魔法少女エリエル・シバース2

 腕が痺れている。身体も痛い。


 魔法障壁を展開してたとはいえ、大火球の直撃を受けたエリエルのダメージは小さくない。


 飛行魔法に変身魔法…それとこれは本人無自覚なんだけれども認識阻害魔法。


 エリエルの魔力はそれらに吸いとられ、攻撃や防御に回す余裕はほとんどない。


 今も、地に足を付けず飛んだままの状態で魔法を受けていたのなら、防ぎきれずもっと大きなダメージとなっていただろう。


 そして次に同じ威力の魔法を受けたら、ベタ足でも防ぎきる事はおそらくできない。


 彼女の能力は弱点だらけ…その事を悟られないようにしなければならない…






 今の一撃を防がれたのは痛い。次に同じ威力の攻撃をするには時間がいる。


 目の前にいるのは噂の魔法少女だろう。


 ほぼ世捨て人状態のブロンズでも噂は耳に入ってくる。


 なんでも飛行魔法なんて伝説級の『失われた魔法』を使うらしい。


 それが本当なら、彼女のシバースとしての能力はどれ程のものか計り知れない。


 幸いこちらの攻撃を警戒してくれている様子で、向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はない…何も彼女と戦わなくても、奴らさえ殺す事ができれば良いのだが…さてどうする?




 睨み合いが続く…




 広場の周りは、危険を顧みない野次馬でごった返しており、王都守護隊はそちらの対応で手一杯。


 いや…もう本当に危険ですし、守護隊としては野次馬とかほんと勘弁してください、と言ったところでしょうけど、どうせ並の守護隊隊員ではシバース同士の争いに割って入る事なんかできないんだから、そっち抑えててください。


 そう言えば全ての元凶である件の二人組はどうなってるかって言うと、エリエルの後ろで失禁してガタガタ震えてます。


「う、動かないでください!」


「は、はい…」×2


 最早、自分たちが助かる道は、この魔法少女に助けてもらうしかないという事で、後は祈るばかり…神様仏様魔法少女様…


「俺にあんたと戦う理由は無いんだ。そこ、退いてくれないか?」


「そ、そうはいきません!あなたの方こそ、こんな酷い事をするのはやめて投降してください!」


 酷い事?


 酷い事と言ったか?


 ああ…まあ抵抗する力もない奴らを追い込んでるんだから、酷い事には違わないか。


「何故こんな事をするんですか?魔法の力はこんな事をするためにあるんじゃないんですよ!」


 何故?…こんな事?


 ああ…うん彼女にとっては、こんな事だろうな…それは仕方がない。


 仕方がないけれど…


「俺のさ…恋人がさ…そいつらにさ…殺されたんだよね?」


「え?…」


 振り返ると二人が首を振って否定をしている…しかし彼が嘘を言ってるとも思えない…


「仇を取りたいんだ…取らせてくれないかな?」


 言われて、エリエルは戸惑いを隠せない。


 後ろにいる二人組はあの人の恋人を殺した悪い人…じゃあ、この人たちを殺そうとしてるあの人は?


 あれ?魔法少女は正義の味方のはずなのに、私は悪者の味方をしてるの?


 あれ?あれ?…


 戸惑いは迷いとなり、迷いは隙を作る…その隙をブロンズは見逃さない。


 指の数だけ小さな火球を作り出し、エリエルに向かって間をあけずに次々と放つ。


 気付いた時はブロンズの放った複数の弱火球が目の前に来ていて、慌てて魔法障壁を展開するも間に合わず、いくつか直撃を食らってしまう。弱い魔法だったために大したダメージではない…しかし、もう油断はできない。考えるのは後回しだ。


「そこを退いてくれないのなら、俺は君も殺さなくてはいけなくなる…そんな事させないでくれるかな?」


 少しずつエリエルとの間を詰めプレッシャーをかけてくるが


「嫌です!退きません!」


 こちらも一歩も引かないと二人組の前に両手を広げて立ち塞がる。


 しかしこのままではジリ貧。


 反撃をしたい所だけど、エリエルの攻撃魔法は前述の理由で弱い。


 一般人相手ならそれで充分だけれど、相手がシバースとなると話が違う…おそらく通用しないだろう。


「それなら…」


 二人組の前から動いてしまえば、ブロンズが彼らに攻撃を仕掛けるだろう…スピード勝負だ。


 覚悟を決めて上空へと飛ぶエリエル。ブロンズがそちらに気を取られたために二人組への攻撃を忘れてしまう。これは幸運。


 数メートル飛び上がったエリエルは、そこからブロンズめがけ全力で突っ込んでいって、物理で殴る。



 つい『本当に飛べるんだな…』等と感心してしまい、呆けてしまったブロンズは回避が遅れてしまう…


 が、まあ言っても女の子の一撃だ、受けられないことは無いだろう…と回避を諦め防御しようとした瞬間、背筋をゾクッとするものが走って、慌てて防御をやめ、ギリギリのところでエリエルの攻撃をかわす。

 かわされたエリエルの攻撃が地面を打ち、ものすごい轟音と共に地面に小さなクレーターができる。


 辛うじて避けはしたものの、衝撃で弾き飛ばされたブロンズが青ざめているかと思えば


「え?あれ?なにこれ?」


 打った本人が一番驚き戸惑っている…これもまたエリエルが無自覚で放っている魔法の効果。


 さて、ここでブロンズが気付く。自分が弾き飛ばされた先…そこは例の二人組の目の前だという事に。


「ヒィッ…」×2


 人は恐怖したとき本当にこんな声出したりするんだな…まあいい…魔法少女はまだ気づいてない。


 ブロンズが素早く立ち上がり指先に魔力を込める…得意なのは炎系の魔法だが、ここはスピードが求められる場面。炎より素早く準備できる、風系の魔法で切り刻むべく腕を振り上げた瞬間、再び背筋をゾクッとしたものが走る。


 状況に気付いたエリアルが猛スピードで後ろから飛んでくると、正面に回り込むようにしながらブロンズの腹めがけて蹴りを放つ。


 ブロンズも慌てて全魔力を防御に回すが衝撃を吸収できずに吹っ飛ばされる。


 立ち位置だけなら振出しに戻った。しかし、特に戦闘訓練を受けてた訳でもない二人は、今のわずかな攻防でも消耗が激しい。


 次の攻撃が最後になるだろうブロンズは、両手に火球を作り出し、エリエルは防御の態勢…


 おそらく今なら並の守護隊隊員でも、数人でかかれば二人を押さえる事ができるだろう。けれど、そこにいる野次馬も含めたほとんどの人が、シバース同士の戦闘を見るのは初めてなのだから、ただただ圧倒されて何もできない。


 だからだろう…誰もそれに気づかなかったのは…


「ほら!やっぱりしましまパンツのお姉ちゃんだ!」


「あ、本当だ…」


 広場内…ブロンズの右斜め後方に子供が二人いる…そこにいた全員の視線がそれに向く


 目をキラキラさせながら魔法少女を指さして、満面の笑みの男の子と、その子の服の端をつまむようにして、おっかなびっくりの女の子…


 この近所の子なのだろう…良い子はもう寝る時間だろうに、騒ぎを聞きつけ起きてきてしまったのだろうか?


 あの子どこかで見たことあるな…とエリエルが思った一瞬をついてブロンズは、あろうことか片方の手の火球を子供たちに向かって投げつける。


「な、なにを!なんてことを!」


 出遅れて、エリエルが叫びながら子供たちへ飛ぶ。


 普通に飛んでたら間に合わない…


 出来得る限り全ての魔力を飛ぶ事に集中させて、エリエルの髪の毛が銀色から彼女の本来の髪色、黒に変わる。


「間に合え!」


 スピードは限界を超えて火球へと追いつく。しかし魔法障壁を展開してる余裕はない。


 回り込んで子供たちの前に出たエリエルを『ボンッ』という音と共に火球が直撃した。



「死ぬほどの威力ではない…余力はこっちのために残してあるんだ…」


 ブロンズはその様子を見ながらそう言うと、再び両手に火球を作り出し、残った魔力の全てをそれに注ぎ込む…


 流石にあの状況では、もうここまで飛んでくる事はできないだろう…邪魔する者はいない。


 ようやく…ようやくだ。ようやくミールの仇が討てる。


 あの日から今日までの苦しみ…悲しみ…怒り…その全てを、今、晴らすことができる。


 全ての魔力を注ぎ込み、今放つ事のできる最大の魔法の準備を終えた。


 愛する人の仇を討つため…


 あの屈辱を晴らすため…


 今できる最大の魔法を放つべく、憎むべき二人組へと振り向く…




 ブロンズの目の前に一人の男が立っていた。


 知ってる顔だ…


 良く知っている男の顔だ…


「なんでだよ?…」


 あの時、王都守護隊が匙を投げた捜査を、たった一人で行い、憎むべき仇を見つけ、逮捕してくれた男の顔だ…


 あの日、裁判の場所で屈辱的な判決を受けて、一緒に泣いてくれた男の顔だ…


 ミールの為に大粒の涙を流してくれた男の顔だ…


「なんであんたが邪魔をするんだ!クルーア・ジョイス!」


 叫び声が虚しくこだまする。

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