魔獣騒乱 その後

 『ポッカーン』というのが、音になって聞こえてきそう。


 誰もが状況を飲み込めない。


 魔法少女が軽く触れたと思ったら、魔獣が突然崩れ落ちるように倒れ、起き上がろうとしたら首がもげる…


 いや、もうほんと何があったんですか?怪奇現象ですか?って話です。


 青年の持つ剣が砕けたのだから、彼が何かをしたのかもしれない。


 けれど、その姿を追えた者が1人もいないんだから、これは魔法少女がやった事なの?どうなの?って事で混乱をきたす。


 混乱をきたしはしたけれど、何はともあれ魔獣を倒す事はできた訳で、避難者には安堵が広がり、やがて誰からともなく拍手が起こる。


 拍手は徐々に広がっていき、すぐに歓声になるけれども、それが魔獣を倒した自分にでは無く、魔法少女に贈られてる物だと感じるから、クルーア・ジョイスはちょっと面白くない。


 いや、でも最大の功労者は、エリエルちゃんだと思いますよ?


「違う、そうじゃない…」


 え?違うって何が…


「俺の一番の見せ場だったのに、描写が一つも無いってどういう事だよ?」


  あ…ああ、そこですか?えーと…それは…ですね?何と言いますか…


「チッ」


 ご…ごめんなさい…


「あの…どうしたんですか、クルーアさん?」


 ああ、ここで天使が舞い降りてくれてました…助かった…


「…大丈夫か?」


 まだ何か不満を言いたげなクルーア君ですけれど、ここは我慢をしてエリエルちゃんの身体の心配。


 何しろ魔獣の尻尾の一撃を、モロに食らっていましたから、あれで無事なのが信じられないくらいでいて、心配にもなるのも無理はないのです…


 まあ、クルーア君がもう少し早く来てれば、そんな事にはならなかったんですけどね?


 え?著者の匙加減?それは言わない約束でしょ?話し戻しますよ?



「まだ少しクラクラします…」


 そう言いながら、エリエルちゃんは魔獣の方をチラって見ますけれど、なかなかに凄惨な光景となってますから、流石に凝視する事はできない。


「もしかして、ちょっと、かわいそうとか思ってる?」


 エリエルちゃんの姿が、少し俯きがちなってるように見えたから、もしかしたらと思って聞いてみたけれど、これは図星。


「ダメ…ですかね?」


 そりゃあ、魔獣であろうと命あるものには変わらないですから、かわいそうと思う気持ちも分からなくはないですけれど、誰かを護る、救うという事が求められてる場合、時には非情にならなくてはいけません。


 でもね?それを求められるのは、本来アナタでは無いはずなのですよ?


 ですから


「いや…お前は、それで良いんじゃないか?」


 クルーア君の答えはこうなります。


 それを聞いて、エリエルちゃんはホッとしますけれど、クルーア君には別の事が気がかり。


 ここから見ても、王都守護隊の連中が慌ただしくなってるのが見て取れる…


 言っても、クルーア君とエリエルちゃんは、法に反する行動を取った訳でして、非常時とは言え融通利かせて免罪してくれるなんて事は期待できる訳もない。


「お前は、このまま聖堂に戻れ」


 とりあえずエリエルちゃんは、帰ってもらう方が無難だろうと判断。


 けれど、当人は状況が飲み込めず、頭にクエスチョンマークを浮かべて


「何でですか?」


 聞くもんだから、クルーア君は身体の手前で、守護隊の方を小さく指差し


「たぶん、面倒な事になるから」


 簡単に説明をする。


 その説明で、ようやく状況を理解したエリエルちゃんは


「え?クルーアさんはどうするんですか?」


 自分の事より、クルーア君の心配。良い子だ…


「俺は、ほら…お前と違って、正体隠してる訳じゃないからさ?」


 面倒は避けられないという事で、守護隊の待つ避難所へと歩み始める。


 エリエルちゃん、それは分かるけれども、やっぱり自分だけ逃げるのは気が引けるものだから


「私も行きます!」


 なんて事を口走る。本当に良い子だ…


 しかし、それはいろいろと不味い事だらけですから、クルーア君が良しとする訳もない。


 振り返りざま、ちょっときつめに


「ダメだ!」


 言うから、エリエルちゃんは、しゅんとなる。


 エリエルちゃんが、しゅんとなれば、そんなつもりでは無かったクルーア君は焦る訳で


「ああ…ご、ゴメン…」


 深く反省。なので今度は、なるべく優しく、諭すように


「正体、バレる訳にはいかないだろ?」


 …でもあんまり気の利いた事は言えない。


 気の利いた事は言えないけれど、正体バレたくないってのは


「それは…そうですけど…」


 なので


「…わかりました…」


 エリエルちゃん渋々了承。その場を飛び立とうとします。


 ところで、クルーア君、ずっとエリエルちゃんの事『お前』呼ばわりしてて、ちょっと失礼だなって思った方もいるかもしれません。


 コレ実はずっと彼女の事を、どう呼んだら良いのか分からず迷ってたからで、それはエリエルちゃんも何となく分かっていたから、なんとなく受け入れてました。


 ですから


「エリエル!」


 って、突然そっちの名前で呼ばれて、ビックリするエリエルちゃんなのですけれど


「魔法少女…辞めるなよ!」


 って言われてさらにビックリ。


「え?…」


 あなた、私に魔法少女を辞めさせたかったのではないのですか?何でですか?


 と、聞くよりも早く


「エリエルー!」


「ありがとー!」


 避難所の方から声がするから、ハッとしてそちらに目を移すと、その声に呼応するようにして、再び魔法少女に大歓声が贈られる。


 大歓声を贈られたら、それはエリエルちゃん大感激ですけれど、どう応えれば良いのか分からないから、とりあえずペッコリお辞儀をして見せれば、また歓声は大きくなる。


 そうしてる内に、クルーア君は我関せずとばかりに避難所の方へと歩いて行ってしまうから、『魔法少女…辞めるなよ』の真意を聞けないまま、エリエルちゃんは、その場を飛び去る事を余儀なくされてしまうのです。







 その姿を、避難所から眺めていたニコラ・テッサは


「…本当に物語の主人公みたいだな」


 何か悪巧みをしてるかのような、笑いを浮かべて独り言つ。


「あ!さっきの女の子だ!」


 そこへ、近衛騎士様が、猫を抱えて現れる


「怪我、大丈夫かい?」


「あ、はい…ねこ?」


「うーん…猫なのかな?」


 そういうスカーレットも、また悪巧みをしてるかのようで、抱えられてるシャルルさんは、嫌な予感しかしないから、なんとか逃げ出そうとするけど逃げられない。


「スカーレットか?」


 と、ここで今度は我らがフェリア先生のご登場。


「うっわ!フェリアちゃんだ!久しぶり!」


 数年ぶりの再会となる旧友の登場に、スカーレット大興奮。


 思わず抱きつこうとするもんだから


「ふみゃー!」


 シャルルさんは投げ捨てられる…がんばれシャルルさん…


 で、フェリア先生が黙って抱きつかれる訳もなく、手にしていた布で包まれた長い棒状の物体で、牽制してスカーレットの動きを止めると


「何で近衛騎士様がこんな所に…」


 いるんだ?と聞こうとしたけれど、一瞬スカーレットの目が輝くのを見逃さず


「いや、いい…だいたい察しが付く。今、下らない事言おうとしただろ?」


 本日3回目となるはずだった、スカーレット改心の小ボケを未然に防ぐ事に成功する。…流石だ。


 小ボケを未然に防がれたスカーレットは


「えー!言わせてよフェリアちゃん!」


 拗ねていますけれど、フェリア先生それを無視。


 傍にいた魔法学校の制服をきた少女の方が、断然気になりますから


「ニコラ・テッサさんか?」


 声をかけます。


 声をかけられたニコラさん、それまで二人のやり取りに呆気に取られてたのだけれども我に返る。


 我に返ったのは良いのだけれど、目の前にいるのは、怖いイメージのフェリア先生ですから


「は、はい!」


 変に緊張してしまう。


「君も、騒動に巻き込まれたのか?災難だったね?」


 優しい言葉をかけられてるはずなのに、普段のイメージから、どうしても怒られてるような気分になってしまい


「は、はい…すみません…」


 ニコラは思わず謝ってしまう。


 それを見ていたスカーレット、物凄く嬉しそうな顔をして


「生徒に怖がられてますな?フェリア先生?」


 からかうもんだから、フェリア先生、棒状の物体をスカーレット目掛けて振り上げますけど、そんな事で怯むようなスカーレットではありません。


「それ、剣かい?」


 聞かれてしまえば、本気で殴るつもりの無いフェリア先生も


「ああ、クルーアに渡すつもりで持ってきたんだが…」


 すぐに振り上げた腕を下して話し始める。


「騒ぎが思ったより長引いてたからね?クルーアが居るのにおかしいなって話になったんだけど、良く考えるまでもなくアイツは今は一般人だ」


「剣が無ければ力半減か~」


「それでも十分化物だけどな」


 そんな二人の会話についていけないニコラさんですけれど、剣が無ければ力が半減というのはどこかで聞いた事のある話。確かおとぎ話の…


「クルーア・ジョイス!帯剣禁止法違反の現行犯だ!」


 そうこうしてる内にクルーア君のご到着って事で、さっそく王都守護隊に囲まれる。


 そんなクルーア君の手にしてる、もはや柄の部分しか残っていない剣を指差し


「あれは君の剣かい?」


「うん、そうだよ?もう剣の形はしてないけどね?」


 そう会話しながら、守護隊とクルーア君の元へと二人が歩き始めれば、ニコラ・テッサは取り残され、後はただ傍観者となるしかないのです。

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