それぞれの翌日5
聖堂に掲げられた聖女の肖像の前に、たたずむ老人が一人…
「聖地エヴァレッティアの地の底深く…そこに本当に彼女がいるというなら、今何を思うのだろうな?」
誰に話しかけるでもなく、独り言つ。
「彼女が意識を持ってそこにいるのなら、それはどれだけの苦痛を伴うものなのか…」
“人身御供カ…”
どこからともなく声がする…それは音としてではなく、脳に直接響くように…
「私の生きた500年など、彼女が過ごした時間からすれば瞬き程度…それでもこれだけの痛みと苦痛を伴うというのに、彼女が自らそれを望んだとはとても思えなくてね」
その声に老人…シニャックは、さも当たり前の事であるかのように応える
“聖女様モ、最初カラコウナルトハ、思ッテナカッタノダロ?”
「身も蓋もないな…」
“ドチラニシロ、聖女様自身デナケレバワカラナイ事ダ”
「それはそうだけれど…」
一泊おいて、ゆっくりと彼女を見上げる…
「たまに考えるんだ…未来の彼女は、何故歴史に干渉するのか…とね?」
“ナンノハナシダ?”
「例えば、アナトミクスの時代に、彼女が未来から『彼等』を送ってこなければ、今この時代はどうなっていたのだろう…すくなくてもパナス王家は無かっただろうな…」
“…聖女様ガ、歴史ヲ変エテイル?”
「それでは辻褄の合わない事もたくさんあるのはわかるのだけれど…それを考えると期待してしまうのだよ…もし彼女の思惑と違う事が起これれば…」
“違ウ未来ガアルカモシレナイ?”
「そうなれば、また彼女が干渉するのかもしれないがな…」
“アンタガ望ムノハ、アンタノ『死』カ?”
少しの沈黙。
それは、その声の主の言った事が図星である事を意味していて、シニャック老にとって過去も未来も本当はどうでもよくて、ただ己の死を望んでいる。
「…私は、後どれだけの時間を生きなくてはならないのだろうと思うと、途方にもくれるというものだ…」
“聖女様モアンタト同ジダト?ダカラ歴史ニカンショウシテイルノダ思ウカ?”
シニャックは黙して聖女を見上げたまま、しかしその質問には答えない。
すると、その声の主は「フ~」と深いため息をつきつつ
“マ、ソレモ聖女様自身ニシカワカラナイ事ダナ”
当たり前の事を当たり前に言う。この話は所詮シニャック老の妄想に過ぎない。
「お前がここに連れてこられてもう100年経つのだ…大切な人達が皆先に逝ってしまう辛さというのも、わかるのではないか?」
“俺ハ、オマエト違ッテ、不死トイウ訳デハ無イカラ、ソコマデデハナイガ…コレダケ長生キシテシマウト、アンタガ死ヲ望ム気持チモ、マアワカラナクハナイ”
それまでエヴァレットの肖像を見上げてたシニャックは、それをやめると今度は誰もいないはずの聖堂の隅に目を移し
「なあ、以前からずっと気になっていたんだが、お前は何故私にしか話しかけてこないんだ?」
声の主へと話しかける。
“別ニ…アンタハ最初カラ俺ガ魔獣ダッテ事ヲ知ッテルカラナ、隠ス必要ガ無イダケダ…”
「なんだ隠してたのか?」
“魔獣ハコノ時代デハ禁忌ナンダロ?ソリャ隠スサ”
それを聞いたシニャック老は、クスッと笑ってしまって
「お前を見てもあまり魔獣って感じはしないがな…」
言うと
“失礼ダナ…”
声の主は抗議をするが、シニャック老は、意に介す事もなく、近くの長椅子にゆっくりと腰を掛ける。
ほぼ同時に同じ椅子へ、どこからともなく赤茶色っぽい被毛に覆われたシュッとしたタイプのニャーと鳴く方の愛玩動物…えーと猫ね…が飛び乗ってきたと思ったら、シニャック老のそばまで歩いてきて、そこでシニャック老によりかかるようにして横向きに座り込む。
シニャック老はそれを見て再びクスッと笑い、その猫の顎をそっと撫でながら
「どう見ても、ただの猫ではないか?シャルル」
そう猫に話しかけると、その猫シャルルは細目上目づかいでシニャック老を見上げ
“マ、実際、長命デ知能ガ高ク念話ガデキル以外ハタダノ猫ナンダケドナ”
という言葉がシニャック老の脳に直接響くのだった。
王城グラン・パナスは高台にあって、さらにその部屋は塔の上にあるので、窓からは城下が一望できる。
その窓から外を眺めつつ
「こんな所にいたら、いざという時逃げるの大変そうだな…」
ボソッと呟いて、そもそも、この部屋の本来の主は、ほぼ幽閉状態であった事を思い出して、だからこの塔の中だったのかと腑に落ちてしまい、自分自身この4年間その状態だった事などそっちのけで
「ソフィア様…辛かっただろうな…」
などという事を心の底から思ってしまう…ユーリカ・マディン(本物)というのは、そういう少女である。
数か月前、王都に空飛ぶ魔法少女が現れた事がニュースになった事で、二人が入れ替わってる事に国王シルドラ・パナスが気付くまで、その窓を開ける事さえ禁じられていた。
普通に考えれば頭のおかしい父親なのだが、しかしあの日あの時の事をしっかりと記憶しているユーリカ(本物)には、それも仕方のない事だと思えた。
それはとても歪んだ思考ではあるのだけれど、そういう風に思えてしまうだけの事が、あの日あの時に起こったのだ。
さて、ユーリカ(本も…面倒臭いなこれ…)とソフィアが入れ替わっている事に、それまで誰も気付かなかったのかというとそんな事は無く…
「入るぞ」
言うのとノックをするのとドアを開けるのと部屋に入ってくるのがほぼ同時な、王国筆頭魔導師エリザベート・イヅチには速攻で見抜かれた。
けれども、彼女がそれを他言する事は無く、それどころか協力さえしてくれて、そのおかげもあって4年もの間、入れ替わってる事が気付かれる事無く済んだのである。
しかし何故彼女は、自分達の事を隠してくれるのだろうか、という事を流石に疑問に感じていたユーリカだったけれども、それは入れ替わってる事がバレて、彼女に何故隠していたのかと問い質す国王陛下に向かって「お前は自分の娘をなんだと思ってるんだ!」と一喝した後、延々と…ひたすら延々と国王陛下相手に説教をする姿を見て納得がいった。
彼女もまた、幽閉状態にあったソフィアの扱いに不満を持っていたのだ。
まあ彼女が立場的に国王陛下に対しても苦言が言えるというのもあるのだけれど、それならそれでこうなる前に言えば良かったのじゃないかと思わなくもない。
きっと溜めて溜めて一気に爆発するタイプなのだろう…怖い…
さて、話は戻る。
「どうした?外なんか眺めて」
その姿を珍しいと感じて、エリザベートがユーリカに尋ねると
「先生…今朝の新聞は読まれましたか?」
質問に質問で返すの良くないと思いますけど
「ああ…ソフィアの事か…」
エリザベート先生は、そこは気にする事もなく颯爽と椅子に腰かけて
「危険な事に巻き込まれてるみたいだけれど…まあ私達が気にした所でどうにもならんよ?」
それはそうかもしれないけれど、それはあまりに素っ気なく感じて
「そういう言い方って、あんまりじゃありませんか?」
ユーリカちゃんは納得いかずにホッペをプーって膨らます、という実際そういう怒り方する人見たことないけれども本当にいるのか?都市伝説ではないのか?という怒り方をして見せる。
「そうは言っても、なるようにしかならんだろ?」
エリザべ先生はいたって冷静で、それはひょっとしたら無関心という事なのかもしれないけれど、ソフィアの事が心配で心配でならないユーリカちゃんは
「無理矢理でもお城に連れ戻す事はできないんですかね…」
まあ実際なんでそうしないんだよ、と言いたくなりそうな事をスパッと言ってくれちゃいますが、それを聞いたエリザべ先生は少し考えるようにして
「まあそれは陛下がお考えになる事だと思うが」
一言断りを入れてから
「私もそうするのが正解だろうとは思う…だがね?…私は、イヅチ家に生まれたせいで人生に選択肢など無かった…まあイヅチ家の人間じゃなかったとしても、シバースである時点で道など限られたものしかないのだけれど、決められた道をただ歩くというのは辛いものさ…」
と、自分語りを始めてしまうのでユーリカちゃんは嫌な汗をかく。
その様子を見てとったエリザべ先生
「ま、長くなるから諸々割愛するけども…」
教え子相手に気を使う…
「早い話がだ…それがどんな道であろうと、その結果が何が起ころうと、ソフィアが自分で選んだ道なら私は応援したいと思うがね?」
言いたい事は理解できるし、そりゃ自分だって応援したいと思う気持ちもあるからこそ、入れ替わった訳だし、しかしながら心配する気持ちの方が先立ってしまうユーリカちゃんは、何も答えられずに黙って俯いてしまう。
「ユーリカだって、本当なら自分の生きる道を自分で選んだって良いはずなんだよ?」
思いがけない言葉をかけられ、急に視界が開けるような…それまで自分が見ていた世界の景色が一変するような、そんな感覚に襲われた。
5歳の時に王城に入って10年、漠然と自分はここで一生王家に使えるんだと考え、何も疑問に思わずにいた。
それがこのなんの事は無い言葉一つで、音を立ててあっさりと崩れ去ったのだ…
「さ、世間話は終わりだ。今日の授業を…」
そしてその瞬間、自分がそれまで考えもしなかった…
「先生!」
いやちょっと油断するとつい考えてしまうから、必死になって考えないよう押さえてた気持ちが
「私に魔法を教えてくれませんか?」
言葉になって溢れ出す。
例えば、いつかソフィアが帰ってきて、自分がそのまま入れ替わりで、何事も無かったかのように魔法学校に行く日が来るかもしれないとか、シバースなのに魔法に疎いの格好悪いとか思う所はあるのだけれど、何より
「私ソフィア様のために強くなりたいんです!…もっと魔法を覚えたいんです!ソフィア様の力になれる、そんなシバースになりたいんです!」
全てはソフィアのため、というのは聞く人によっては不憫に思うかもしれないけれど、それが純粋な気持ちであって、真剣な思いであって、思い付きではあるけれども、それだけではない思いがそこにはあって。
「フム…」
一泊置くエリザべ先生が次に何を言うのか不安になるけれど
「それがユーリカの選ぶ道なら、私の方は吝かではないよ?」
の言葉に安堵してパッと明るい顔になるけれども
「ただ…私は厳しいぞ?」
という言葉と、それを話すエリザべ先生から、ただならぬ雰囲気を感じとり
『あれ…やっぱり思いつきで言うんじゃなかったかな?』
ユーリカは早くも後悔するのだった…
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