魔法少女エリエル・シバース3



「大通りで、ブロンズ・メイダリオンらしき人物が魔法を使って、騒ぎを起きている」と、聞いて飛び出していったクルーア君。


 事が事ですから、パーソンくんとフェリア先生も後を追って、大通りへと向かおうとしているのだけれど、もう一人がどうしても遅いので遅れてしまう…


「ワルドナさん!速く!」


 急かすパーソンくんに


「イライラするのはわかるけど、彼、お酒入ってるからね?無理もないさ」


 諭すフェリア先生…


 いや、そういうあなたも泡の出る方の葡萄酒を、カッパカッパ飲んでたじゃないですか?なんで平気なんですか?という疑問もありますけど、パーソンくんには他にもっと疑問に思う事がありまして…というのは飛び出していったクルーア君。


 パーソン君が追いかけて外に出るまでに、そんなに時間に差があった訳でもないはずなのに、見たら通りのはるか彼方にその姿があって…


「あの人、何なんですか?いくらなんでも足速すぎません?」


 この世界には、『パラノーマル』と呼ばれる超人的身体能力を持つ人間が存在する。パーソンくんだって、それを知らない訳はありません。


 クルーア君がパラノーマルであるのだとすれば、この足の速さも説明がつくでしょう。


 けれど、現在王国内で確認されているパラノーマルは、僅か5人だけ。皆さん有名人ですから、名前は知れ渡っています。その中にクルーア・ジョイスの名前は有りません。


 もっとも、未だ確認されてない…パラノーマルである事を隠して生活をしている人がいる可能性だって有るのだけれど、そこまで考えが及ばないパーソンくん


「パラノーマルでもあるまいし…」


 率直な疑問をフェリア先生に投げ掛けてみると


「ん?クルーアの事か?…あれはパラノーマルなんて可愛いもんじゃないよ?正真正銘の『化物』だからね…」


「化物って…」


 こんな時に何の冗談だろう、と怪訝な顔をしてるパーソンくんに、フェリア先生ニッコリ微笑み、その微笑みをそのままワルドナさんに向けて


「先に行きますよ!」


 叫ぶと、ワルドナさんはよく解らないジェスチャー。


 よく解らないけど先に行って良いという事だろうと判断して


「急ごう…」


 微笑みが消え、真剣な表情となったフェリア先生。


『化物』の件がいまいち腑に落ちないのだけれど、今は緊急時。パーソンくんもまた先を急ぐ事にするのです。









 フェリア先生曰く『化物』が、その片鱗を僅かながら見せた事に、広場に集まっていた野次馬と守護隊隊員達は驚愕していた。


 子供達が現れたのは、意識外の場所だったから、誰もが虚をつかれた形になったのは仕方ないけれど、その男は誰もが注視してた場所に忽然と現れたのだ。


「な、なんだ?アイツいきなり現れたぞ?」


「なんだよアレもシバースなのか?」


 そりゃ、突然誰もいなかった所に人が現れれば、魔法の類だと思うのが一般的でしょうけども


「おい、アレって…クルーア・ジョイスだよな?」


「今あいつ、クルーア・ジョイスって言ったよな?」


 守護隊隊員は、一般の方々とは一様に反応が異なっている。

 良くも悪くも…いや、おそらくは悪い方の意味で有名人なのだろう元隊員は、しかしそんな周囲の雑音など気にする事もなく、ただ目の前にいるシバースの青年を見つめている。



 何で邪魔をするんだ、とブロンズは聞いた…そう、今、クルーアの後ろにいる二人組は、クルーアにとっても許す事のできない相手で間違いない。


 許せない…ああ、許せない。何の罪もない、未来ある一人の女性を、ただ己の欲望の赴くまま犯して殺したこいつらを許せる訳がない。


 クルーアにブロンズの行為を邪魔する理由なんて何も無い。


 それでも…


「ダメだろ?こういうの…」


 言葉に出して言ってみたものの、それに対して『何故?』と聞かれたら、明確な答えなんて持ってはいない。


『そんな事をしてもミールは帰ってこない』とか『ミールが喜ぶと思うか?』とか、そんな卑怯な言い訳しかできないな…と、クルーアは考えていたが


「そんな事…分かってる…」


 胸ぐらを掴んできたブロンズは、目に涙を浮かべている。


 分かっていてもどうする事もできない…そういうものかもしれないけれど、それよりも『何故?』と聞かれずに済んだ事にホッと安堵してしまい、自己嫌悪してるクルーア。


「何故ですか?」


 そこに、別の方向から声がかかるから、自分が言われたのかと思い、声の主を探す。


 しかし、声の主…銀色の髪の魔法少女は、クルーアにでは無くブロンズ・メイダリオンに、鋭い視線を向けて立っていた。


「どうして子供達を巻き込んだんですか?」


 遅まきながら、その言葉が自分に向けられてる事に気付いて、ブロンズはゆっくりとエリエルへと視線を向ける。


「何故ですか?何故あの子達を攻撃したんですか?」


 繰り返すエリエルの言葉には、さっきまでの彼女と違い、明確な怒気が籠められている。


「魔法は…」


 そこでいったん言葉を区切り、エリエルは大きく息を吸いこむ。


「魔法は…私たちの力はこんな事のためにあるんじゃない!シバースの力は大切な人を護るためにあるんだ!救うためにあるんだ!どんな理由があったって、誰かを傷付けるために使って良い訳がない!」




 ふざけんな…



 奇麗事言うなよ…



 そんな力を持っていても、大切な人護れなかったんだよ…



 救えなかったんだよ…




 言い返したい言葉は、いくらでもあるのに…


 目の前に凛として立つ銀色の髪の魔法少女を、ただ『美しい』と思ってしまったブロンズは、そのまま膝から崩れ落ちる。


 静寂…そこにいた全ての人が、エリエル・シバースの、特筆する事もない、しかし力強い言葉に圧倒されている。


 そんなタイミングで、ようやく広場にたどり着いたフェリアとパーソンに、状況が飲み込める訳もない。


 広場の中央付近にクルーアが立っている。その向かいに…おそらく噂の魔法少女だろう人物が立っていて、その間に見知らぬ男性がしゃがみ込んでいる。


 おそらく、その男が件のシバースなのだろうとパーソンは当たりを付けるが、さて事態は収束したように見えるのに、守護隊が行動に移さないのは何故なのか…


 見知った上官を見つけて


「犯人、確保しないんですか?」


 ストレートに訪ねてみると、呆然としてた上官はハッと我に返り、大慌てで隊員に指示を出す。


 指示を受けた守護隊隊員数名が駆け寄り、ブロンズを取り押さえ、対シバース用の特殊な手錠をかけ、首筋に剣先を当てる。


 これにて一件落着…かと思いきや


「いやっ…離してください!」


 いくら捜査に圧力かけらてるとはいえ、魔法の無許可使用の現行犯となれば話は別という訳で、守護隊隊員がエリエルの事も取り押さえようとしている。


 助けるとなると、またぞろ話がややこしくなりそうだけれど、黙って見ているという訳にもいかない。


「仕方ないな…」


 クルーア君が話をややこしくする覚悟を決めた所で、何か小さい生き物が二体、守護隊隊員へと飛びついて、エリエルから無理やり引き剝がす。


「お姉ちゃん逃げて!」


「逃げて~」


 先程、エリエルが護った子供達だとすぐに分かって、エリエルは逃げるべきか迷うが


「早く逃げて!」


「逃げて~」


 言われて意を決し、ふわりと宙に浮き、上空へと飛びあがり、あっという間に東の空へと飛び立った。


 こうなると、もう守護隊には捕まえる手段など無いのだけれど、諦めの悪い隊員が、いまだ自分を掴み離さない子供たちに殴りかかろうとしているから、流石にこれは見逃せない。


 クルーアは、瞬間移動でもしたかのように一瞬で隊員との間を詰め、殴りかかる拳を抑える。


「お前、子供相手に何してんだよ…」


「貴様!何を…って、ク…クルーア・ジョイス…」


 目の前の男がクルーア・ジョイスであるなら、敵う相手ではないことが明白なので、振り上げた拳は降ろすしかない。


「もうあのお姉ちゃんは大丈夫だから、そいつ離してやりな?」


 言われた子供たちは、渋々といった感じで守護隊隊員を解放するが、解放された隊員は、今だ納得いかない感じで子供たちを睨み付けるもんだから


「お前らの仕事は弱い者いじめか?他にやる事があるだろ?」


 言いながら子供たちの分まで睨み返し、そうなれば隊員は、ぐうの音も出ず渋々持ち場へと戻っていく。


 さて…しかしこの子達もどうしたもんか?屯所に連れていかれてってのは免れないよな、と考えてた所へ


「クルーア…大丈夫か?」


 フェリアが現れたので、これは都合が良いという事で


「ああ、俺は大丈夫だ…なあ、この子達お願いしてもいいか?」


 丸投げしてみる。


 状況は見ていたので、子供達の説明はいらない。快く受け入れるフェリアだけれど


「お前はどうするんだ?」


 というのが気になる。


「いや…あの子を追おうと思う」


 普通に考えれば、文字通り飛んで行った相手を見つけるのは簡単な事とは思えない。しかし彼女と話をしたいし、しておかなければならない。


「そうだな…あの子、かなり消耗してたようだから、そう遠くまで飛んでは行けないだろうし…」


 もっとも、追って行って、見付ける事ができたとして、その後どうするという当てもないのだけれど…


「それじゃ後の事はよろしくお願いします」


「ああ、分かった。気を付けてな?」


 そう言うと、フェリアは不安そうにしている子供たちを連れて、そのまま守護隊の元へと歩いていき


「フェリア・エルダーヴァインだ。この子達の身元は僕が引き受ける。良いよね?」


 これまた強引に話を進めてるみたいですけど、エルダーヴァインという家名を出されては守護隊の皆様も、たじろぐばかりなようで…いやなんか便利な家名だな…


 これで子供達の心配をする必要は無くなったという事で、クルーアは連行されていくブロンズの方に目を移す。


 力なく項垂れ小さくなっている…


 こうなってしまったら、もうブロンズに対してできる事は何も無い…仕方が無いんだと自分に言い聞かせ、クルーアはエリエルが飛んで行った方角へと向かおうとした。


 その時、ふと守護隊隊員の会話が耳に入る。


「そういえば最初に襲われてた二人組…どこに行ったんだ?」


 そういえば、いつの間にかあいつらがいない。気になる所ではあるけれど、今はエリエルを追う方が優先だ。


 もう一度ブロンズを見る…


「すまない…」


 そう心の中で呟き、クルーアは今度こそエリエルを追って走り出した。

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