魔獣騒乱18

 魔獣が咆哮をあげ、近衛シバース達が先程までいた建物を攻撃しようとする。


 やはり、あの魔法攻撃と、それを行った者たちを驚異と感じたのだろうか?


 その建物には、すでに人はいないし、流石の魔獣でも自分よりも大きな建物を倒壊させるだけのパワーは無いだろう。


 けれど、崩れた建物の砕片が誰かを傷つけないとも限らないから、それは未然に防ぐに限る。


 エリエルは、スピードを上げて魔獣の右側に回り込み、側面から魔獣の顔面を殴りに行く。


 しかし、魔獣は直前でエリエルの存在に気付き、攻撃を躱そうとするから、クリーンヒットとはならない。


 クリーンヒットにはならないけれど、魔獣をよろけさせるには十分で、それを見ていた…もはやただの観衆と化してる、避難民その他から


「おー!」


 どよめきが起きる…いや、逃げなさいよあなた達…





 さて魔獣ですけれど、唸り声をあげ威嚇をしながら睨み付けてくるだけで、攻撃を仕掛けようとはしてこない。


 なんというか、必要以上にエリエルを警戒している様子。


 それはおそらく、この青い服の空飛ぶ少女に蹴り飛ばされた記憶が鮮明に残ってるからに違いなく…まあ、ほんの一時間くらい前の出来事ですしね。


 何にしろ、時間稼ぎが目的のエリエル。


 向こうから仕掛けてこないのは有り難い事であるので、こちらはこちらで、魔獣の周りをゆっくり旋回しながら様子を窺う。


 すると、遠くから見たのでは分からなかった事がいくつか分かってくる。


 その巨体は傷だらけでボロボロ。心なしか息遣いも荒く、とても辛そう。


 それは詰まる所、あの魔法攻撃によるダメージの大きさを物語っている訳で、魔獣は文字通りの満身創痍であるに違いない。


「これなら…いけるかも…」


 という訳でエリエルちゃん、よせばいいのに自ら攻撃を仕掛けに行ってしまうのです。






 その姿を魔獣の後ろ側から見る事になったクルーア君。


 ただただ呆れるばかりで、思わず笑ってしまいます。


 “何ガオカシインダ?”


 追い付いたシャルルさんが聞きますけれど、それはこの状況で笑ってしまう、クルーア君の頭でしょ?


「いや…アレじゃ魔法少女辞めるなんて無理だよな~って思ってさ?」


 おっと、そういう事ですか?


 忘れてしまいがちですけれど、クルーア君は某人物より依頼を受けて、エリエル・シバースに魔法少女を辞めさせる事を目的に動いていた訳です。


 そして、先日『止めます…もうこういう事しません…』という言説を引き出す事に成功。


 無事依頼を果たしたかと思われたのですが、現実はこの有様。


 でも、それは仕方がない事だと思ってしまうのです。


 今、彼女はたまたまエリエル・シバースの衣装を着てますけど、さてこれが衣装を着てなかったらどうでしょう?


 おそらく彼女は、普段着のまま魔獣に突っ込んで行ってるのではないでしょうか?


 実際の所は、そういう状況になってみないと分からないですけれど、今まさに魔獣をグーで殴ろうとする彼女の姿が、10年前に見た光景と重なって、クルーア君にはそうとしか思えない。


 そういう事なら、もうクルーア君には力尽くで抑えるくらいしか、彼女に魔法少女を辞めさせる方法が残されてなく、そんな事はしたくないですからお手上げです。


 諦めるしかない。


 辞めさせる事ができないのであれば、あとクルーア君にできる事は…



「さて、クルーア君。君は魔法少女君が、このままあの魔獣を倒せると思うかい?」


 若干上の空になってたクルーアを、スカーレットの一言が現実へと引き戻す。


 クルーアは、少し考えてから


「いや、微妙だな?彼女の魔力が切れる方が先なんじゃないか?」


 答える。


「どうして、そう思う?」


「…先輩だって知ってるだろ?あの子の力はダイアナさんに封印されてて、本来なら魔法を使う事すら困難な筈なんだ」


 言われて、スカーレットは一瞬キョトンとしてみせて、次いで訝しげな表情に変わり


「…あれ?おかしいな…わたしが知る限り、お婆様に魔法を封印されたのは、ソフィア殿下だったと思うのだけれど…」


 言い出すものだから、クルーア君『しまった!』って思います。


 つい当然の事のように、彼女も魔法少女の正体に気付いてるものだと思っていたけど、そうではなかった。


 当たり前だ。スカーレットは10年前の事件に関わってはいない。


 あの日、何があったのかも、ソフィア・パナス殿下が空を飛べる事も知らない。


 その力を、あの日から遡って数か月間の記憶と一緒に、当時の王国筆頭魔道士であり、スカーレットの祖母であるダイアナ・イヅチによって封印された事も知らない…はず…なんだけど、アレ?…なんかおかしいぞ?


 クルーア君、ゆっくりスカーレットの顔を見る…


 うん、笑い堪えてるね…


「ははは!ごめんごめん。嘘だよ、知ってるよ。わたしが魔法少女君の正体に気付いてない訳ないじゃないか!」


 そうですよ…この人は、こういう人ですよ…まったくもう…


 クルーア君、憮然としますけれど


「でも、ちょっと迂闊じゃないかな?」


 それはその通りなので、やっぱりこの人には頭が上がらない。


 だがしかし、『スカーレットは10年前の事情は知らないはずである』というの変わらない訳で、いつ彼女がその事を知る事になったのか、気になる所ではあるのですけど


「わたしが母様からソフィアの事いろいろ聞いたの、ソフィアが城から抜け出す時だったかな?」


 聞いてもいないのに答えてくれるのが、スカーレットのサービス精神。


 しかし、また気になる話が出てきたぞ?


「ああ…あの子達は、自分達だけで城から抜け出したつもりでいるみたいだけどね?実際はうちの母様が裏でいろいろ手を回してたんだよ」


 なるほど…『あの子達』というのは、ソフィア姫とユーリカ(本物)の事だろうけれども、この二人が入れ替わった経緯というのは、全く分かっていなかった。


 しかし考えてみれば、当時11歳の子供達のする事。


 現王国筆頭魔道士であるスカーレットの母、エリザベート・イヅチが気付かない訳もなく、素知らぬふりしてソフィアが城から抜け出すのを、陰ながら協力してた…のかよ、おい…


「いや…エリザベートさん、何考えてるのさ?」


 当然の疑問。


 エリザベートの立場なら、止めるのが普通だと思うのだけれど、それどころか協力するというのは、ちょっと意味が分からない。


「さあ?母様の考えてる事なんて、わたしには想像もつかないよ」


 それは実の娘だって同じ事。


「もっとも母様がああいう人だから、わたしは近衛騎士をやらせてもらえてるんだけどね?」


 代々、王室付きのシバースの一族であり、2代続けて王国筆頭魔道士を輩出しているイヅチ家。


 その長子として生まれ、シバースとしても非凡な才能を持っていたスカーレットは、当然の事ながら魔道士になる事を望まれて育った。


 しかし、彼女はそれに反発。


 パラノーマルだった事もあって剣を振る道を選び、エリザベートはその娘の意志を尊重してくれた。


 これ実は、自分が人生を選ぶ事ができずに嫌な思いをした過去があり、娘に同じ思いをさせたくないというエリザベートの母心であるのですけど、まあ親の心子知らずです。


「クルーア君、雑談はここまでだ」


 さて、大幅に話が逸れてしまったので軌道修正。


 エリエルに魔獣は倒せないだろうというのは、スカーレットも同じ考え。


 けれど、彼女が今気になる事は


「あの子が少し発光してるのは分かるよね?あれなんだと思う?」


 それは、クルーアも少し気にはなっていた。


 気にはなっていたけど、シバースの事などクルーアに分かる訳もない。


「さあ?何なんだあれ?」


 クルーアは、スカーレットは当然知ってて聞いてるのだと思ったのだけれど


「さあ?わたしにも分からない」


 当人、知らずに聞きました。


 スカーレットだって何でも知ってる訳ではない…おい…


「分からないけど、あまり良い事とは思えないんだ」


 そう言うスカーレットの目が、言外に『分かるよね?』と聞いてきている。


 そしてクルーアには、10年前の出来事と重なって、その事について思い当たる事が有る。



 10年前、シバース教アナトミクス派のクーデター未遂事件。


 あの日何があったのか?


 いつか語らなくてはいけないだろうけど、今はまだその時ではない。


 とにかく、魔力が切れるにしろ、二人の懸念が当たるにしろ、あまり時間は残っていないんだ…


「のんびりしてる暇はないよ?クルーア君」


 いや、のんびりしてたのは、あなたの方だと思うのですけれど、今はツッコミを入れてる場合ではない。


「さて…最後の手段だ…この街を救ってくれ…」


 そう言って差し出されたスカーレットの騎士剣を受け取り


「悪いけど、これ返せないと思うぜ?」


 先に断りを入れる。


 クルーアが使って無事に済む剣は、この世界には存在しない。


「仕方がないよ。またフェリアちゃんに、新しい剣打ってもらうさ」


 そう言って、お互いに笑顔で別れる。


 次いで覚悟を決めて、顔を引き締め、魔獣へと向かって歩み始めるクルーア・ジョイス。



 『この街を救ってくれ』とスカーレットは言ったけれど、街を救おうなんて思いは微塵も無い。



 エリエル=ソフィアが魔法少女を辞められないなら、クルーアにできる事はただ一つ。


 それは、全力で彼女を守る事。

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