魔獣騒乱17

 避難所の医療班にニコラを預けて、エリエルちゃんは一安心。


 すると、すぐにニコラの家族らしき人達がニコラを見つけて駆け寄ってくるから、事情を知らないエリエルちゃんは更に安心するけれど


「なんで家に居なかったのさ…」


 ニコラの様子がおかしい事に気付きます。


「ごめんね…でも、本当に心配したんだよ?」


 何やら険悪なムードで、とにかくばつが悪い。


 そんなエリエルちゃんに気を使ったのか、はたまた家族に気を使ったのかは分からないけど、ニコラは深くため息をつき


「家潰れちゃってさ…居なくてよかったよ…居たら大変な事になってた…」


 無理矢理にではあるけれども、笑顔を作ってみせているので、取り敢えずエリエルちゃんもホッとします。


「そうか…これからどうしようかね?」


 ホッとしますけど、お家が無くなっちゃったんだから、これからテッサ家は大変だ…


 今ここに居る人たちの中には、そういう人が何人もいるのだろうと思うと、自分が悪い訳でも無いのに申し訳ないと思ってしまう。


 エリエルちゃんはそういう人なのです。






 魔法による魔獣攻撃の、爆音・雷鳴・大爆音は、この一時避難所まで聞こえてきた。


 その直後である今は、まるで時間が止まってしまったかのように、不自然なまでに静まり返っている。


 それは『終わったんだ…』という安堵と『これからどうなるんだ…』という焦燥感。


 相反するような、二種類の感情からくるものだと分かるから、これで終わりとは思えないエリエルは、ちょっと気持ち悪い。


 そして『終わったんだ…』という思い込みは、建物から駆け下りてきた近衛シバースの


「魔獣がこちらに向かってます!急いで退避ください!」


 叫ぶ現実によって起こる混乱を、より大きなものにしてしまう。




「なんだよ!失敗したのかよ!」


 誰かの一言を切っ掛けに怒号が飛び交い


「退避って、どこに逃げろって言うんだ?」


 別の誰かの一言を切っ掛けに絶望が広がり


「と…とにかくこの場を離れるんだ!」


 また別の誰かの一言を切っ掛けに、逃げ出そうとする人が現れるけれども、ここで問題になったのが温度差。


 実際に魔獣を目の当たりにした避難者達と、そうでない人の差は明確。


 特に、ただ騒ぎが起きてるという事だけで集まった野次馬達には、事の重大性がまるで分からない。


 だから、逃げ出そうとする人たちの邪魔となり、そこで揉め事が起きる。


 守護隊や軍も同様の理由でまるで統率がとれてないから、収拾がつかない。


 その中にいるであろう、パーソンくんやワルドナさん…大変だろうなぁ…




 そんな中、自分が次にとるべき行動に迷い、ただ立ち尽くすエリエル。


 その耳に


「怪我人はどうするんだよ!」


 という誰かが言った一言が、カクテルパーティ効果的に入ってきて我に返る。


「私の事は良いから…みんな逃げて」


 我に返った事で、先ず気付いたのはニコラとその家族の会話。


 今は、スカーレットの応急処置で、一時的に痛みは無いけれど、怪我をしてるその足は思うように動かない。


 だからニコラは、自分が足手まといにならないように、置いて逃げろと家族を説得してる真っ最中なのですけれど、エリエルは我に返ってるとは言え、それがイコール冷静さを取り戻してるという訳ではない。


「あの…ニコラさんは私が…」


 連れて行くと言いかけるけれど


「それは、ダメっすよ!」


 全部言う前に断られてしまう。


「あなた、ここに居る全員助ける事ができるんすか?それができないならワタシの事は後回しで良いっす」


 普通に考えれば、エリエル1人の力で、ここにいる怪我人全員を魔獣到達前に運び出す事なんて不可能。


 そうであるならば、もっと怪我の酷い人を優先してほしいという事。


 しかし、重ね重ね今のエリエルは冷静ではない。


 ここに居る全員を助けられる事ができるのか?なんて聞かれたら


「できるよ?…ここに居る全員を助ける!」


 そう答えてしまう。


「はあ?どうやって?」


 その言葉を無視して、後ろを振り返るエリエル。


 その視線の先…ついに魔獣が、この一時避難所からでも目視できる位置に出現した事により、ニコラはエリエルの真意を悟る。


「そんな!無理っすよ!」


 無理…ああ、確かにこれは無理な事だ。


 それに…


『絶対に無理はしないで、自分の身の安全を一番に考えるの』


 …メリルさんの言いつけを、破ってしまう事になるのかもしれない。


 それは心苦しい事だけれども、同時に


『いざとなったら、うちのバカ息子が何とかしちゃうと思うから』


 その言葉を今でも信じている。


 きっとクルーア・ジョイスが何とかしてくれる。


 だから自分の役目は、それまでの時間稼ぎ…


 それなら決して無理な事ではないでしょ?


「行ってくるね?」


 そう言ってポケットから小瓶を取り出す。


 本日二本目のエルダーヴァイン社特製魔力補給ドリンク。


 絶対に身体に良くないと思われるけれど、今はそんな事を言ってられない。


「ちょっと待って!」


 止めようとするけれども、怪我のせいで歩く事も儘ならないニコラに、止められる訳もない。


 エリエルは、ゆっくりと歩きながら小瓶の蓋を開け、ドリンクを一気に飲み干し、振り返ってニコラに微笑みかける。


 次の瞬間、その姿が薄らと青白い光に包まれてるの見て、ニコラは言葉を失ってしまい。


『ああ…この子は本当に魔法少女なんだな…』


 内心で独り言つ。



 次にエリエルは、避難所全体に聞こえるように


「私が、魔獣を食い止めます!その間に皆さんは、できる限りこの場を離れてください!」


 叫ぶのだけれど、拡声器も無いのにその声が響き渡るのは、またぞろ無自覚に魔法を使っているから。


 そうしてエリエルは振り返り、咆哮をあげる魔獣に向かって飛び立った。



 けれど、そこには少しの誤算がある。





 魔獣の体高は約10m…全長30mと言った所。


 かつての魔獣には全長100mを超えるものも居たそうですから、決して大きい物ではない。


 けれど、そもそも魔獣なんて見たことない人…存在すら知らなかった人達を、絶望の淵に叩きこむにはそれで十分。


 近衛のシバースによる最大級の魔法攻撃を、ものともしなかったという現実があるから、なおの事絶望は深い物になる。


 その魔獣に、果敢に挑もうとする魔法少女。


 青白い光を放つその姿は、絶望の淵にいる人々には『希望』に見える。


 その結果、避難民も、野次馬も、軍人や守護隊の隊員達に至るまで…


 その姿に心を奪われて、逃げるのを忘れてしまうのです。

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