そこに至るまでの経緯
ピチャ…ピチャ…と、水滴の垂れる音はしても水の流れる音はしない。
ここは地下水路である事は間違いないのだけれど、思っていたのとは少し違い、使われなくなった大昔の地下水路らしい。
日の光の入らない地下ですから、本来なら真っ暗闇であるはずなのに薄らと明るいのは、大昔にかけられた魔法の効果が残ってるからだとかで、何ともまあご都合主義だ事…
それにしても、なるほど使われなくなった旧水路なら国の管理下どころか誰も管理してない。
犯罪集団の隠れ場所としてはとても都合が良い。
けれど、それは当然手入れもされず数百年放置されてるという事であるからして、いつ何が起こってもおかしくない場所であり危険が危ない。
さて…本当はせっかくバトルシーンに突入したという事もありまして、そのままいろいろと端折って話を進めたい気持ちでいっぱいなのです。
けれど、それではあまりにも手抜きではないか?と誰かに言われた気がしたので、時間を数十分前…マリー・クララヴェルが目的地も知らされないまま、先導するブロンズ・メイダリオンの後を、トボトボとついて歩いている所まで巻き戻します。
アナトミクス派のシバース教徒の多くが拠点の移動そっちのけで、魔獣を連れていなくなったアルフォンス・ジェリコーの捜索に当たってるとかで、今ここにいるのはブロンズの他に3名のみ。
隙を見て逃げ出すには、これ以上ないご都合主義展開ではあるのだけれど、非常に厄介なのがその内の一人がジェリコーの捜索に参加できなくて不貞腐れ気味の魔女ヴィジェ・シェリルであるという事なのです。
この魔女とまともに戦って勝てる気が全くしない…
いや、じゃあ他の相手なら勝てるのかって話なのですけれど…そんな事より
「あの…目隠しとかしなくて良いんですか?」
新しい拠点への移送。
普通に考えたら場所を特定されたくないだろうし、そのためになんかこう…目隠しするなり眠らせて拘束するなりするもんじゃないのかな?
いろいろと想定外の出来事が重なったとはいえ、あまりにもお粗末ではないのかな?
と思うマリーですけど
「嫌だよ面倒臭い」
そうシェリル姉さんが仰いますからお言葉に甘えるとします。
しかしこの状況。シェリル姉さんという人が、信頼できるかは別として超強力という事もあるのでしょうけど、おそらくマリーが舐められてるという事もあるんだと思うので、重ね重ね逃げるには絶好のチャンス…
「一度上に出ますからね?目隠しなんかしたらかえって怪しいですから」
…なんかあまりにも状況が出来すぎてて、もう何かのフラグが立ってるんじゃないか?と、かえって不安になってくる。
けれども、一度逃げると決めたからには絶対に逃げるてやる!と改めて心に誓って拳を強く握りし…
ふぅーっ
「ヒャッ!」
…握りしめようとした所で、背後から気配もなく近づいてきたシェリル姉さんが耳に息を吹きかけるから、仰け反りながら声を上げずにはいられないのですけど、そのまま耳元で
「逃げようとしたら殺すよ?」
言われればゾッとせずにはいられない。
この魔女は、冗談を言わないような女ではないのだけれど、冗談で人を殺すような女であるからだ。
「冗談でもそういう事言わないでくださいよ…」
なので、ブロンズ・メイダリオンの言葉は何の意味も持たない。
それはそれとして、今の流れでマリーのすぐ後ろを歩いていたシェリル姉さんが前へと移動し、先導するブロンズとマリーの間へと入る。
それによって後ろにはモブ教徒が二人となったというのは、マリーには割と都合の良い状況であって、またぞろチャンスが広がった…いやもうほんとどれだけご都合主義ですかいい加減にしてください。
「ちょっと靴紐直しても良いですか?」
なんて、わかりやすい嘘をついても
「早くしろ…」
何の疑いもなく騙されてくれるのもご都合主義です、ごめんなさい。
靴紐を直すふりをして靴に隠してあった小さなカプセル状の物をまんまと取り出す事に成功したところで準備完了。
これが切り札。
後はいつどのタイミングでこれを使うかを見誤らない事だけれども、そのチャンスは意外に早くやってくる。
「ここから上にあがります…俺が先に様子を…」
言いながらブロンズが地上に出るための梯子に手をかけようとした時
「アタシが先に行く!」
「痛っ!もう!」
ブロンズの頭を踏み台にしてシェリル姉さん梯子に飛びつく。
しかし、その梯子だってかなり昔の物のはずで、今の行為は非常に危ないのではないだろか?と目をパチクリさせるマリーに気付いたブロンズが
「ああ、この梯子なら新しく付け替えた物だそうですから大丈夫ですよ?」
言って首をさすりながら上を見上げる頃には、もうシェリル姉さんは地上に出てしまっていた。
「ああまったく…」
呆れながら今度はブロンズが梯子に手をかけ地上へと上がっていく…
ここかな?
チャンスは一度きり。
ハッキリ言って逃げ切る自信はないし失敗したらどうなるかわからない。
最悪あの魔女に殺されてしまう可能性も…結構高い。
しかし後戻りはできないしするつもりも無い。
マリーは先ほど取り出したカプセル状の切り札を、後ろのモブ教徒に気付かれないようにサッと飲み込む。
「早く登れ」
ブロンズの姿が見えなくなりそうになった所で、マリーはモブ教徒に促される。
それを無視して唐突にクルっと後ろを振り返るから、モブ教徒達の頭にクエスチョンマークが飛び出すわけで、さらにニコッと微笑まれて二人の手を強引に握るからモブ教徒顔真っ赤になる訳です。
まあ、おかしな宗教に嵌まって女性経験なんかさっぱりな童貞モブ教徒ですから、美少女に手を握られただけでこの有り様なのです。
しかしマリーが意味もなくモブ教徒の手を握る訳もなく、その手がブワッと光を放った所で、モブ教徒もいい加減マリーの意図に気付いたけれども後の祭り…
マリー・クララヴェルは自分で魔力を生み出すことができない。
しかし何らかの方法で魔力を供給されれば体内に魔力を宿す事ができる。
つまりは先程飲んだカプセルには、どういう原理でそうなってるのかは分からないけど、微量ながら魔力が詰められている。
そして魔力を生み出す事ができないという体質から、ほとんどの人が勘違いして失念してしまう事…
マリー・クララヴェルもまた魔法使い=シバースである
微量の魔力があれば、それを使って他者から魔力を奪うマジックドレインが使用可能。
さらにマリーのそれは驚きの吸引力でモブ教徒達の魔力を吸い尽くし、吸い尽くされたモブ教徒たちは魔力の枯渇したエリエル・シバースがそうだったように、静かに気を失うのです。
叫び声が上がらなかったのもまたご都合主義で
「どうしました!早く上がってきてください!」
上から声をかけるブロンズも下の状況は把握できていない。
益々でき過ぎた状況で、それはそれで落とし穴がありそうで不安も増すけれど、ここで引く理由がある訳でもなくマリーは梯子に手をかけ、上り始める。
「あの!手を貸してもらっても良いですか?」
梯子を上りきろうとしたところで、上で待っているだろうブロンズへと思い切って声をかける。
そもそもここまで来て手を貸してもらう理由というのもあんまり無いように思える訳で、それはちょっとした博打ではあるのだけれども
「ほら…」
基本ジェントルマンのブロンズが、何の疑いもなく手を差し出してくださるものだから、若干の罪悪感が芽生えてしまいます…
ですが、ここは心を鬼にして差し出された手を握り返し、マジックドレインをかけようとするけども、それよりもブロンズがヒョイッとマリーを引き上げるのが一瞬早くて
「あ、ありがとうございます…」
「どういたしまして…」
なんて言葉を交わした直後に魔力吸引始めるからなんかもうマリーが鬼畜に見えてきます。
「お前何してる!」
本物の鬼畜であられるシェリル姉さんが、その異常に気付いた時には吸引も終わりを告げていて、静かに気を失い倒れ掛かるブロンズをそっとその場に寝かして
「ごめんなさい…」
先程手を貸してくれたからというだけでなく、この人にだけは何故か罪悪感を覚えたマリーが、一言告げてからそのまま視線を前へと…
超えなくてはいけない最後のハードル、魔女ヴィジェ・シェリルへと向けるのです。
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