闇に堕ちる3

「な、なあ?俺達逃げる必要あったのか?被害者だろ?」


「バカ!あのまま守護隊の屯所なんか連れていかれたら面倒だろうが!」


 件の二人組は、隙をついて広場を抜け出し、人目に付かない路地まで逃げ込んでいた。心にやましい事だらけの二人組だから、そりゃ特に悪い事した訳じゃなくたって、守護隊なんかと関わりあうのは嫌でしょう…気持ちわからなくはない。


「あー!ついてねーなー…なんなんだよあの野郎!逆恨みじゃねえか!」


 いや、逆恨みじゃねーだろ。普通に恨まれるべくして恨まれてるよ。


「あームシャクシャするな…」


「なあ?憂さ晴らしがてら久しぶりにシバース狩りでもやらねーか?」


「お~それはナイスアイデア!どうせやるなら女にしようぜ女!」


「お前ほんと懲りないな~」


「だってよ?さっきのなんだっけ…アレ噂の魔法少女だよな?…のしましまパンツ見ただろ?あれ見たらなんかもうムラムラしてきちゃってさ~」


「は?お前、あの状況でそんな事考えてたのか凄いな…いや、っていうかあんなのケツの青いガキじゃねえか?お前そういう趣味だったのか!」


「は?別にそういう趣味とかじゃねーよ!半年も監獄暮らししてたから欲求不満っていうの?溜まってんだよ!」


「それはまあ俺もそうだな…溜まってる!この際女だったらなんでも良いや」


「いやお前はどうせあれだろ?おっぱい大きい方が良いんだろ?」


「そりゃそうだよ。さっきの魔法少女なんか貧乳過ぎてもうお話にならないぜ?」


「なんにしてもアレだ、また間違って殺しちゃうような事は無いようにしないとな~」


「ああ殺しちゃうと面倒だもんな~」


「もうなんでも良いや!早く齧り付きてー!」


「舐めまわしてー」


「それじゃあ、ひと狩り行きますか?」×2


「むひひひひひひひ…」


「うひひひひひひひ…」




 以上どうしようもないゲスの会話でした…どうでもいいけど、こいつらさっき失禁してなかったっけか?良いのかそのまんまで?


 まあそれは良いとして、ゲス同士が、いかにもゲスな会話をしている路地は真っ暗で、他に人の気配は全くしていなかったのに、ゲスな会話が一段落した所で、二人の後からパチパチと両手を叩いて拍手する音がする。


 ビックリして、二人そろって後ろを振り向くけど、そこには誰もいない…


 二人顔を見合わせ、気のせいではない事をアイコンタクトで確認する…と今度は前からパチパチと拍手する音が聞こえるから、慌てて振り向きなおす。


「こんばんはー」


 すぐ目の前に、白いローブを身に纏った、長身の男が立っている。


「いや~、先程の広場の騒ぎから、様子を覗わせてもらってましてね?今の会話、聞かせてもらいましたが…」


 身長は190㎝くらいあるだろうか?痩せ細った体形で猫背、フードを深々と被ってるので、顔は見る事はできない。


「あなた達、なかなかゲスですね!」


 異様…


 突然目の前に現れた事も、暗がりなのに、その男の周りだけ、ほんのりと明るく見えるのもそうなのだが、何よりも異様と感じたのはその男が隻腕であるという事。


 左腕の無い男が、しかし今目の前で両手で拍手し、パチパチと音を鳴らしながら喋っている。


「いやー、かく言うワタクシも結構ゲスな方なんですよ?自分で言うのもなんなんですがね?しかしあなた達には敵わないなー!って思いましたね!素晴らしい!実に素晴らしい!最高にゲスだ!」


 ゲス二人組が、これは本格的にヤバいと感じたのは本能からだろう。


 さっきまでの状況だってそうとうヤバかったはずだが、ブロンズ・メイダリオンと、今、目の前にいる男とでは、本質的な部分でヤバさの意味が違う。


「同胞が何故あなた達のような下等生物を襲ってるのか?と気になってたのですけど、今の会話から察するに、彼の者の奥様か恋人かを強姦した上に殺してしまって恨みを買った、という所でしょうか?いや~…ゲスだな~…」


 ブロンズ・メイダリオンを同胞と言った。つまりこの男もシバースという事だろう。


 最初からそうとしか思えなかったけれども、徽章を付けてないシバースが国内にいるとも思えなく


「同胞って…お、お前もシバースなのか?」


 できる事なら、違っていてほしいという思いで聞いたのだけれど


「お察しの通り…ワタクシもシバースの端くれでございますよ?」


 絶望…


「シ、シバースなら徽章付けなけりゃダメだろう!」


 しかし、バカだから突っ張って余計な事を言ってしまう。


「きしょう?あー徽章ですか!?忘れてましたー!そうだ!この国ではシバースはそんな物を付けなくてはならなかったんですよね?ワタクシ、ついこの間まで国外にいたものですから、うっかりしてましたよー!」


 異常…


 法を犯してるにも拘らず、悪びれる様子も無く、それどころか高笑いをしてみせ、手の甲を二人に見せつける。


「あー…ワタクシ徽章は付けてませんけど、こんな物なら身に着けてるんです」


 何かの紋章のような焼印がある。その紋章の意味が理解できなければ、二人とも何も感じなかった事だろう。


 しかし、今この国では、どんなに無知な人間であっても、ほとんどの人間がその紋章と、紋章の持つ意味を理解できる。


 そしてそれは少なくてもこの街には存在しない…存在してはいけない人達である事を示していて


「シ…シバース教徒…」


「ア…アナトミクス派の…」


 二人の絶望はさらに色濃くなる。


「あーワタクシ、アナトミクス派って言われるの嫌いなのですよね?シバース教は、元来アナトミクス・シバースを祀るために生まれた宗教なのです…それを、聖グリュフィスの教えだか何だか知りませんが、後になって持ち出してきて『我々こそシバース教だ!』等と言い出すなんて、烏滸がましいと思いませんか?」


 魔法使いによる全世界の支配を目指した、アナトミクス・シバースを祀る過激派の宗教と、そのシバース教の台頭を恐れ、対抗するために「魔法使いは全人類の盾である」と説いたシバースの祖、グリュフィス・シバースを祀り上げた穏健派の宗教。


 教義も起源も全く違う二つの宗教を、一緒くたにされては困るというのはお互い様なのだろうけども、どっちがどんな宗教だとかは、二人組にとってはどうでもいい事であって、ただ今この状況を何とかしたい。逃げたい。どうする…


「あ、逃げようとしても無駄ですよ?」


 そう言って目の前の男が、無い方の腕の指をパチンと鳴らすと同時に、二人組の後ろから人の気配がする…とっくに囲まれていたんだ。


 絶望を胸に、目の前の男を見上げるとフードに隠れた顔がチラリと見える…何とも楽しげな表情だと感じる…


 そうだ、この男は今この状況を楽しんでいる。それがブロンズ・メイダリオンに感じたヤバさとの決定的な違いなんだ。


 ブロンズ・メイダリオンには迷いがあった。


 そりゃあ、人を殺そうというんだから、どれだけ憎しみが強かろうとそうそう覚悟ができるものではない。


 そうでなければ最初に大通りで出会った時に、声をかけるなんて事をせず、二人を殺すことができたろう。


 だから二人は逃げきる事が出来たのだ。


 一方目の前にいる男はどうだ。


 淡々と、二人の男を死へと追い詰め、そのことを楽しんでいるようにしか見えないこの男に、人を殺す事への迷いなど微塵も無いだろう…


 あれ?似たような奴等が他にもいるのを、俺たちは知ってるぞ?と思ったのは二人組のどちらだろう…


 ただ己の欲望を満たすためだけに、抵抗する事さえ許されない相手を追い詰め、暴力を働き陵辱する…


 そう、今、目の前にいるこの男は、シバース狩りを楽しんでいる自分達と似ているんだ。


「さて…狩る側から狩られる側になった気分はどうですか?」


 フードの中の顔が笑っているのがハッキリと見える…


 違う…自分たちはこの男とは違う…


 一度人を殺めてるとはいえそれは不可抗力だったんだ。自分たちは、何も殺しを楽しんでるわけじゃない。この男とは違うんだ。


 その良い訳に意味はない。


 襲われる方にとって、相手がどういうつもりかなんて関係ないのだから…


 自分たちが襲ったシバース達が、どんな思いをしていたのか…今の自分たちと同じように、ただただ恐怖していたのだろう…


 そんな事に今更気づいても、全ては後の祭りでしかない。

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