シャルルという名のパッと見猫にしか見えない魔獣2

 一般的に、シバース=魔法使いとしての能力が発現するか否かは、遺伝による所が大きいとされています。


 例えば両親共に魔法使いであれば、産まれてくる子も魔法使いである確率は非常に高く、片方の親だけ魔法使いであればざっくりその半分の確率になる…ざっくり。


 両親共に魔法使いではなくても、そのどちらかの何代か前のご先祖様に魔法使いがいれば、やはり子が魔法使いになる確率というのも少しは高くなる訳です。


 その場合、その両親が自分の家系に魔法使いがいたという事を知らない場合が多々あって、それが魔法使いに対して偏見を持つ親であれば、トラブルになる事も少なくない訳であります。


 因みに、ここでシバースを魔法使いって言い直してるのはシバースという言葉を魔法使いの総称として使うようになったのが比較的最近の話で、上記のような問題はそれよりも以前から…まあいいか…


 さて、このクルムちゃんのご両親はどうなのでしょう。


 話を聞く限りシバースに強い偏見を抱いてる事は間違いないだろうけれども、そういう人にもいくつかパターンがあり、大きく分けると10年前のアナトミクス派によるクーデター未遂事件以降偏見を持った者と、それ以前から偏見を持っている者という事になるわけです。


 後者の場合、理由は様々だけれどもシバース=魔法使いへの偏見、差別、迫害というのは、その殆どが500年前の魔人アナトミクス・シバース以降生まれたもの…もちろんそれ以前から、少しはそういったものがあったのかもしれないけれど。


 中でも特に強い偏見を持つようになるのが、実は現在では隠れシバース等と呼ばれている、自分が魔法使いである事を隠して生活している人達とその子孫と言われてます。


 自分が迫害される事を怖れるあまり率先して迫害する側に回るんだとか…皆が皆そうだという訳ではないだろうけども、なんとも救いのない話…


 まあ、クルムちゃんのご両親がどういう経緯でシバースへの偏見を持つようになったのだとしても


「クルムちゃんのご両親とは、一度話しないといけないね…」


 という事になる。


 メリルさんの言葉に、 いざとなればここ聖堂孤児院で彼女を預かるという決意があるのは、幼くしてシバースの能力が発言した家族が育児放棄になってとか、普通に捨てられるとか、思い詰めて無理心中とか…極稀にではあるけれど、実際に起こってる訳で、そんな悲しい事になるのだけは何としても防ぎたいからであって…




 いまだクルムちゃんをハグする事を止めないエリエルちゃんは、一つの事に気付くのです。


 それは先日のブロンズ・メイダリオンとの騒動の時。


 ジンタ君とクルムちゃんを護ろうとしたエリエルちゃんには、ブロンズの攻撃から身を護る力は残っていませんでした。


 それなのにも拘らずエリエルちゃんが全くの無傷でいられたのは、クルムちゃんが咄嗟にその力で護ってくれたんだという事に。


 その事に気付いたら、クルムちゃんをギュッとする手についつい力が入ってしまい


「お、お姉ちゃん…痛い!」


 お決まりの展開となりまして


「あ!ご、ゴメン…」


 慌てて手を放すとこまでお約束。


 泣き止んだ…という訳でも無いようですけど、先ほどまでに比べれば大分落ち着いてはいるクルムちゃん。


「大丈夫?」


 聞くエリエルちゃんですけど、そう聞かれて「大丈夫じゃない」って答える人というのもあんまりいない訳で


「うん…」


 答えるクルムちゃん。それ、あんまり大丈夫じゃないからな?油断するなよ?


 そうは言っても一安心ではあるのですけど、どうにも場の雰囲気が悪くなってしまったのがいかんともしがたい。


 大人たちはともかくとして、子供たちが一様に俯いてしまっている。


 沈んだ空気を払拭するには、やはり大人に頑張ってもらわないとなんだけれども、その大人たちもまた一様に俯いてしまっていて全くの役立たず。


 ちょっとした沈黙が気の遠くなるような長さに感じられて、誰かが深いため息をつくのとほぼ同時


 ガチャン!


 と大きな物音がするから、一同一斉に音のした方へ視線を集中させると、そこには真っ白いもっふもふした謎の物体…いや猫だ…真っ白で毛の長いタイプのもっふもふしたニャーと鳴く方の愛玩動物が、テーブルの上で肉を咥えてこちらを見ている。


「ちょっとロココ!それは駄目だって!」


 慌てて制止に入ろうとするメリルさん。


 だって人間の食べ物は猫には毒だものって事なんですけど、そんなことはどこ吹く風のロココさん。


 肉を咥えたままサッとテーブルを飛び降りたかと思うと、猫のスピードであっという間に聖堂の中へと走り去ってしまった。


「しまったわ…あの子達にご飯あげるの忘れてた…」


 後悔先に立たずですけど、ともあれこれでそれまでの沈んだ空気がちょっとだけ変わり


「さ~さ~続きやろう~。まだお肉残ってるよ~。にゃんこに食べられる前に食べちゃおー」


 ノエルさんの号令で、子供達の顔にもまだぎこちなくはあるけど笑顔が戻ってきた所で


「あ…そういえば忘れてました…」


 シニャック老が何かを思い出す。


「どうしたんですか?」


「いや…大したことではないのですが、朝からシャルルの奴がどこにも見当たらないのです。誰か見かけませんでしたか?」


 いつもならこの時間、聖堂内の日当たりの良い所でゴロゴロしてるはずの赤茶色っぽい被毛に覆われたシュッとしたタイプのニャーと鳴く方の愛玩動物が、敷地内の何処にもいないんだとか。


 めったに聖堂の敷地から出る事のない猫ではあるのだけれど、全く出ないという訳でもないので、普段なら「珍しいな…」くらいで気にもしないのですけど、今日に限っては妙に気にかかる…


 という事でシニャック老、皆に聞いてみたわけですけど、今ここにいる人たちが今日シャルルを見かける訳がないのです。


 何故なら、シャルルという名のパッと見猫にしか見えない魔獣がいなくなったのは、昨日の夜の内なのですから。













「あの…シャルルさん?」


 キョロキョロと周囲をうかがいながら、少し前を歩くパッと見猫にしか見えない生き物へと声をかけるクルーア君。


 街中で猫と会話してる所を人に見られたら、それはちょっと恥ずかしいですし、怪しいというか危ない人だと思われてもおかしくはない事。


 そうは思われたくない所でしょうけど、既に猫の後ろを付いて歩くその姿は、わりと滑稽だと思いますく個人の意見です。


 “ナンダ?”


 シャルルの声が脳に直接響くこの感覚。最初に比べれば大分マシにはなってきたけれどもクルーア君はまだ慣れない。


「くう…いやあの…さっきから気になってるんですけど、これ貧民街に向かってないですかね?」


 “マア、ソウダナ…”


 部屋を出て数十分。どうにも勝手知ったる街並みへと近づいている気がしてならず、それはあんまり嬉しくない事でもあるので、ちょっと待てよって事になります。


「もしかして、母さんかシニャックさんに言われて俺を連れ戻しに来たとかじゃないですよね?」


 シャルルさんに対して妙な敬語なのはまあ置いておくとして、こう何か陰謀めいたものを想像してしまったわけですけれど一度想像してしまうと


 “心配スルナ、ソレハナイ”


 とか言われたって信用できません。思いっきり疑いの眼差しを向けるわけですけど


 “イイカラ黙ッテツイテコイ”


 言われて仕方なしに、トボトボとついていきますけれど、そもそもなんでクルーア君逆らえない雰囲気になってるんだろう?という事を、本人も今更ながらに気付いたみたいで、ここまでの事をちょっと振り返ってみる訳です。



 いきなり脳内に直接響く声で語りかけてたのが1時間前。それから


 “行ク所ガアル。早くク着替エロ”


 言われて慌てて着替えて


 “ヨシ、ジャアツイテコイ”


 言われて、そのまま付いてきたけれども、ちょっと待て。シャルルさんに付いていかなくてはいけない理由が何処にもないぞ…


 なんかもう、寝起きでまだ意識がハッキリとしていなかった所を、強引に押し切られる形で現在に至ってる訳で


「なあ?それ、どうしても俺ついていかなくちゃいけないのか?」


 我に返って今更ながらにシャルルさんに問いかける。


 そこでシャルルさんは立ち止まって振り向いて


 “正直、俺ニモヨクワカラン”


 また無責任な事を言い出すものだから


「はあ!?」


 街中で大きな声を出してしまい、通行人の視線を一身に集めてしまう。


 恥ずかしくて顔を真っ赤にしながらなんとか誤魔化す方法を考えてる所へ


 “コレハ、ホトンド勘ミタイナモノダガ『オ前ノ力ガ、必要ニナルホドノ事態』ガ起コロウトシテイル”


 言われて真顔になる…


 クルーア君の力が必要になるほどの事態というのは、クルーア君が自分で言うのもなのだけれど、この世界最強の人間の力が必要という事だ。


 それはかなりとんでもない事が起きるという訳である。しかしそう言われたって


「それを信じる根拠は?」


 思うのが心情というものである訳で、それに対してシャルルさんも


 “無イ”


 ハッキリ答えるから訝しげな表情になるクルーア君。かといってシャルルさんが冗談を言ってるようにも思えなく


 “アクマデモ勘ダ、当タル事モ外レル事モアル。外レレバ良イイガ当タッテシマッタラ…”


 続いたシャルルさんの言葉に「は~」と深いため息をつき


「分かりましたよ、付いていけば良いんでしょ?」


 半分あきらめのその言葉を受け、再び目的地へと歩き出すシャルルさんの後を、表情を気を引き締まったものに変えて、クルーア君は付いていく事にした。

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