闇に堕ちる2

 ミール・カロラインが殺されてもうすぐ一年。


 屈辱の判決からなら約8カ月。


 ブロンズ・メイダリオンは、その事を忘れる事など、あの日から一日たりとも無かった。


 この国の司法に正義はない。ならば自らの手で、奴らを断罪しなくてはならない…今日この日が来るのを、ずっとずっと待っていた。


 長かったようであり、短かったようであり…ただずっと、やり場のない憎しみの感情を持て余していた日々が、ようやくそのやり場を得て終わろうとしている。


 それを前にして、ブロンズ・メイダリオンは、意外と今の自分が冷静である事に少し戸惑っていた。


 夜とはいえ、人が消える事のない大通り。普通に考えれば、人目のない所に誘い込んで犯行に及ぶのだろうけど、ブロンズ・メイダリオンにとってそれはどうでもいい事。復讐さえ果たせればなんだって良い。


 到底冷静とは思えないその思考も、また冷静な感情から生まれる物だった。



「おい!お前ら、ちょっといいか?」


「あ?なんだお前?」


「なんだよシバースか?何か用?」


 目の前に憎むべき相手がいる。ミールを殺した奴らがいる。この日をずっと待ちわびてたんだ、迷う事なんかない。


 掌を上に向け、魔力の塊を作ると、それ炎へ変換して火球にする。


「お、おい…て、てめえ!」


「シバースが何やって…」


 不思議なもんで、シバースを脅威と感じてるはずの人々が、しかし、心のどこかで『シバースが、自分たちに危害を加える事は無い。できる訳がない』と思い込んでる…だからこそ、シバース狩りのような事が横行してる訳だけれども…


 だからブロンズの掌の上の火球を見ても、まさかそれが自分に投げつけられるなんて思いもしない。


 実際に投げつけられるまでは…



 二人組を睨み付け、火球を高く掲げ、それを勢いよく放つと、火球は二人の少し手前で落ち、鈍い音を立てて破裂する。


 さっきまでの大通りの喧騒が、嘘のように静まり返る。


 まさかの出来事。


 突然のシバースによる凶行。


 そこにいた全ての人が、何が起こったのかを理解し、騒然となるのには時間を要し


「キャー!」


 誰かの叫び声を合図に、ようやく大混乱となる。


 実際に攻撃を受けた二人はというと、何しろターゲットが自分達な訳で、目の前で何が起こったのかを理解するのには、さらに時間が必要だったらしく、呆けた感じで立ち尽くす。


 そこへ第2撃…鈍い音と共に、また足元で火球が破裂するのを見て表情が変わる


「や、やべえ…」


「こ、殺される…」


 ようやく目の前のシバースの本気に気付いて後退り。振り返って転びそうになるのを踏ん張って走り出す。


 そこへもう一発火球を、今度は二人組の進行方向右側へと放つと、たまらず二人組は左側の路地へと逃げ込む。


 ブロンズは、さっきからワザと攻撃を外していた。


 ただ殺すだけなら、声をかける必要なんてない。黙って近付いて一瞬で切り裂く事もできたはずだ。


 それでは意味がない。


 復讐にならない。


 恐怖に怯え、もだえ苦しみ、絶望の中で死んでいけ…


 二人を追い始めるブロンズは、自身でも怖いくらい冷静だった。







「なんなんだあいつ!」


「わっかんねーよ!」


 分からないのは、自分達に恨みを持つシバースに、心当たりがあり過ぎるからだろう。裁判で問われる事は無かったが、余罪なんか数えきれないほどあるはずだ。


 路地を道なりに、必死になって走る二人組。それを追うブロンズが、今度は奴らの右上方に向かって火球を放つと、建物に直撃し、崩れた瓦礫が二人組の頭上に降ってくる。


「ひゃー」


 情けない声を出すが、それで足が止まることは無く、分かれ道へと差し掛かり


「お前はそっち逃げろ!」


 二手に分かれようと、二人組の一人が指示を出すが、それを察知して、分かれ道を塞ぐように火球を放ち妨害する。


 バラバラにはさせない。


「ダメだー!逃げられないよー!」


「バカ!諦めんな!そのうち守護隊が来るはずだ!」


 さて…守護隊は来るだろうけど、今の守護隊に、本気のシバースを止められる人員がいるのだろうか?


 シバースに対応できるのは、基本的にシバースだけ。しかし、シバースが守護隊になるという事は、シバースに魔法を使う許可を出すという事である。


 本末転倒な話だけれど、シバースを警戒するあまりに、元々守護隊に存在してたシバース犯罪に対応するためのチームは大幅に縮小…ほぼ解体状態になっており、守護隊に所属してるシバースは、数えるだけしかいなくなっている。


 そうは言っても、数でこられれば面倒な事ではあるので、早めにケリをつけた方が良いだろう。


 二人組が路地を抜けようとする所へ、ブロンズは弱い火球をいくつも作り出して次々と放つと、二人組の足元で次々と爆ぜ、二人を盛大に転ばせる。


 そのまま転がるように路地を抜け出し、這うようにして広場に出る。


 夜の広場は突如現れた二人組にざわつき、後から現れた男が手に火球を掲げるのを見付けて、叫び声があがり、男が火球を二人組に放つのと同時に蜘蛛の子を散らす。


 火球は這う二人組の先にあった噴水を破壊し、気付けば広場には、ブロンズ合わせた三人しかいなくなった。



 少しの沈黙…



「な、なあ…頼む…助けてくれ…」


「命だけは…お願いします!」


 泣きながらの命乞い


 …命乞い


 …命乞い?


 …命乞い…だと?


「ミールは…お前たちが殺した女は、そうやって命乞いをしなかったのかよ…」


 二人組は、これまで幾度となくシバース狩りを繰り返し、金品を奪ったり、女性シバースを性的な目的で襲ったり、やりたい放題やってきたが、命を奪ったのは一度だけ。

 それを聞いてようやく二人組は、目の前のこの男が何者なのかを悟る。


 裁判の時、判決が出た後も傍聴席でずっと悔し泣きをしている男が二人いた。一人は自分達を逮捕した守護隊隊員だったが、おそらくあの時一緒にいた男に違いないと…


「わ、悪かった…許してくれ…いや!ください!」


「こ、殺すつもりはなかったんだ!いや、なかったんです…あ、あの女が抵抗するからつい…」


「…なんだそれ?」


 なんだそれは?


 それで言い訳のつもりか?


 それじゃまるで、抵抗したミールが悪いみたいじゃないか?


「そ、そうだ!あの女が魔法なんか使いやがるから…」


 まだ言うのか…いい加減にしろよ…


「もういいよお前ら…」


 ああ…そうか、今までそんな事は無いって思ってたけど、世の中には死んで良い奴っているんだな…ブロンズは両手を頭上に掲げ特大の炎の玉を作り出す


「死んでください…」


 終わりだな…


 生身の人間がこれを受けて、生きていられる訳はないだろう。これでは一瞬で終わってしまうので、恐怖と絶望は与えられたかもしれないが、苦しませるのには充分ではないかもしれない。


 まあいい…これで目的は達成する。




 腕を振り下ろし、特大の炎の玉を放つと、それは真っ直ぐ二人組へと飛んでいって、轟音と共に爆ぜ、まるで地震でも起きたかのように大地をも揺らす。



 静寂…と共に、ブロンズはどうしようもない違和感に襲われる。



 おかしい…多少狙いが外れた所で、奴らを殺すには充分以上の威力はあるから、直撃させる必要はない。しかしその爆発は、奴らよりもかなり手前で起きたように感じた。



 何か別のものに当たったのか?いやあの時あの場所には何もなかったはず。違和感の正体を確かめるために視界を塞いでいる爆煙に向かって弱い火球を放ってみる…やはり同じ所で鈍い音がして、何かに弾かれる。


 何だ?何がある?


 魔法で風を起こし煙を払う…


 目を疑う…気配など無かったはずだ。


 まるで何も無い所から、突然湧いて出たように一人の少女が…地にしっかりと足を付け、右手を前に出し、左手でそれを支え、魔法防御用の障壁を出し、次の攻撃に備えている…



 ブロンズ・メイダリオンと二人組の間に、銀色の髪の魔法少女が立ち塞がっていた。

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