それぞれの翌日4
「ところで…私、乗合馬車って乗ったことがないんですけど…」
という世間知らずが発動してしまったため
「しょうがないわね~…じゃあ乗り場まで、アタシが一緒に行ってあげるから」
という訳で、メリルさんと一緒に停留所に向かう事になりましたエリエルちゃん。なんだかちょっぴり照れくさい。
まあ、生活のほとんどを寄宿舎と魔法学校の往復と近所の商店街で済ませ、たまにちょっと遠出するときは、空飛んでっちゃいますから仕方ないのかもしれません。
「そういえばリカちゃん、昨日の事まだ知らないわよね?」
リカちゃんと呼ばれるのはどうにも慣れない…そもそも自分のあだ名ではないのだから当然ではあるのだけど、さてそれよりも昨日の事?
「あの…私が起こした騒ぎの事ですか?」
別にエリエルちゃんが騒ぎを起こした訳では無いのですけど、ついそういう言い回しをしてしまうのはシバースの置かれてる状況のせいなのだろうか、はたまたエリエルちゃんの置かれてる状況のせいなのかはわからないけども、何とも卑屈で非常によろしくないと僕は思いますし、メリルさんもそう思ってます。
「うーん…ちょっと違う。その後の事」
ま、でも今はその話ではなく…
「その後?」
あの出来事の後…自分があの広場から逃げて、追ってきた男の人と少しだけ話をし、別れて雨の中を飛んで帰ろうとしたけれども、途中で力尽きて気を失ってしまうそれまでの間か、それよりも後の事か…
どちらにしろ、先ほど話にあった「昨日の今日で警戒が強くなってる」という事に関係してるのだろう…なんとなく、自分を追ってきたあの男の人が関わってたら嫌だな…なんて思いながら
「何があったんですか?」
「名前なんて言ったかな?あなたが揉めたシバースの人…」
そっちだったかと少しホッとしてしまうが、まだ油断はできない
「移送中に馬車が何者かに襲われて行方不明だってさ…」
「え…」
予想の斜め上を行く出来事に、エリエルは言葉を失ってしまう…
昨日初めて会った人物に、そこまでの思い入れはあるはずもないのだけれど、字面以上に穏やかではない話である事を、エリエルはなんとなく察するのでした。
認識阻害魔法っていうのは、まあものすごーくご都合主義的な魔法でありますけれども、当然の事ながら万能っていう訳でもありません。
どれだけ強力な術者であっても万人を欺けるわけではありませんし、最初から警戒をしてる相手には通用しない事が多いですし、相性とかもあって「この人の認識阻害魔法はこの人には全く効かない」あるいは効果が薄いとか、そういった事が起こりますし、自分で自分に掛けるなら自分の魔力が続く限り認識阻害を続ける事ができますけれど、人から掛けてもらうとなると、どうしたってタイムリミットというのができてしまうのです。
で、ブロンズ・メイダリオンは認識阻害魔法ができない方のシバースです。なので時間制限つきの認識阻害魔法を、現在掛けてもらってる状態であります。
で、わざわざ認識阻害までして、現在どこにいるのかと申しますと…王都エリックリンドから東へ20㎞ほど行った場所、海沿いに建設された巨大施設『南エヴァレッティア総合魔力発電所』でして…
「なんで二日前まで普通に出勤して普通に働いてた場所で、こんなコソコソした事しなくちゃならなのかな?」
昨日の今日で、もうアナトミクス派にこき使われてるらしく、そりゃ愚痴もこぼしたくなるのはわかりますけど、自分で選んだ道でもある訳で…
「はー…仕方ないか…」
諦めるしかないですし、なるほど、最初からこれをやらせるために自分に近づいてきたのか、と考えると腑に落ちる部分もあるのです。
正面入り口の警備員の横を通り抜けるだけでも汗をかき、途中見知った顔にすれ違い、おそらく自分の事を噂してるのであろう会話を耳にしながら管理室にてある場所のカギを拝借し
「ここには初めて来るな…」
入口に「資料室」と書かれた部屋にやってきた。
何年も同じ場所で働いていても、これほど巨大な施設となると、そりゃ行った事のない場所なんてのもあるもので、普通に定年まで働いてたらおそらくここに来ることは一度もなかっただろう…
目的の物はここにある…のか本当に?
その疑問がずっと頭にこびりついて離れない。この世界における発電システムは、エルダーヴァイン社がほぼ独占している技術であって、当然社外秘な訳で、そんな大事な技術に関する詳しい資料がこういう所にあるものだろうか?実際どうなの?
と、まあ考えていても仕方がないので資料室に入る。
資料はイニシャルごとにきれいに整理されていて、目的の物はあっさり見付かってしまい
「あるのかよ…」
あった事に驚くという…まあでもメンテなんかでも使うはずだから、あっても不思議ではない…よね?
とにかく目的の物は手に入ったので、後は脱出あるのみなのですけど、こういう時に限って
「あれ?開いてる…」
と、招かれざる客が現れるのはお約束。
「誰かいるのか!」
と、聞かれて返事する訳ないのだけれども、そんな時に限って棚とかにぶつかって、ガタッって音を出してしまって
「しまっ…」
ついつい声を出してしまうのもお約束…
こうなると、この相手には認識阻害魔法は何の意味も持たない…
「や、やあ…ちょっと調べたい事があってね?勝手に入ってはまずかったかな?」
知ってる人間じゃない事を祈りつつ思い切って声をかける。
「…鍵がなくなってたんで調べに来たんだが…調べ物は済んだのか?」
知らない人物だ…おそらくはこの部屋の管理をやってる人なのだろう…さてどうする。
「ああ…この資料なんだけど、まだ調べたいことがあってさ…持ち出しても大丈夫かな?」
これでOKなら、問題ない。そのまま脱出してしまえばいいのだけれども…
「ん?…その資料は駄目だ。使いたいなら正式に許可をもらってくれ」
まあそうなるよね…って事で、残る道は一つだけ…やるしかない…
「ああ…わかった…それじゃあ申し訳ないけど元に戻してもらってもいいかな?俺は仕事に戻らないと…」
そういって資料を差し出すと「自分で戻せよ」とでも言いたげな顔で睨みつけながらも、渋々受け取ろうと手を伸ばす…
刹那、ブロンズはその手を握るとバチッという音と共に電撃魔法を相手に放ち、スタンガンの要領で相手を一時的に行動不能にすることに成功した…
「できれば騒ぎにしたくなかったんだけどな…」
そうは言っても、いずれはそこで重要な資料が盗まれてる事は気付かれる訳だが、問題はそこではなく顔を見られたという事…盗んだのがブロンズ・メイダリオンだと知られる事である。
ブロンズの失踪にシバース教が関わってるのは、いずれわかるだろう事を考えれば、この盗難もシバース教による犯行だとわかってしまう…それはよろしくない。
「あんたに恨みはないけれど…ごめんな…」
そういって行動不能になってる相手にもう一度手を当てると、今度はその身体に命を奪うほどの電流を流しこんだ。
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