シャルルという名のパッと見猫にしか見えない魔獣3

「あの猫まだ生きてるのね~今何歳になるの?」


「アタシが子供の頃からいるからねー。ほんと何歳なんだろう?」


「昔、祖母に聞いた事があるんだけど、祖母が子供の頃からいるみたいですよ?」


 そんなつもりでシャルルさんの事を聞いた訳ではなかったのに、ここぞとばかりに大人組が確信を付いた事を言ってくるもんだから


「ははは…何を言ってるんですか、そんな訳ないじゃないですか…アレはそうですね…5代目くらいのシャルルなんですよ…ははは…」


 もうタジタジで、すぐわかる嘘をつくシニャック老…500年生きてたってまあこんな物。



 食後、フェリア先生の淹れるお茶を待ちながらの談笑中。


 子供たちは建物の中へと入って、それぞれの時間を過ごしてるみたいですけど、何故かクルムちゃんだけが残ってチョコンとエリエルちゃんの膝の上に座っている…


 どうやらすっかり懐いてしまったらしいけれども、子供が若干苦手なはずのエリエルちゃんが、特に困った様子もなくその状況を受け入れてるのがよくわからない。


 もしかすると、懐いたのはエリエルちゃんの方かもしれませんけど、まあそれは置いといて、話は戻ってシャルルさん。


「そうですよ、猫がそんな長生きな訳ないじゃないですか」


 エリエルちゃんのこの反応が、まあ普通っちゃ普通ですよね?猫がそんなに長生きする訳がないのですけれども


「猫ならそうよね~」


「猫ならねー」


 大人たちが、またぞろ声をそろえるものだから怪訝な顔になります。


 猫じゃなかったらじゃあ何なのか?って所でエリエルちゃん、思い当たる節にぶち当たり、ハッとなってシニャック老を見やりますけど、シニャック老非常にわかりやすい焦り顔で目を逸らす。


 なので、今度は他の大人たちを順繰り見渡します。


 それぞれ目が合い、一様ににや~っと笑うんもんだからエリエルちゃん確信に至って、もう一度シニャック老を見ますけれど、やっぱり顔を合わせない。


 つまりはシャルルさんがパッと見猫にしか見えないけれど魔獣の類である、という事を皆気付いてたって事なんですけど、まあそりゃそうだよね?


 だって何十年もずっといるんだもん。


 そんなもん猫な訳無いですし、猫じゃなかったら、じゃあ何なんだって事になれば自ずと答えは出てきます。隠そうとして隠せるものでもないでしょうになんでまた隠したりするんですか?


「ま、まあ…建前って大事じゃないですか?」


 それはそうだよね?魔獣は禁忌。


 今ここにいてはいけない存在ですしいるわけがない。


 魔獣はいない、いいね?って事で、大人たちもその辺は弁えてますから、それ以上突っ込んだ事をシニャック老に聞く事はしないのです。


「でもあの猫、シニャックさんと違って不死という訳ではないでしょう?」


 お茶を入れてきたフェリア先生が話を引き継いじゃったから、建前は建前として話題は続行します…


 続行しますけど、いまだシニャック老が500年以上生きてるという話を信じちゃいないエリエルちゃんだけ「フシってなんだろう?父子?節?」って思って、キョトンとしてるのはご愛嬌。


 んでそんなエリエルちゃんをクルムちゃんは、その膝の上からキラッキラした目で見上げていて…かわいい。


「まあそうでしょうね…寂しい事ですが、いつかは死にます」


 と、話が逸れてしまいましたけど…え?何?ろ、ロリコン?いやロリコンじゃねーし!いやいや、著者の事はどうでもいいんですよ!シニャック老の話です。


 シニャック老の話で、ようやく「フシ」が「不死」である事に気付いたエリエルちゃんですけれど、「またその冗談か…」くらいに思っています。


 さて、エリエルちゃんがシニャック老の真相を知るのは…いつどのタイミングにしようかしら?


 まあそれは良いんですよ…話がなかなか戻らない…



「でもあの子って長生きなだけじゃないよね?」


 と言い出したのはメリルさんですけど、それを聞かれたシニャック老も思い当たるところが多々あるものですから動揺を隠しきれない…


 いや、ここまで来てシャルルさんの事隠す必要もないんじゃないかと思いますけど…


「だけじゃないって~?」


 で、そこで食付くのはノエルさん


「ほら、この前の雨の日さ、あの子が大騒ぎしてるから何事かと思ったら外に飛び出しちゃって、仕方がないから追ってったのよね」


「ああユーリカちゃん拾った時?」


 なんかもう書いてる著者もユーリカちゃんって誰だっけ?ってなりつつありますけれどエリエルちゃんの事ね、念のため。


「そうそう、あの時あの時」


 突然自分の話になったのでビックリするのと同時に、「拾った」とか言われて恥ずかしくなるエリエルちゃん


「じゃ~追ってった先にユーリカちゃんが落ちてたんだ~」


「ううん落ちてきたの、空から」


 驚きの事実にそれどころじゃなくなる。


 それはエリエルちゃんだけでなくそこにある一同であり、それは飛ん出るままの状態で気を失ったという事。


「アタシが咄嗟に受け止めなかったら、大怪我どころじゃ済まなかったかもね?」


 打ち所が悪ければあるいは…という事でサーっと血の気が引くエリエルちゃん。後でもう一度ちゃんと礼を言っておこうと心に誓う。


「それにしても驚いたわよ。シャルルが立ち止って上を見上げるから、アタシも上を見たら『親方!空から女の子が!』って」


 やめなさい…と、ともかくこの話でメリルさんが何が言いたいかっていうと


「あの子って予知能力か何かあるんじゃないの?」


 って事でして、メリルさんにはそれについて他にも思い当たる節があ。シニャック老にもそういえばそんな感じの事あったかな~くらいには思い当たる所があるのだけれど


「いや…あいつ、そんな事ができるとは言ってなかったがね…」


 本人からは聞いてない…といえば事ですけど、これは失言。


 ちょっと油断したシニャック老のボソッと言ったその一言を、今ここにいる面子が聞き逃す訳がありません。


「ちょっと…」


「シニャックさん?」


 膝にクルムちゃんを乗せているエリエルちゃん以外の一同が、立ち上がってテーブルから乗り出すようにして迫ってくるけど、まだシニャック老は自分が、何かまずい事を言ったという事には気付いていない。


「な…なんでしょうか?」


「『言ってなかった』って~どういう事~?」


「喋るの?…あの子」


 そこまで言われて、ようやく気付き、短く


「あ…」


 とだけ言います…


 シニャック老、これはもう誤魔化しきれないです、諦めて全部話しましょう。













 “実際ニ何ガ起コルカトカ、ソウイウ細カイ所マデハワカラナインダ”


 流石に今この状況で、クルーア君にだけは自分の能力について説明しておいた方が良いだろう、って事で説明した訳ですけれど


「便利なのか不便なのかわからない能力だな?」


 クルーア君の率直な感想。


 もっともシャルルさん自身


 “不便サ。自分デコントロールスルコトモデキナイ能力ナンテモッテタッテ役ニタチャシナイヨ”


 と思ってる訳で…まあそりゃそうか。


 ある日突然漠然とした時間に、漠然とした場所で、漠然とした事が起こって、その対処法が漠然と分かった所でどうなんだそれ?って話です。


 シャルルさんの場合、自分が魔獣であることを隠してる訳で、それを誰かに伝えようにも、言葉を使わずに伝えなくてはいけないって制約まである訳です。


 そんな面倒な事なら、いっその事


「無視すりゃ良いんじゃないのか?」


 と思うのも無理はないのだけれども


 “ソレガデキナイヨウニ作ラレテルノサ”


 作られてる…この場合は創られてるの方があってる気がするけど、まあどっちでも良いや。


 シャルルさんが言ったその言葉がちょっと引っ掛かる。


 クルーア君、少年時代にシャルルさんが長命だというのが気になって、パッと見猫にしか見えない魔獣について調べた事がありまして、「猫好きの魔法使いが愛猫が自分より先に死ぬのが耐えられないので人間より長命に作り替えた(意訳)」という事例の書かれた文献を見つけた事がある。


 気持ちは分かるけれども、なんとも無責任な気がして良い気分がしなかった。


「お前作った奴酷いな…」


 誰かはわからないけど、会ったらぶん殴ってやりたいぐらいに思う。


 “仕方ナイサ、生キルタメニ、エヴァレットト交ワシタ契約ダカラナ”


 いろいろと聞き捨てならない単語が含まれていて、クルーア君の理解が追い付かなくなってきた所で、何やら騒々しい。


 悲鳴、叫び声、怒号…そんなものが聞こえてくる。


「これか?」


 “ワカラナイ”


 言いながら騒ぎの起きてるであろう方角へと、小走りに走っていく。


 薄らと金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる…おそらく剣を使った戦闘が起こっているんだ…


 その音がどんどん近づいてきて


「早く逃げて!」


 どこかで聞き覚えのある叫び声が聞こえる。


 現場はもう目と鼻の先。


 小走りからダッシュへと切り替え一気に加速し、路地を抜け少し開けた所に出ようとした所で、目の前に突然人が現れ


「キャッ!」


「うおっと!」


 ぶつからずには済んだけれども急停止。


 そのままその人物越しに様子を窺うと、細身の剣を持った守護隊隊員が立っている。


「え?クルーアさん!?」


 それがリック・パーソンであると気付いたけれども、相手は何処だ?見当たらないぞ?とパーソンの戦闘相手を探していると


「嘘…」


 目の前の人物が声を出したので、視線をその人物へと落してしまう…


 そこには透き通るような黒い肌の少女が立っていて


「クルーア…お兄ちゃん?」


 自分を『お兄ちゃん』と呼ぶ…


 それだけでその少女が何者かを一瞬で理解して…フラッシュバック。


 その少女は、まだ赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていて、幼いクルーアと本当の兄妹のように育った。


 それはクルーアにとっても、その少女にとっても、そして同じ時を過ごしたあの子達にとっても、おそらく人生の中で一番楽しかった…幸せだった時間。


 それは長くは続かなくて…


 10年前のあの日、子供だったクルーアは追い出されるように街を出ていく少女を、ただ黙って見送る事しかできなかった。


 守る事ができなかった…


 無力だった…


 悔しかった…


 あの日から、1日だって思い出さない日は無かったその少女が、今、目の前に立っている…


「ま、マリー?」


 その少女の名を呼ぶ…


 それが油断となる。


 マリーの背後から、両手に短剣を握りしめた狂人が飛びかかってくる。


 気付いたクルーアが、マリーの身体を引き寄せるが、一瞬早く短剣がマリーの背中に傷をつける。


「マリー!」


 傷は浅い…


 だがその浅い傷によって、マリーは一瞬にして深い眠りについてしまう。


「お前…何しやがった?」


「こう見えてアタシもシバースなもんでね~…アタシの短剣には魔法が付与してあるのさ。触っただけならなんともないけど、これでちょっとでも傷をつければ一瞬でお寝むって訳さ」


 力なく倒れるマリーを抱きかかえるように跪くクルーアを、見下ろすように話す狂人の顔には心当たりがある。


「死にはしないさ…だってそれで死んじゃったら、切り刻む楽しみが減っちゃうだろ?」


「クルーアさん…そいつ…」


 顔を強張らせながら、しかし剣を構え決して逃げようとはしないパーソンの事を、クルーアは大したもんだと思った。


 たいていの人間ならその狂人が何者かを知ったら、尻尾を巻いて一目散に逃げだすだろう。


「ああ、分かってる…お前ヴィジェ・シェリルだな?」


 狂人はその名を呼ばれてニタ~っと笑って見せる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る