魔界に召喚されたら身長約30センチの魔王候補生の教育係りをする事になった

璃羽

魔王様達はクッキーがお好き

「あいにゃん、ごはんはまだなのかにゃ?」


「クーニャったら、さっき食べたばかりでしょ」


 私は膝の上にちょこんと座っている少年・クーニャの頭を撫でた。彼のクリーム色の髪はふわふわで、触るととても気持ち良い。


「そうだったかにゃ?」


「そうだよ、クーニャの大好きな鮭だったでしょ」


 そしてクーニャも、私が撫でると気持ち良さそうに、エメラルドグリーンの目を細めた。幸せそうな表情で、私の掌に頭をすりすりと寄せてくる。


「でもおれ、おなかすいちゃったにゃ」


「うーん。クッキーでも良い?」


 本当は良くない事だとは分かっている。しかしクーニャの哀しそうな声と、肯定するようにきゅるると鳴ったお腹の音に……ついつい、バッグの中からお菓子を取り出して与えてしまう。

 そして、クーニャは両手でクッキーを受け取り、噛り付く。ふんだんに使ってあるであろうバターとミルクの香りが私にまで届いた。

 クーニャは幸せそうに咀嚼し、飲み込む。何でも、固さが丁度良いらしい。牙に訴えかけてくるのだとか。


「あいにゃんのおかしはいつもびみにゃ」


 先ずは訂正をしよう。


 私の膝の上で甘えているのは、普通の少年ではない。見た目で言うならば、どちらかと言うと幼児に近いだろう。でも幼児ではない。身長は35センチだとの事だ。頭が大きくて、まるでぬいぐるみか何かのようだ


 次に、クーニャの耳はふわふわだ。彼の髪と同じ、クリーム色の毛皮で覆われている。そして、お尻の上の辺りから生えている長い尻尾も同じく。


 彼の語尾に付く『にゃ』という言葉から、察する事は出来たと思うが。


 クーニャは、猫耳と猫尻尾を持つ、人猫族という生物……らしい。


 らしい、というのは私自身が彼等人猫族の事を良く分かっていないから。そして、彼等の生きる世界の事もまだ良く分からない。上手く説明出来なくて、申し訳ない。


 だって、信じられないんだもの。


「また持ってくるね」


「にゃ!」


 元気良く返事を返してくれる、この小さくて愛らしい生き物が……魔王だなんて。

 世界中の宗教家に教えてやりたいくらいだ。お前らが恐ろしい姿を想像してる相手の正体は、猫少年だと。


「ずるにゃ!」


「ずるにゃ!」


「ずるにゃ!」


「ずるにゃ!」


「みぃぃ!」


 そしてこのクーニャ、一見幼く見えるが五児の父親である。


「にゃ!? このくっきぃはおれのにゃん!」


 ぽかぽかぺちぺちと、お菓子を巡って争っているが。


 クーニャは五人の息子を持つ父親だ。大事な事というより信じられない気持ちで何度でも言ってしまう。


「にぇぇん!」


 自分よりも小さな体の息子達に負けて泣き出すこのクーニャ、齢千年を疾うに越えて生き魔界の頂点に君臨する王であり、五人の父親である。


「こらこら、皆の分もあるから喧嘩しないの」


「やにゃ、おれのにゃもぉん!」


 いや、途方もなく長生きだからこそクーニャはこんな幼くなってしまったのだ。

 そして、私――布津木和(ふつぎあい)が、人外だとか魔王だとか現代の日本に暮らす人間がファンタジーな言葉を使う理由であり。


 魔界なんて場所に召喚された理由でもある。


「皆で分けなきゃ、クーニャにもあげません」


「にゃ!? やぁ!」


 クーニャは――人間で言う所の認知症に近い状態になってしまったのだ。

 しかも、誰かの呪いで……。

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