魔法少女エリエル・シバース4
エリエル・シバースは空を飛んで行ったけれど、先の戦闘でかなり消耗していたようなので、遠くまでは飛んでいけないだろう…
じゃあ地面を歩いて逃げているのかって言うと、何しろあの格好である。そんな目立つ行為はしなだろう。
だとしたら、どこかその辺で休んでるのではないか?
空を飛べるという特性を考えて、見つかりにくい屋根の上とかに隠れてるのではないだろうか?
そう当たりを付けて、クルーア・ジョイスは適当な建物を選び、超人的な身体能力でもって一っ跳びで屋根へと上がる。
そこから屋根伝いに建物を移動しつつエリエルを探します。
普通に考えたら、そんな簡単に見つかる物ではない訳で、探し始めてまだ数分といった所なのに、クルーア君若干の諦めモード。
「もう帰ろうかな~?」
と、屋根の上から遠くを眺めて途方に暮れていたら
「あ、あの…」
「うわっ!」
声をかけられてビックリ。
何がビックリって、意外なほどあっさりと見つける事ができてしまう超ご都合主義的展開…いや、まあ、そうしないと話進まないしね…
いやいや、そうじゃなくて…
声をかけられるまで、エリエルがそこにいる事に全く気付かなかった事。
意識的なのか無意識なのかはわからないけど、認識阻害系の魔法でも使ってるのだろうか?
そういえばこの子は、魔法学校で会ったユーリカ・マディンで間違いないのだろう。
あの時もすぐ近くにいたのに、声をかけられるまで気配を感じなかった事を思い出す。
さて、無事に見つける事が出来たけれども、ここからがノープランなクルーア君…どうしたもんか…
なんとなく、この人が追ってくるのではないか…と、エリエルは思ってた。
少し前、魔法学校の渡り廊下で、フェリア先生と話をしていた人である事には、広場に現れた時にすぐに気が付いた。
あの時、この人に何か不思議な懐かしさを感じた。
エリエルは、自分の記憶にぽっかりと穴が開いてしまったような期間がある事を知っている。
それが自分の意思で封印したものなのか、それとも誰か他の人間によって封印されたのかはわからない。
が、単純に「忘れている」というようなものではない事も気付いてる。
それは、おそらく思い出さない方が良い事なのだろうけども、その記憶の開いた穴と、この人に対して感じた不思議な懐かしさが、何か関係あるのではないかと感じ、少しだけ話をしてみたいと思っていた。
さて、そうは言っても何を話せばよいのか全くわからない…どうしたもんか…
「あの…」
「あの…」
全く同じタイミングで切り出してしまった。
二人とも、この時点では何を話すのかは全く考えてはいなかったけれど、話のとっかかりとしては別にそんなもので良かったらしい。
「あの人…これからどうなるんですかね?」
「ブロンズの事か?…良くて国外追放、悪けりゃ極刑もあるかな?…」
いきなり重い話題になってしまったけれど、エリエルにはこの話に何か引っかかるものがあった。
「追放になったシバースの人たちって、その後どうしてるんですかね?」
「俺も詳しくは知らないけど、グリュフィス派の人や、特に宗派に属してないようなシバース人なら、受け入れてくれる国もあるらしい…まあ、多くは難民になってるっていうのが現状かな…アナトミクス派に関しては、受け入れる国なんかある訳もない…」
それを聞いて、エリエルが少し考え込むような表情を見せるから
「知り合いにでも追放された人がいるのか?」
聞いてみるけど、エリエルがその質問に答える事は無く、黙ってうつむいてしまうから、これは聞いてはいけない事を聞いてしまったと焦るクルーア君。
話を逸らすかフォローを入れるか迷ってるうちに
「あの人の事…止めたのは正しかったんですかね?」
話は、またブロンズの事へと戻る。
自分だって止めようとしたんだから、それが正しかったんだと思いたい。思いたいんだけれども…
「何が正しいのかなんて、わかれば苦労はしないよ…」
言葉にするつもりではなかったのに、つい呟いてしまう…
エリエルはその言葉を気にする様子もなく
「私…エリエル・シバースって本名じゃないんですけど…」
自分語りを始めた。
「当たり前ですけどね?本名なんか名乗ったら、すぐに捕まっちゃいますし…知ってますか?エリエル・シバース」
「ん?ああ、昔あった絵本の主人公だよな?」
知ってるから即答したのに
「え…キモい…何で知ってるんですか…小さい女の子向けの絵本ですよ…やだキモイ…」
二回もキモい言われたら、そりゃクルーア君だって軽く凹みます…
「き、聞いといてそれはないんじゃないかな~…」
「ふふ…冗談ですよ」
初めて彼女が微笑んだ…
でも、それは明らかに無理をして作った笑顔であって、自分よりだいぶ年下の相手に、思いっきり気を使わせてしまった事に気付いて自己嫌悪。
まあ、気を使って冗談だと言ってくれてるとはいえ、確かに、いい大人が女児向け絵本の主人公を聞かれて、即答で答えるっていうのは、ドン引きされても仕方がない事だとも思えるので
「昔、近所にいた女の子によくせがまれて、読み聞かせしてあげてたんだよ…」
ほんの少しの嘘を交えて取り繕ってみた。
その言葉を聞いたエリエルは何故か急に固まったようになってしまった…
トクン…と、胸の奥で音が鳴ったような気がした。
まだ小さい自分…
同い年で一番仲良しだった女の子…
一つ年上ですぐにお姉さんぶろうとする女の子…
ちょっと年の離れた、いつも機嫌が悪そうにしてるお姉さん…
そして、いつも絵本を読んでくれたお兄さん…
エリエルの脳裏に、無いはずの記憶と知らない風景が浮かび、しかし
すぐに霧散する。もうそれは思い出すことはできない…
しかし、一つの疑問がエリエルに残る。
『私は、いったい何時何処でエリエル・シバースの絵本を読んだんだろう?』
「どうした?」
「あ、いやなんでもないです…」
どのくらい、ぼうっとしてのだろう?けっこう長い事ぼうっとしてたかもしれない…この人に変な心配かけちゃったかな?…
と考えて、まだこの人の名前を聞いていなかった事に気付く…
まあ、それは後で聞けばいい事だし、今は話を戻そう。
「で、エリエル・シバースの絵本がどうしたの?」
何か様子が変だったけど、もう大丈夫みたいだし、エリエルが何を話そうとしてたのかもちょっと気になったので、クルーア君、強引に話を戻す。
「あ、はい…今、エリエル・シバースの絵本は、発行禁止になってるって知ってますか?」
知ってるって言えば知ってるって事になるのだろうけど、確かそれはエリエル・シバースの絵本に限った話ではなくて…
「エリエルの絵本だけじゃなくて、小説とか、漫画とか、絵画とか、音楽とか、あらゆる表現で、シバースが主人公だったり…脇役でも、良い人として描かれてたりするようなものが、全部発行禁止になってるんですよ?悪役としか描く事ができない…酷いと思いませんか?」
そういえば、そんな法律があったな、くらいの感覚でいた…こうやって聞くと本当に酷い話なのに、ちょっと軽く考えてた事に対してまた自己嫌悪。
「その法律を変えたいのか?」
「うーん…それは、結果としてそうなれば良いな…とは思いますけど…」
少し言葉を選ぶようにして、エリエルは続ける。
「私ですね?自分にまだこんな力があるって知らなかった頃、エリエルの絵本を読んで『私もシバースになりたい!』って思ったんですよ?シバースになって困ってる人を助けたい…悪い人たちをやっつけたい…エリエルみたいになりたいって…で、実際にその力を手に入れた訳ですけど、現実の私たちは、物語の主人公どころか、まるっきり悪役な訳です…」
憧れていた物語の主人公が、今や悪者へと転落…
発行禁止になる前に、シバースをヒーローにしたフィクション作品を楽しんだ人達の中には、シバースであるないかにかわらず、彼女と同じような思いをしてる人も少なくはないのだろう。
「だったら、いっそ私自身が主人公になってやろう!って思ったんです…私が困ってる人を助けたり悪い人達をやっつけたりすれば、小さい時の私みたいに、シバースに憧れる子供達が少しずつでも増えていって、そういう人達が大人になっていけば、時間はかかってもシバースに対するイメージも変わっていって…」
そこで一気に言葉のトーンが落ちて
「安易ですよね?…そんなの上手くいく訳ない…やっぱり間違ってますよね?…」
安易か安易じゃないかって聞かれたら安易だろうし、上手くいくかいかないかって聞かれれば、上手くいくとはとても思えない…ただ
「間違ってるかどうかなんて、正直俺にはわからないけどさ…今日の事だけ見たって…君のやってる事は危険だよね?」
重要なのは、上手くいくかどうかよりも、その手段の持つリスクなんだ。
意外な事を言われ、キョトンとするエリエル。
ここからはクルーア君の方の本題…
そうそもそもエリエルを追いかけてきたのは、依頼を果たすためで
「また、ああいう相手と戦う事になる事があったとして、今日のように上手くいくとは限らないし、下手をすれば命の危険だってある…そもそも君は法を犯してる訳だ…」
エリエルが不安げな表情で見てくる…言葉を間違ったか…
ここは下手に回りくどい事を言うよりストレートに言う方が良いのかもしれない。
「ああ…実はとある人物から依頼を受けてまして…まあ、この人物が誰なのかわからないんだけれど…その依頼内容というのが君に『魔法少女を辞めさせる』という結構漠然としたものだったんだけれども…」
エリエルの不安げな表情が、再びキョトン顔へと変わる…良く表情の変わる子だ。
「この依頼主に心当たりある?」
首を振って否定する。
「そうか…たぶん、君の事をすごく大切に思ってる人だと思うんだけどね?」
今度は一瞬ハッとした表情になったと思ったら、すぐに深刻な表情に変わり、うつむき目を逸らしたかと思ったら、深いため息を「ふぅ」っとつく。
「そっか…わかりました…」
どことなく力なく感じる言葉だったけど、エリエルは何かを納得したらしく…
「辞めます…もうこういう事しません…」
意外なほど、あっさり承諾するものだから
「え?いいのか?」
間の抜けた返しをしてしまう。
「はい…もうしません…決めました」
「そ、そうか…」
彼女がそう決めたのなら、これ以上あれこれ言う事ではないし、何よりそれがクルーア君の目的であって、依頼達成ミッションコンプリートなのだけれども…
本当にそれでいいのか?
喉元までその言葉が出かかったのを、グッとこらえる。彼女に言うべき言葉はこれじゃない。
「それじゃあ私もう行きますね?…あなたの依頼主さんに、安心してくださいと伝えてください…心配かけてごめんなさい、と…」
何か言わなければいけないような気がして、言葉を探して、探して、ようやく見つけ出して
「あのさ…」
「はい?」
「あの子達…君が助けて、君を助けてくれた子供達さ…」
「はあ…」
「あの子達には、伝わったんじゃないかな?」
言葉に出してみて、ようやく自分が何を伝えたかったのかに気付く。
君の行動は間違ってるかもしろない。
でも決して無駄ではない。
それはエリエルにも伝わったらしく、彼女はようやく作り物ではない自然な笑顔を見せてくれた。
「そうだといいですね…」
言って深々と頭を下げ、そのままの姿勢で後ろを振り返ると、フワッと宙に浮き、あっという間に空へと飛んで行ってしまった…
ほとぼりが冷めるまでは時間がかかるだろう。
守護隊が彼女の正体にまでたどり着く事もあるかもしれないが、シバース狩りの殺人犯も特定できないような組織だ。その可能性は極めて低い。
これで城下町に現れた、魔法少女の物語は終ったのだ…
彼女が見えなくなったころ、ポツリポツリと雨が降り出し、あっという間に大雨に変わる。
本当にこれで良かったのか…その疑問がクルーアの中に残った。
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