闇に堕ちる

 ブロンズ・メイダリオンが14歳。魔法学校中等部の学生だった頃、シバース教アナトミクス派によるクーデター未遂事件は起きた。


 それ以前から、シバースに対しての差別というのは存在してたように思う。


 例えば公の場での魔法使用禁止、使用者への厳罰などの法律は、その頃から存在していたし、能力者はそれだけで職に困る事もなく、生活が保障されてるようなものだったので、妬みに近い感情をぶつけられる事はそう珍しい事でもなかった。


 しかし、魔法使用禁止等は、民間人の帯剣の禁止等と同じ事だと思うし、確かに生活が保障されてるみたいなものなのだから、妬みなんか気にしなければ良いだけの事だった。



 石を投げつけられるよりも、汚い言葉を投げつけられる方が痛い事だと知った。


 友人知人、その家族…追放される者がいて、処刑される者がいて、あるいは自主的に国外へ逃亡する者もいて…地獄だと思った。


 それでも、シバースであるという事が生活を保障してくれる事には変わらなかったのだから、我慢さえしていれば良かった。


 そうしてブロンズ・メイダリオンは魔法学校卒業後、魔力発電所の職員となる。


 ちなみにこの世界のこの時代の発電方法は水力、風力、そして魔力発電。魔力発電にもいくつか種類があるのだけれど、その全てが100年以上前のエルダーヴァインによって確立された技術だというのだから、シバースが迫害される社会であっても、エルダーヴァイン家だけが特別なのは仕方が無いのだろう。



 シバースであるという事は、ただ酒を飲みたいという欲求を満たす事にも不便であって、堂々と『シバースお断り』と、看板を掲げてる酒場や酒屋も少なくなかったし、『シバースお断り』ではない店に入っても、シバース嫌いの客と揉める事も多く、そうなれば追い出されるのはシバースの方。


 そんな折ブロンズは、知人にシバースの集まる酒場がある事を聞いて訪ねてみる。


 店主はシバースという訳ではないようだ。


 シバースは職業を選べないのだからそれは当然として、なるほど店内にいる客は皆シバースである事を示す徽章を付けている。ここなら、少なくても自分がシバースである事で、トラブルになる心配はなく、安心して酒が飲めるだろう。


 その店に通うようになってしばらく経ったある日、店に徽章を付けてない若者が現れた。


 そりゃ『シバース以外お断り』という店ではないのだから、シバースじゃない者がいても不思議な事ではない。


 そうは言っても、今までシバース以外の客と出会った事が無かったので、つい警戒してしまうブロンズに『あの人は大丈夫ですよ?』と店主が声をかける。


 聞けば、この店にシバースが集まるようになったのは、その若者が揉め事がある度、シバース嫌いの酔っ払いたちを、片っ端から追い出していったからだそうで、当初は迷惑な客だと思ってたそうだが、今ではシバースが集まるようになり、繁盛店となったので良かったと思ってるそうだ。


 見たところ自分より若く、法的に酒を飲んでも良い年齢なのかも怪しい青年なのだが、何者なのだろう…




 ある日、酒場に向かおうと歩いていると、複数の男が後ろをついてくる事に気付く。


 噂に聞く『シバース狩り』だったら面倒な事になりそうだ。


『シバース狩り』にも色々ある。


 ただ暴行をくわえるだけのもの、金品を奪うのが目的のもの…そして女性ばかりを狙うもの…


 まあ最後のは無いだろうが、命を失った者もいる…どうか何事もなく済みますように…



 そんな願いも虚しく、人目につかない路地に差し掛かった所で『どうも!シバース狩りでーす!』と軽いノリで絡んできて、後は殴る蹴る。


 相手は3人。どうやら金品目当てという訳ではなく、ただ暴力を楽しんでるだけの連中のようだが、何にしたって早く終わりにしてほしい…でないと『いっそ魔法で…』ってなりそうだ。



「あなた達何してるの!」


 女性の声がして顔をあげると、そこにはシバースの徽章を附けた女性が立っていて…


「誰か!誰か来て!」


 ダメだ、そんな事をしたら君が…


「キャッやめて…離してください!」


 女性シバースに対する暴行なんてものは、男性に対するそれより酷いものになるのは想像に易い。これは看過できない。


 起き上がり女性の手を掴んでいる男に体当たりをする。


 例え魔法を使わなくても、シバースが暴力を行えば、それは魔法を使用したのと同じ罪という無茶苦茶なルール。


 けれど女性が暴行を受けるのを黙って見てるくらいなら、罰を受けた方がよっぽどマシだ。


「逃げろ!」


 そう女性に叫んだ時には、すでに他の男が女性を羽交い締めにしていた。


 3対1じゃ、どうにもならない…いや、女性が襲われるのを黙って見過ごすくらいなら、いっそ魔法で…


「おい、お前ら何やってる…」


 今度は男の声がした。見るとそこには王都守護隊の制服を着た若い男が立っている。


「あーいやいや、シバースの男に襲われましてね?」


「そうそう、僕らなーんにもしてないのに殴りかかってきたんですよ?せーとーぼーえーせーとーぼーえー」


 そうさ、王都守護隊だって自分達の味方ではない。どうせ見なかった事にでもして立ち去るに決まってる。この世界はなんてクソなんだ…自分たちは好きでシバースになった訳じゃないのに…


「おい…こ、こいつクルーア・ジョイスだぜ?」


「な!マジか!」


 どこかで聞いた事のある名前だと思って顔を見る。一瞬目を疑ったが間違いない。あの酒場の若者だ。あの青年が、鬼の形相でそこに立っていた。


「今すぐ消えれば今日は見逃してやる…だが次はない」


 三人の男が一目散に逃げていく足音が聞こえる。


 どうやら助かったようだ…それにしてもこのクルーアって男、守護隊隊員って事は分かったけれど、何故そうまでシバースに肩入れするのか、ちょっと理解できない…何か裏でもあるんじゃないか?


 そんな事を考えながらブロンズは意識を失っていった。



 気が付くと、あの酒場で寝かされていた。


 不思議な事に身体はどこも痛くない。


 聞くと先程の女性が、回復魔法をかけてくれたらしい。


 回復魔法も、魔法である以上、公の場での使用は禁止されているが、その性質上、比較的使用許可を得やすい魔法ではある。


「私、ナースなんです」


 なるほど医療に携わる者なら当然か。


 彼女の名はミール・カロライン。魔法学校内の医療系専門クラスの卒業生で現在は街の医療施設の看護師さん。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


 いや助けてもらったのは自分の方だし、あの青年が現れなかったら今頃どうなっていたか…それでも彼女はブロンズに何度も何度も頭を下げた。


 それ以降、彼女もこの店に通うようになり、やがてブロンズと意気投合し、あっという間に恋に落ちる。


 一方でブロンズは、クルーア・ジョイスの事を、いまいち信用できないでいた。


『シバースに肩入れしすぎて、、王都守護隊の中で孤立してる』とか『実は凄腕の剣士で正規軍から引き抜きの話があったのに、それを固辞した』なんて噂話の一つ一つが、全て胡散臭く思えてならなかった。




 ミールとの交際が3ヶ月経ったある日、まさか彼女の方からプロポーズを受けた。


 そんな事を女性にさせてはいけない、なんてのは古い考えなのかもしれないけれど、ミールにさせてしまった事を申し訳なく思いながら、しかし断る理由なんて一つも無かった。



 幸せだった。


 怖いくらい幸せだった。


 仲間達、皆が祝福してくれた。


 世界中が自分達を祝福してくれていると感じられた。


 自分がシバースでなかったら彼女との出会いも無い。


 生まれて初めて打算ではなく、心の底から自分がシバースで良かったと思ったんだ…









 ミールがシバース狩りの犠牲になり死んだ…


 検死を行った医者は言葉を濁すがわかってる…どうせレイプされて殺されたんだろう?


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しんで…


 苦しみぬいて死んだんだろう?



 誰がこんな事をした?


 何故こんな事をした?


 許せない…許せる訳がない…


 必ず犯人に同じ思いを…いや彼女が味わった以上の苦しみを味合わせてやる!





 同様の事件は過去に何度もあるが、犯人が捕まるケースは稀だという…


 守護隊は、早々に捜査を投げ出してしまった。




 この世界はクソだ…



 誰も頼らない、自分で犯人を見つけ出して復讐するんだ。



 …しかし、ブロンズ・メイダリオンは無力だった。







 一か月後…犯人が逮捕されたという話が飛び込んでくる。


 守護隊隊員の一人が、捜査を諦めず、たった一人で情報集めに奔走し、少ない情報から二人組の犯人を割り出し逮捕。取り調べをして、犯行を認めさせたそうだ。


 良かったと思う。正直自分の手で復讐を遂げたいという気持ちが無い訳ではないけど、この国は法治国家だ。司法が適切な判断を下してくれる事に期待しよう。





 程無く裁判が行われる。


 少ない傍聴人の中に犯人を逮捕した守護隊隊員、クルーア・ジョイスの姿を見つけ、言葉を交わす事もなく隣り合い、裁判の行方を見守る事にした。



 判決が出る。



 犯行時に被害者の魔法による抵抗にあい、加害者の一人が火傷を負った事。


 逮捕時、並びに取り調べの際に、担当した守護隊隊員に行き過ぎた行為があったのじゃないか?という疑惑。


 その他あらゆる状況を鑑みて、出された判決は『禁錮一年』





 人一人が無残に殺されて、たった一年…



 言葉が出ない…


 ただ茫然とする…



「すまない…」


 声をかけられた方を見る。


「すまない…」


 クルーア・ジョイスが泣いている。


「すまない…」


 堪え切れずに大粒の涙を流し、悔しさを全身で表現している。


「すまない…」


 いや、あなたは何も悪くないじゃないか?


「すまない…」


 諦めずに最後まで戦ってくれたじゃないか?


「すまない…」


 もういいです…謝らないでください。


 気付くとブロンズもまた大粒の涙を流していた。







 あの日以来、クルーア・ジョイスとは会っていない。


 風の噂に守護隊を辞めたと聞いた。


 思えば、あの人はずっと自分たちの味方だったんだ。


 なのに胡散臭いとか思って…こんな事ならもっとあの酒場で話をしておくんだったな…


 後悔が一つできてしまった。




 ミールを殺した犯人はその後、家族やら友人知人らが、減刑を求める署名を集めたとかで、刑期が短縮され2ヶ月早く出所してきた。


 ひどい話だが、それをブロンズ・メイダリオンは『ありがたい事』だと思っていた…



 思ってたよりも早く、復讐ができるのだから。





 ブロンズ・メイダリオンの目の前を、ミールを殺した二人組が並んで歩いていた。

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