まずは魔界に召喚された時の事を思い出す 1

 何の変哲もない、けれど満月の綺麗な夜だった。




 私、布津木和(ふつぎあい)は、猫が好きである。


 親が動物嫌いだった為、小さい頃はどんなに願っても猫を飼えなかった反動か……一人暮らしを始めた私は、思う存分猫好きを発動させていた。マンションも申請すればペット可の物件を選んだ。


 何時か絶対に猫と暮らすんだ!


 そんな強い気持ちでいた。いや、現在進行形で持ち続けているけれど。


 保護施設やペットショップ、譲渡会などに顔を出して見るも……中々、運命の出会いというのは訪れないものだ。どの子も皆可愛い。のだけど。


 この子だ! みたいな電波が降ってこないのである。

 そんな事をしている間に、気付いたら一人暮らし開始からもう半年が過ぎていた。


 自分の猫に出会えないのならせめて……そう思って私は猫カフェへと通い始めた。以外と、駅の近くにあるものだ。


 頻度は月に一度、余裕があれば二週間に一度。次の日どんなに寝坊しても構わない金曜日の夜、仕事を上がってから二時間ばかり。飲み等の話が出ない限りは、必ず猫カフェに向かうのだ。


 私が何時も猫と戯れさせてもらっているのは、一人暮らしをするマンションの最寄り駅の近くにあった。


 そこは、店員さんに申し出れば差し入れ可能な店である。


 だから、私は何時も猫カフェに行く前に、スーパーでキャットフードを購入する。

 最近は細長い袋に入ったスープ状の餌を買う。

 開けた袋の先をペロペロと舐めるのも。前足で抱えようとして、後ろ足で立ち上がる姿も。可愛い、もう堪らない。


 なので差し入れを手にしてから猫カフェに着くまでの私の足取りは非常に軽い。もうスーパーの店員さんは私の事を覚えてしまったらしく、開き直る事にしている。半ばスキップしている客なんてそりゃぁ目立つよね。


 足? 全然痛くなんかありませんとも。まぁこの時ばかりは辛さよりも楽しみなのが勝っているからなんだろうけど。


 兎も角、何時ものように私は上機嫌で猫カフェを目指していたんです。


 猫カフェが入っているビルのエレベーターに乗って、目当ての階のボタンを押す。着くのが待ち遠しくて仕方ない。


 そしてエレベーターが停まる。ドアが開く。私は勇んで足を踏み出す。




 と、見慣れたフロアじゃなかった。床は大理石だし、何かちょっと暗いし。


「あれ?」


 おかしいなと思って振り返る。私の背後には、エレベーターがあった筈なのに……変な模様が描かれている壁になっていた。


「やったにゃぁ!」


「せぇこぉにゃん!」


「ほんとにきてくれたにゃ!」


 困惑する私の耳に、少年のような高い声が届いた。

 しかし何故に語尾が『にゃ』なの?


 段々暗さに目が慣れてきて、そこ複数の何かがいる事は分かった。皆、頭から布を被っているから顔とかは分からない。でも多分さっきの声の主達だろう。

 それにしても小さい。そこまでハイヒールではないにしてもパンプスを履いている、私の膝くらいまでないくらいだ。


 その小さな影達は私の前にやってくると、恭しく頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました、にゃ」


 その時私は気付いた、フードの形が不自然な事に。頭の形というか、丸くなっていない。

 まるで、三角形の何かがあるかのように、頭の両側が盛り上がっている。


 私は好奇心の赴くままに、一番前にいた小人(?)のフードを外してみた。


「どうかわれらをすくってくださ……にゃ!?」


 すると、そこからは猫の耳が飛び出してきたのです。まぁ語尾からちょっと予想はしてたけど。


「にゃわわわ!」


「にゃにするにゃん!?」


 彼らは私の行動にパニックを起こした。波が引いていくかのように私から距離を取る。

 素早い、流石猫、素早い。


 ただ、私がフードを外した一人はやや動きが遅れた。私はその隙を見逃さず、サッと抱き上げる。


「にゃぁぁぁぁぁ!?」


 フード、というかローブか。その裾から尻尾も飛び出した。驚いているからか毛が逆立ち、太くなっている。


 うん、やっぱり猫だ。出来れば猫ちゃんを脅かすのはやめてあげてね!


「はっ、はっは、はははなすにゃぁん!」


「私の質問に答えてくれる?」


 先程はついやってしまったが、私は目を合わせないようにしながら問うた。

 これは人間だと失礼な事だけど、猫では喧嘩を売る事を意味するから。人と猫、彼がどっち寄りの生き物なのかは分からないが、猫っぽいからそうしておいた。


「にゃ! いうにゃん!」


「ありがとう、驚かせてごめんね」


 私は努めて優しい声を出しながら、その子の頭を撫でた。そして、彼が落ち着くのを待つ。

 他の子達も、距離を取ってはいるものの、私達を見守っているようだった。


「私は布津木和、貴方はお名前は?」


「おれ、ソラ、にゃ」


 後で分かる事だが、ソラは瞳が綺麗なブルーだった。恐らくそれが名前の由来なんだろう。


「ソラは……猫、なの? 人間なの?」


「おれたち、ほこりたかきひとねこぞくにゃ!」


「ひとねこぞく?」


 私がおうむ返しに聞くと、ソラは胸を張って答えた。


「にゃ、ねこではあるけどにんげんではないにゃ。おれたちはまかいにすむ、まぞくなんにゃ!」


 漢字に表記すると、恐らく人猫族、なのだろう。人狼の猫バージョンと言った所か。


 それよりも気になったのは、まぞく、まかいにすんでいる、という言葉だ。


「まかいって、魔界? 悪魔とか、いるの?」


「にゃ」


 ソラは頷いた。しかし、段々と耳と尻尾が力なく垂れ下がっていく。


「いま、まかいはたいへんなのにゃ。それで、たすけてほしくて、おれたちはあいにゃをよんだのにゃ」


 如何やら私は、ある意味……異世界を救う為に召喚された勇者だった。

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