも、ぜぇんぶ」
呪いって言うのは、記憶障害なのだろうか。成程、それは確かに大変な事だ。
いや、ひょっとしたら若返ってしまったとか?
そうならさっきの肖像画も詐欺ではないのかもしれない。失礼な事考えてごめんなさい画家さん。
私がそう考えていたのは、僅かな時間だったけれど。
「あれ? クーニャさまにゃ?」
「え?」
ソラに言われて、辺りを見回してみたけれど。
クーニャの姿は、何処にもなかった。
その代わり、私がちゃんと閉めた筈のドアが……少しだけ、空いている。
クーニャは部屋から出て行ってしまったのだろうか。
「まただっそぉにゃ! はいかいにゃ!」
ソラが慌てた様子で声を張り上げた。同時に弾丸のように部屋を飛び出し、左右をきょろきょろと見渡す。
「にゃ⁉」
「こっちきてにゃいよ!」
私達が来た方向で、やはり様子を窺っていた人猫族達はクーニャの姿を見ていないと言う。
ならば、逆へ向かって行ったのか。
「えっと……追い掛ければ良いのかな?」
「にゃ!」
私は再度ソラを抱き上げて、反対方向へと廊下を歩く。
それにしても、物忘れに徘徊って、まるで。
「ねぇ、ソラ。クーニャってもしかして?」
私の言いたい事が伝わったのか、ソラは深刻そうに頷いた。
「クーニャさまは……にんちしょぉ、っていうびょぉきになってしまったのにゃ」
あの小さな、幼い姿からは中々結びつかないけれど、クーニャの行動は何もかも分からなくなってしまった老人のようだった。
「わすれて、わすれて、だからあんなふうになっちゃったのにゃ」
私の腕の中で、ソラは泣き出してしまった。
そうだよね。慣れちゃったのかもしれないけど、やっぱり忘れられるのは辛いよね。
同じ事何度も言わなきゃならないのも、疲れちゃうよね。
行方が分からないクーニャも心配だけど、私は一旦足を止めてソラを撫でた。
「よしよし、ソラは今までよく頑張ったね」
「に、ぁ……にぇ、ぇぇん!」
今まで堪えていた物が噴き出したのか、ソラは今度は声を上げて泣く。
小さな手は私の服を掴んで縋ってきた。
ソラが落ち着くまで、私はずっと撫で続ける。
やがて泣き疲れてしまったのか、ソラは私の腕の中で眠ってしまった。
本当は、何処かで寝かせてあげたかったんだけど。私の服をソラは掴んだままだった。
しっかりと爪を立てているらしく、放させる事も無理そうだったので、私はソラを起こさないよう静かに歩いてクーニャを探す事にした。
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