魔法少女の翌日3
黒い肌
短めの黒髪
吸い込まれそうになる黒い瞳
すっと延びる長い手足
緑色のセーラー服
手に携える伝説の武器『エーケー』
縦3メートルはあろうかという巨大な肖像画
その聖人の事をイメージする時、だれもが真っ先に思い浮かべる、その姿がそこにあった。
聖エヴァレット
聖地エヴァレッティアにあるエヴァレットの塔は、地上部分は約千メートル。地下はさらに数千メートル続いていると言われ、聖エヴァレットは、今でもその最深部にいて、その絶大な魔力で、かつて深い傷を負ったこの惑星を癒し続けてるという。
「という訳で、ここはエヴァレット信仰の聖堂なのです」
一口にエヴァレット信仰と言いましても、エヴァレットを神として崇める物、あるいは聖人として崇める物、神の使いであるとするもの…神の使いであるのなら、ではどの神の使いなのか、等々かつては争いの種であった時代もあったようで、しかしそのどれを信じる者であっても、この場所には決して争いを持ち込んではならないとされたのが各地にある聖堂。
「ここは聖グリュフィスによって建立されたと言われてる、世界で最も古い聖堂なのですね?再建中のエヴァレット大聖堂ができるまでは、こちらがエヴァレット聖堂と呼ばれていたのですが、今は区別するために建立者の名前で呼ばれてる訳です」
「はあ…」
なるほどそれで『聖グリュフィス聖堂』と呼ばれる訳か、と合点がいった所で
「もっとも、本当に聖グリュフィスが建立したのかは眉唾ですけれどもね?」
なんて事を言い出すから驚いてしまう。
「まあ私は聖グリュフィス自体、本当に実在したのか疑わしく思ってるのですが…」
なんて事をさらに付け加えるものですから
「そんな!それじゃ聖グリュフィスの魔獣討伐は、作り話だというのですか!」
思わず声を荒げてしまうエリエルちゃんに、シニャックさん目を丸くして
「これは失礼しました…ユーリカさんは聖グリュフィスに思い入れがある方なのですね?」
聖グリュフィスというよりは、魔獣討伐の伝承に少し思い入れがあるだけなのだけれど、思わず声を荒げてしまった事に自分でも驚いてしまって
「あ、いや、す、すいませ…すみません大きな声出してしまって」
深々と頭を下げて平謝りのエリエルちゃん…シニャックさんは穏やかな表情を変えることはなく
「しかし、長年生きてますと、口語伝承の類はあまり信用できないな~と思ったりもするものなのです」
そういって聖エヴァレットの肖像画を見上げると
「例えば聖エヴァレット。彼女について我々が知っている事といえば、ここに描かれてるお姿と塔の最深部にいて、今も星を癒し続けてるという伝説だけです。それ以外の話…例えば、何故彼女が星を癒さなければいけない事になったのか何も伝わっていない事を、不思議に思った事はありませんか?」
考えた事も無かった…エリエルはそう思いながらエヴァレットの肖像を見上げる…と、一瞬肖像画と目があった気がしてドキッとする。
「気のせい…だよね?」
「どうされました?」
「あ、いいえ。なんでもないです…」
もう一度見上げてみるが、さっき目があったと感じたような事はなく、その代りに
「似てるな…」
と、感じるのだけれど、数秒考えて「あれ?誰に似てるんだ?」となる…
その様子を変わらず穏やかな表情で見ていたシニャックさんは
「私は…おそらくですがエヴァレットを信仰する上で、その伝承に何か都合の悪い事があった者たちが、その伝承を無かった事にしてしまったのではないか、と考えています」
何事もなかったように話を続ける。
「まあ憶測でしかないのですが、伝承なんて言うものは、それを伝える者の都合で変化してもおかしくないものです。面白おかしくするために誇張した表現をしたり、なんて事もあるでしょう」
納得がいかないエリエルちゃん。不満が顔に出ちゃっていますが、シニャックさんはただただ穏やかに
「この聖堂はエリック・シバース、リンド・シバースの兄弟がここに街を築くよりも以前から、この場所にあったのは文献から間違いないようなのです。この二人は自分たちを『聖グリュフィスの末裔である』と称してた訳ですけども、これが非常に疑わしい」
納得はいかないけれど、思わず聞き入ってしまうくらいには、シニャックさんの話は説得力があって
「二人が優れた魔道士であった事は、様々な文献やその末裔に、魔人アナトミクスやその妹である魔女クリスティンがいる事からも、間違いないのではないかと思いますが…私はこの二人がこの地域一帯を統治する上で、聖グリュフィスの伝承とその名を利用したのではないか、と疑っています。伝承のでっち上げがあったとしても不思議ではありません」
それはそうかもしれないけれど…
「まあ…全ては私の憶測ですし、そもそも聖グリュフィスの実在を疑う理由にはなっていませんね?」
そうにっこり笑って語りかけてくるシニャックさんを見て、ここでエリエルは疑問に思う。そもそもこのシニャックさんという方は、どういう立場にあるお方なのだろうか?
「あの…シニャックさんはここの司祭様ではないのですか?」
「いいえ、私は司祭ではありません…ここはその役割を大聖堂に移してからは司祭不在なのです。私は管理人といった所でしょうか?」
そう言うとシニャックさん、再びエヴァレットの肖像を見上げ
「そもそも私は彼女を信仰してません…」
それは聞く人が聞いたら怒るんじゃないかって一言だけれど
「彼女の置かれてる状況を考察すると、どうしても私には人身御供のように思えてならないのです。なので私は彼女を憐れんでしまい、なかなか信仰という気持ちになれません」
なるほどシニャックさんの立場というのが…いや、やっぱりよくわからないのだけども…とても穏やかで朗らかで…なのになぜかとても寂しそうな人だな、とエリエルは思った。
「という事で、話がだいぶ横道に逸れてしまいましたが、ここがシバース教とは所縁のない場所であるという事は、ご理解いただけましたかな?」
そうだった。そもそもこの場所に案内された理由は、エリエルがここをシバース教グリュフィス派の教会と勘違いしたからで
「はい、それはもちろんです」
まあここまで話して理解できなかったらいろいろとアレですけれど、これはシニャックさんそろそろ話を切り上げようっていう意味で言ってる訳で
「では、戻りましょうか?」
「はい…」
断る理由も特にないので言われるままに戻る事にするけれど、去り際にもう一度エヴァレットの肖像を見上げてみる…
と、小首を傾げるようにして微笑みかけてくるから、そりゃあエリエルちゃんドッキリする訳ですけれど、首をブルンブルン振ってもう一度見たら元の肖像画に戻ってるから
「気のせい気のせい…」
という事で片づけて、小走りでシニャックさんを追いかけます…本当に気のせいならいいんですけどね。
「お帰り~シニャックさんの話長かったでしょ?お年寄りはこれだからね~」
戻ると、満面の笑みでメリルさんが出迎えてくれて、第一声がこれ。
「は…い、いや、そんなこと無かったですよ!」
はい、と言いかけてあわてて取り繕っても後の祭りで
「二人とも大概失礼ですよ?私は自覚がありますから良いですけど」
にっこり穏やかに言いますけど、肩をすぼめるエリエルちゃんにメリルさん舌を出しておどけて見せる。
おどけるメリルさんの後ろに時計を発見する…時間は2時少し前…2時?
「あれ?あの時計、時間あってますか?」
「大体あってるわよ?あなた昼過ぎまで寝てたから」
うわーすごい寝ちゃったな~とか、朝ごはんだと思って食べてたのはお昼ごはんだったのか~とか考えてるうちに、エリエルちゃんもっと重要な事に気付いて青ざめる。
そしてエリエルの表情が変わった事にいち早く気付くメリルさん
「どうしたの?」
流石です。
「わ、私…」
一同耳を傾ける
「無断外泊だ…」
「あ~」
「そうだね~」
なるほど顔を青ざめるのも無理はない話で、そもそもシバースの管理が目的の一つである魔法学校、その寄宿舎。そりゃ無断外泊なんか禁じられてるのも当然で
「わ、私帰ります!」
エリエルちゃん大慌て。
「まあ落ち着きなさいよ。慌てて帰ったってどうにもならないでしょ?」
いや、まあそれはそうなんですけど
「ここから魔法学校の寄宿舎って結構距離あると思いますけど、どうやって帰るおつもりですか?」
「まさか飛んで帰るつもりじゃないでしょうね?」
そのつもりだった…
「図星ね…」
顔に出てた。
「まあ見つからなければそれでも良いんでしょうけど、昨日の今日で警戒強くなってると思うから、やめておいた方が良いと思うわよ?」
この時点で、まだ昨夜あの後に起こった事件の事を知らないエリエルちゃんは「昨夜くらいの事で警戒強くなったりするんだ…」などと考えていますけど
「大通りに出れば乗合の馬車があるでしょう、それで帰ると良い」
「でも、私、お金持ってません…」
世の中お金ですからね?お金がなければ馬車にも乗れないのは当然なわけで
「貸すわよお金くらい」
そう言われたって
「良いんですか?」
はい、わかりました、ありがとうございますとはならない訳ですけど
「家族なんだから遠慮しない!」
家族と言われてますます気まずい感じになる…私はユーリカじゃない…
「その代り、ちゃんと返しに来ないと怒るわよ?」
「いや…でも…」
どうしても遠慮してしまうエリエルに、メリルさんついに痺れを切らし
「もう!わからないかな?『またここに遊びに来なさい』って言ってるの!」
その言葉にハッとして…それは、とてもうれしい言葉で、エリエルは魔法学校に入ってから4年間…いや今までの人生の中でも感じた事のない感情を覚えるけれど
「良いんですか?」
やっぱり遠慮して俯いてしまう。その感情に慣れてない。
メリルさん、そんなエリエルちゃんの頭をポンポンと優しく叩いて
「良い子に育ったわね…」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いてから、今度は強く撫でまわし
「良い?また遊びに来なさい!これは命令。来ないと許さないから!」
無理やり作ったとわかる怒り顔で言った後、これ以上ないような笑顔でニカッっとするのが、何故かエリエルちゃんのツボだったらしく、堪え切れずに大爆笑。
「やっと笑ったわね?うん、良い笑顔するじゃない!」
言われて、今までずっと笑えてなかった事に気付く。ここにいる時だけではなく、学校にいる時でもそう。この4年間こんな風に笑った事は無かった。
それはずっと周りを警戒し心に壁を作っていたという事で、今半ば強引ではあるけれどもその壁をメリルさんがぶち壊したのだ。
この二人は心から信じても良い人。多分、自分が本当はユーリカではない事を知ったとしても、変わらずに接してくれるに違いない。短い時間しか接していなくても、そういうのって分かる時は分かるものでしょ?
「わかりました…また必ず来ます。それとお金貸してください。次に来るとき必ず返します!」
「うん!良いよ。あなたの服もその時に返すからね?」
言われて他にも借りてるものがあることに気付いた。
「あ、この服…」
「あーそれはアタシのバカ息子が子供の頃着てたやつだから、別に捨てちゃってもいいわよ?」
なるほどメリルさんには息子さんがいるらしい。子供の頃という事はもう成人してるのだろうか?メリルさんは、とてもそんな歳の息子さんがいるようには見えないのだけれども
「あのバカ息子、近くに住んでるくせにもう3年も家に顔ださないのよ?ひどいと思わない?次会ったら絶対ぶん殴ってやるんだ」
バカ息子がクシャミするのが聞こえてきそうではありますけれど、エリエルちゃん、話を聞いてたらバカ息子さんが気の毒に思えてきてしまって
「いや…やっぱり洗ってちゃんと返します…」
苦笑い
「そう?じゃあ次にここに来た時ね?」
「はい」
その様子を椅子に腰かけながらただ穏やかに、ただただ穏やかに眺めているシニャックさん。好々爺というのはこういう人のことを言うのだろう。
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