闇に堕ちる4

 ブロンズ・メイダリオンは、目隠しをされ椅子に座らせれていた。


 手には対シバース用の特殊な手錠…原理はよくわからないが、これをしてると魔法を使えなくなるという優れもので、因みにエルダーヴァイン社製…をされたまま。


 守護隊屯所での簡易的な取り調べを終えたブロンズは、大雨の中拘置所へと移送される途中に、移送用の馬車が襲われ拉致された。


 移送に携わってた守護隊隊員は、おそらく全滅しただろう…馬車を襲ったのは全員白いローブを纏った数人のグループ…その中のたった一人の人物による鮮やかな殺戮劇が、嫌というほど目に焼き付いてる。



 目隠しは、おそらくこの場所の特定を防ぐためなのだろう…地下に降りたというのはわかったのだが、そこからだいぶ歩かされたために、自分が今いる位置など皆目見当もつかない。やけに注意深く念の入った行動に思えるが、それにしては護送馬車を襲った事など、短絡的にも思えるからよくわからない連中だ。それよりも自分を拉致した目的がわからないのが気持ち悪い。



「あまり目立つような行動は慎んでもらいたいのだがね?計画に支障が出たらどうするつもりだ?」


 扉が開く音がして男が入ってくる…


「うるさい人ですねー…ひとつ断っておきますけれど、ワタクシはあなたの事これっぽっちも信用してませんし、当てにもしてないのですよ?あなたの計画など知った事ですか」


 今度は甲高い別の男の声…気配から入ってきたのは他に二人…計四人か?


「アタシらテロリストなんだからさ~…目立ってなんぼなんじゃないの~?」


 と、今度は部屋の中から女の声がするから驚く。


 この女が守護隊を襲い一人で全滅させ、ブロンズをこの部屋まで連れてきたのだが、今の今まで全く気配を感じなかったから、てっきり部屋から出たものだと思い込んでいた。



 しかし、自分達をテロリストと言ってはばからない連中…ふと、ある集団を思い浮かべるが、いやそれは無いと、心の中でその可能性を打ち消す。


「あれ?まだ目隠しをしているのですか?ここまで連れてきたのでしたらもう外しても構わないのですよ?」


「あーそれは気が付かなかったよ」


 甲高い男の声に、女がそう答えそのままブロンズの目隠しを外す…眩しい…


 目が慣れるのを待って、ゆっくりと目を開けると目の前に男が立っている…外見の特徴はというと痩せ細って長身…そして隻腕である…


「初めましてブロンズ・メイダリオンさん…ワタクシ、アルフォンス・ジェリコーと申します…以後お見知りおきを…」


 甲高い声の男が甲高い声で自分の名を名乗った…


 アルフォンス・ジェリコー…


 それは悪い方に有名な名であり、ふと思い浮かべてその可能性はないと思った集団の一員であり、つまりはシバース教アナトミクス派の人間であり、国の最重要指名手配犯であり…


「国王…暗殺未遂事件のジェリコー?」


「あー、あの事件そのように言われてるのですか?心外だな~…あれはですね?国王暗殺は目的ではなかったのですよ~?まあ言っても詮無い事ですがね~…」


 最悪だ…今この街にいるはずのない…いてはいけない集団が忍び込んでる。


 この男がジェリコーだとすると、もしかしたらあの女はもう一人の重要指名手配犯の…そう考えていたら自然と目が女の方を向いてしまい…


「お察しの通りアタシはヴィジェ・シェリルだよ。世間でなんて言われてるのかは知らないけどね」


 ヴィジェ・シェリル…シバースでありながら魔法よりも刃物で人を切り刻むことに快楽を求める殺人狂…


 守護隊員への殺戮劇を目撃した今となっては、その噂は何とも信憑性の高いものになってしまったが、そんな噂ばかり独り歩きしたがために、彼女がいったい何の罪で指名手配されてるのかはあまり知られてなかったりする…


 後の三人…先程ジェリコーと話をしてたのがどの男かはわからないが、壁に寄り掛かって黙して語らずの体格のいい男。その横で壁にもたれながらしゃがみ込んでる男。もう一人はブロンズのすぐ横に立って静かに見下ろしている…その三人が三人とも全身をローブで包み、顔は仮面のようなものを付けて隠しているのが何とも異様な感じだ…顔を見られてはいけない理由でもあるのだろうか?



 さて、状況は確認するまでもなく最悪と言ったところだけど


「で?俺をどうするつもりだ?」


 何しろ目的がわからないのが、どうにも気持ち悪い。殺すのならさっさと殺せと思うのだが、それが目的ならそれこそさっさと殺されそうなものだし、それが目的だとしてもシバース教に命を狙われる理由がわからないから、やっぱり気持ちが悪い。


 死ぬこと自体はどうってことない。もともと目的を果たしたら死ぬつもりだったのだ。


 心残りはある…その目的を果たせていない事だ…


 ああ今死んだら中途半端だな…


「…貴方に我々の計画に協力してもらいたいのです…」


 意外な申し出に目を丸くする。


 申し出をしたブロンズの横に立っていた男は、ゆっくりと仮面を外しながら


「失礼…自分はエドモンド・グラーフ…この組織の代表をしてるものです」


 遅ればせながらの自己紹介…


 しかし「この組織」と言ったか?シバース教徒ではあるのだろうが、教団として動いてる訳ではないという事だろうか?


 どちらにしろ、自分達をテロリストと言ってはばからない連中の建てる計画である。そりゃテロ計画しかないだろうし


「俺に協力できる事なんか無いと思いますけど?」


 率直に思ったことを言ってみたものの


「それを決めるのはあなたではありませんよ?」


 と返されたのでしばらく閉口…少し考えをまとめて


「…見返りはあるのか?」


 本気で見返りを求めてる訳ではなく、やんわり断りたいのだ。もっとも断った事で、口封じとかで殺されてしまう可能性が高いのだが、それならそれで別にいい。


「そうですね…引き受けていただけないのなら命を奪います、と言って脅したいところなのですけど、貴方にそれは通用しそうもありませんから」


 見透かされている…


「ちょっと隣の部屋に来ていただけますか?」


 言われるまま隣の部屋へと移動しようとした時


「こういうの嫌だな…」


 しゃがみ込んでいた男がぼそりと言う声が聞こえた…声からは意外と若い人物のように感じた…






 案内されるまま隣の部屋へと移る。


 先程の部屋とは違う、重い鉄の扉を開け中へ入ると、真っ暗で何も見えないにもかかわらず何か異様な物を感じ、明かりがついてその正体がわかる。



 だだっ広い部屋に見た事もないような器具が並んでいる…見た事もない物なのにそれが何に使われるものかはだいたい見当がつくから不思議だ…


 拷問部屋…それもそうとう古い時代の物のよう…


 物珍しさで部屋の中を見回してると、ある一点で目が留まる。床に固定された椅子がいくつか並んでる。その中央に、ご丁寧に手足胴体だけでなく、頭部も動かすことのできないよう固定された状態で、二人の男が座らされている…


 死んでいる訳ではなさそうなので、気を失ってるのだろうその男たちの顔は、殴られて腫れ上がり、パッと見では顔の判別がつきそうもない酷い有様なのだけれど、ブロンズにはその二人が何者かすぐにわかった…


 わからないはずがない…ほんの数時間前自分が殺そうとしていた男たちだ。


「見返りはこの二人という事でいかがでしょうか?」


 言ってる意味がわからない…


 ヴィジェ・シェリルが二人めがけて楽しそうにバケツの水をぶっかけて目を覚まさせる。


「こいつらさ~ジェリコーが捕まえた時さ~またシバース狩りの相談してたんだってさ!それも女の子襲うつもりだったんだってさ!ほんとクズだよね~…」


 二人は目を覚ますと同時に怯えた表情になって


「ん!んん!んーーーー!」×2


 猿轡をされているから何を言ってるかはわからないが…また命乞いか…


「本当はアタシが切り刻んで殺してやりたいんだよね~」


 二人に向けられていた、獲物を追い詰めるのを楽しむかのような狂気に満ちた目を、ゆっくりとブロンズへと移しながら


「今回は特別にアナタに譲ってあげるわ~」


 成程ようやく合点がいった。協力の見返りはブロンズの復讐の成就というわけだ…


「いかがですか?」


 再度訊ねてくるグラーフの横で


「本当はワタクシが殺すつもりだったんですけどねー…」


 ジェリコーが不満げにぼそぼそと呟いてるのを聞いて、思わずクスッと笑ってしまったからグラーフに怪訝な表情をさせてしまう。


 さてどうするか決めなくてはならない…


 二人組へ向き直すと目が合って驚きの表情…ようやくブロンズの存在に気付いたらしく


「ん!…んーんーんー!」×2


 また命乞い…ブロンズにはこれが何より許せなく、冷えかけてた二人への憎しみの感情が再び燃え上がり


「礼は言わない…だがこの義理はきっちり返す」


「よろしいでしょう…では交渉成立という事で…」


 グラーフの言葉を受けて、ブロンズはゆっくりと二人の元へ歩き出す…



 ミールが今の自分を見たらどう思うだろうと考える…わかっている、彼女はこんな事を望んだりはしない。


「ごめんなミール…」


 これは完全にブロンズの自己満足のための行為であり、自分勝手な我儘でしかないのだ…


『ダメだろ?こういうの…』


 ああそうだよこんなのダメに決まってるんだ。理屈は分からないけどクルーアは間違いなく正しい…


 だが、しかし正しさだけではどうにもならない事だってあるんだ…



 二人の前まで歩いて行って足を止める…この期に及んで涙を浮かべながら、必死に命乞いをしてる…


 たとえブロンズが殺さなかったとしたってこの二人に生き残る身近は無いだろうに。


 ふと少女の顔がブロンズの脳裏をよぎった…銀色の髪の魔法少女


 あの子はきっとこんな自分を軽蔑するのだろう…


 今日初めて会ったばかりで、戦っただけで会話らしい会話をした訳でもなく、相手がどのような人物かなんて全くわからない…なのに何故か「それだけは嫌だな…」と、ブロンズは思ってしまった。


 しかしもう後戻りはできないし、するつもりもない。


 ブロンズは二人の間に立つと、左右両方の手で二人の顔面を鷲掴みにする。


「んー!んー!んー!」


 必死にもがいても、頭を固定してる状態では振りほどく事などできる訳もなく…


「じゃあな…」


 鷲掴みのまま両手に魔力を集中させると


 それは激しい炎へと変化して


 ブロンズ・メイダリオンは闇へと堕ちた…

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