クルーア・ジョイスの事情4
リック・パーソン
王都エリックリンドの南方、およそ60㎞にある田舎町カナサの出身。
祖父母両親兄妹5人という、所謂大家族貧乏の長男である彼は、中等学校を卒業後、進学せずに守護隊に入隊。
養成所では極めて優秀な成績で、通常半年から一年の養成期間の所を、僅か三カ月で王都守護隊に配属される。
現在15歳…
「いや…若いなとは思ってたけどまだ15歳か…ピチピチだな」
「もうすぐ16です…」
フェリア先生にほっぺをツンツンされるパーソンくん…羨ましい
宥め賺すのに四苦八苦しましたけれど、ようやくパーソンくん泣き止んでくれて、ほっと一息。
この間にクルーア君、しれっと『トリアエズイツモノ』に手を付けてますけど、もうフェリア先生もとやかく言わない。
そして遅れて合流してきたワルドナさんはというと、なんだか妙にそわそわした感じで、様子がおかしい…
「と、ところでクルーア?えーと、こちらの女性の方は?」
成程、フェリア先生とは初対面というのは分かりましたけど、それにしても顔は赤面してるし、声は上ずってるし
「あ、こちらはクルーアさんの身元引受をしてくださった、フェリアさんです…」
泣き疲れて、かすれた声のパーソンくんの説明も、聞いてるんだかいないんだかわからない感じで
「お、おーそうでしたか?じ、自分はクルーアの元上司でヤン・ワルドナと申しまして…」
ははーん、これは恋ですね?所謂一目惚れってヤツですか?
ワルドナさん、仕事一筋の無骨者って感じで、女性慣れしてなさそうですし、そりゃフェリア先生、見た目だけなら癒し系超絶美人でございますから、ときめいてしまうのも分かるってもんです。
でも大丈夫ですか?だってこの人
「フェリア・エルダーヴァインです。よろしく」
家名を聞いたら誰もがドン引きするくらい超が付く名家のご令嬢様でございますから
「エ、エル…は?え?ええええ!」
ワルドナさんの恋、脆く儚く散りました残念。ワルドナさんはそのまま放心状態。
それよりもパーソンくんがさっきまでの事が気になる様子。まあそりゃそうだ。
他の席の客の目を、気にするようにチラチラと窺いながら
「あの…自分はどこで間違ったんでしょうか?」
恥を忍んで、クルーア君に尋ねたのに
「俺は『リスクって何?』って聞いただけだよ?お前が間違ってるなんて一言も言ってない」
なんて、すっとぼけた答えが返ってくるもんだから、口を尖らせて抗議する…かわいい。
「なあ、リック・パーソン?お前は守護隊が守護するものってなんだと思う?」
そういえば、いきなり呼び捨て&お前呼ばわりになったのが気にならなくもないのだけれど、もうあれだけ恥ずかしい所を見られたのだから、仕方がないと諦めて
「街の治安…市民の安全ですかね?」
さっきまでのやり取りがあるので、どうしても自信なさげに答えてしまい
「うん、まあそうだよね…」
言われてホッとしてしまう…そんな自分に気付いて面白くないって所に
「じゃあさ、治安って何だろうね?」
なんだその設問?って質問されて、ますます面白くない。どう答えたら正解なのか、ちょっと考えたけど思い浮かばず、変な答えを言うくらいなら…
「…そう聞かれると、ちょっと分からないです」
バシッと、クルーア君が納得いくような答えを言いたかったので、そう答えるのが悔しいっていうのが顔に出てるというのが自分でも分かる。それがバレないように顔を背けようとしてる所に
「うん俺もわかんない」
両手を頭の後ろで組んで、背もたれに寄り掛かりながら、薄笑いして、またとぼけたこと言いやがるから『コノヤロー』って内心思うし、顔にも出るけど
「何が治安ってさ…俺らが決める事でも、決めていい事でもなくて、それを決めるのは、あくまでも法律なんだよね?」
急に、なんだか神妙な面持ちになりやがって語りだすから、黙って聞くしかない。
「そういう意味では、守護隊が守護してるものって、人でも街でもなくて法律なんじゃないかなって思うのね?それがどんなにクソみたいな法律であっても、従わない訳にはいかない。どうしても従いたくなければ守護隊辞めるか、政治屋にでもなって法律変えるかしかないんだよな…」
「だから守護隊をやめたのか?」
「それだけじゃないけどね?」
聞きづらい事をサラッと聞くフェリア先生と、サラッと答えるクルーア君
「しかし、君もずいぶん説教臭くなったもんだね?」
「4年もあれば、そりゃ色々ありますからね?」
そんな二人の自然なやり取りを見て、所在なさげにしてるパーソンくんに気付いて
「ま、何がリスクかなんて、個人が…ましてや王都守護隊の隊員さんが、勝手に判断して良いこっちゃないよって事さ。納得いかないならいかないで、それでいいと思うけどね?」
思い出したように…そして何となく投げやりな感じに話を締める。
上手く言い包められた気しかせず、微妙に納得がいかないけれど、この話はこれでお終いっていうのを感じ取ってそれ以上は何も聞かない。パーソンくんは空気の読める男の子。
語りながらクルーア君は昔の事を、とても嫌な…できる事なら思い出したくない…意識して思い出さないようにしてた事を思い出し鬱々としてた。
本当に久しぶりに味わう、その鬱々とした感情は、やがて妙な胸騒ぎに変化する。
おそらく考え過ぎだろう。そもそも『あいつらが出てくるまでには、まだ時間がある』はずだ。
とは思っても、しかし今日に限ってたまたまこんな会話をしているという事が、もう何かのフラグとしか思えない。
「ところで、なんでクルーアみたいなのがエルダーヴァイン家のご令嬢と知り合いなんだ?」
そんな所へ、唐突に放心状態から帰ってきて、無粋な質問を投げかけるワルドナさんは、空気の読めない三十路のオッサン。しかしそれは鬱々としていたクルーア君にとっては割と救いで
「いや…ただの幼馴染ですけど?…」
「いや、そもそもその幼馴染というのが納得いかんのだが…」
うん、そうだよね?普通に考えたら、一般人が名家のお嬢様と幼馴染って、そんなラノベでもあるまいしって話です。
「親同士が学生時代からの友人でしてね…」
今度はフェリア先生がにこやかに答えますが、『親同士が学生時代からの友人』って言われましても、名家のご子息様とご学友という事になりますと、その息子であるクルーア君はいったい何者ですか?という話になると思いますが…
「ああ、なるほど…そういう事か…」
「いや、今ので納得いくんですか?」
なぜか納得のワルドナさんに、思わずツッコミを入れてしまうパーソンくん。
それまで我関せずみたいな顔してましたけど、実は今の話に興味津々だったんだね?じゃあ君の興味に答えてあげようと
「俺が生まれる前の事だから、聞いた話でしかないんだけどさ」
前置きをして、クルーア君語り始める
「俺の父親はもともと軍人一家の次男坊で、その家に生まれた男子は例外なく軍人になる…っていうのが嫌で、高等士官学校を勝手に退学し、勝手に守護隊に入隊し、程なく家から勘当され、当時交際してた孤児院勤めの女性と結婚し、そちらの籍に入り、俺が生まれて10年経った10年前のクーデター未遂の時に、王都守護隊隊員として殉職しました…っと。ま、フェリアの親父さんとは高等士官学校時代の同輩って訳だ」
クルーア君の父親が故人と知って、パーソンくん気まずくなる…空気を読みすぎるというのも考え物。
「クーデター未遂の時に、国王陛下を庇って殉職した守護隊隊員がいるのは知ってるよな?…それがクルーアの親父さんだ」
クーデター未遂事件の犠牲者は438人。内、守護隊隊員の殉職者23人。
その中でも、当時まだ王太子だった現在の国王陛下を庇い、殉職した隊員の話は、英雄的扱いを受けてる事もあり有名で、当然知ってはいた。けれど、そのご子息が目の前にいるという事の、何とも不思議な感覚と『そういえば名前を知らなかったな』という事の申し訳なさとで、ますます気まずくなるパーソンくんは帰りたい。
「あーはいはい、この話は終わり!そもそも今日はこんな話をするために、ここに来たんじゃないでしょうよ」
湿った話で湿った空気を入れ替えましょうとクルーア君、ようやく話を本題に。
そもそも、今日はワルドナさんが大事な話があるという事でここに来た訳で
「あーそうだったそうだった…」
呼び出した本人が忘れていたのは、これは解せん。
「悪い話と悪い話があるんだがどっちから聞く?」
いや、どっちも悪い話ならどっちでもいいんですけど、その前に
「僕は席を外した方が良いのかな?」
そもそもこの場に呼ばれていないフェリア先生気を遣う。しかし話は魔法少女の件なので、ここは先生にも聞いてもらいましょうという事になり
「実はな、一週間後に件の魔法少女の一斉捜査が行われる事が正式に決定した。俺たちも捜査に加わる事になってる」
天を仰ぐクルーア君。いつまでも依頼主の捜査への圧力が続く訳もなく、もたもたしてれば、そりゃいつかこうなる事はわかっていたが、いざタイムリミットが設定されましたとなると、さてどうしたもんか…
「それでお前の依頼主からの伝言を預かって来たんだけど…」
渡されたメモを広げる。
『今回の依頼、降りてもらって構いません。その場合でも依頼料は支払います。しかしもし最後まで続けてもらえるのならば彼女の事をお願いします』
成功報酬のはずの依頼料が、成功してなくても支払われる事になってるのに、心揺れなくもないのだけれど
「どうするんだ?」
なんて聞かれたら
「降りないですよ?」
こう答える。
「依頼は確か『魔法少女の保護及び魔法少女活動をやめさせる』でしたよね?俺はこの保護っていうのを『護れ』って事だと解釈してるんですよ」
最初から降りる気なんてない。
ここまできて降りられるはずもない。
ひょっとして依頼主も、それがわかっててこんな伝言寄こしたんじゃないか?とも思うのだけれど、まあそれはいい。
「フェリア、遊んでる時間は無くなった…ユーリカ・マディンと話をさせてくれないか?」
「僕は遊んでたつもりはないんだけど、仕方ないね?わかった、彼女と話できるよう、僕の方でセッティングしよう」
交渉成立。
「君だけじゃ不安だから僕も立ち会わせてもらうよ?」
それは割と願ったり叶ったりなので、断る理由もない。むしろこちらからお願いしたいくらいの事だ。
これで準備は良し、あと気になるのは…
「で、ワルドナさん?もう一つの悪い話って何ですか?」
「あー…それなんだが…」
複雑な表情をしながら、ワルドナさんが話すのを躊躇うから
「実は俺も今日知ったんだけどな…」
妙な胸騒ぎが、またぶり返してきて
「例のお前が逮捕した二人組な…先週刑期を終えて出所したらしいんだ」
その胸騒ぎが現実のものとなった。
聞いてない。
そもそも刑期を終えるまで、まだ2カ月はあったはずだ。なぜ今?ブロンズ…そうだブロンズはこの事を知っているのか?
一年前のあの日の事がフラッシュバックする。
法廷で一緒に判決を聞いた友人の、悔しさで涙を浮かべたあの顔。
あの日以来一度も会っていない。
あいつがこの事を知ったらどうする?
どう行動をする?
早まった事しないよな?
大丈夫だよな?
俺はどうだ?
俺は大丈夫か?
俺は早まった事しないのか?
苦しい…
息ができない…
どうする…
どうする…
突然豹変してしまったクルーアに、三人が慌て始めた時、酒場の扉が勢いよく開いて
「ジョイスさんいるか!」
男が大声を出しながら入ってくる。
店内にいるすべての人間がその男を注視する中、男はクルーアの姿を見つけ
「ブロンズが…ブロンズが!」
うわ言のように叫ぶ。
何が起こってるのかはわからない。
しかし最悪な事が起こってる…それだけは間違いなかった。
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