クルーア・ジョイスの事情3

「貴方はバカですか?」


 たまたま管轄区域外に応援で出動してたら、その区域で不審者騒動があり、駆け付けてみれば見た事ある人物が『いや、俺は決して怪しい物じゃなくて…』等と、見苦しい言い訳の真っ最中だったので、知人だろうが知った事か!と問答無用でしょっ引いたリック・パーソンくん憤る。


「君?パーソン君だったかな?そこは疑問型である必要はない。ハッキリ言っていいよ。僕が許す」


 仕事を終えて、さあ帰ろうかって時になって、王都守護隊の屯所からいきなり呼び出され、まさか生徒が何か問題でも起こしたのか?と思って慌てて駆け付けたら、魔法学校女子寄宿舎付近をうろついてた不逞の輩が、事もあろうに自分を身元引受人として指名してるとかで、何処のどいつだふざけるな!と思ったらよりによって…まあ、よりにもよってな奴だったので、もう放って帰ろうと思いもしたけれど、なんだかんだ身元を引受けちゃうあたり、お人好しだなフェリア先生。


 しかし憤ってます。


「では遠慮なく…バカ!」


「お前ってホントバカだな」


「面目次第もございません…」


 で、こちら魔法学校女子寄宿舎周辺をうろついてた不審者で、不逞の輩のクルーア・ジョイス君。平謝り。



 ここは、クルーア君の事務所兼自宅近くにある、行きつけの酒場。


 こんな状況ですから、当然今日はクルーア君がお金を出す訳ですけど、目の前に出された『トリアエズイツモノ』は口にする事は許されず、すでにボトルキープした『泡の出る方の葡萄酒(この店で一番高い奴)』グラス二杯目を飲み終えようとしてるフェリア先生に


「こんな形で食事を奢ってもらうつもりではなかったんだが?」


 嫌味たっぷり言われます。


 それはそれは多大なる迷惑をかけてしまいましたから、今日は一切頭が上がりません。


 あ、それは今日に限った事ではないかもですけど。ちなみにパーソンくんは未成年ですので葡萄ジュース。


「そもそも、何で寄宿舎なんかに忍び込んだりしたんだ?」


「いや、忍び込んではいないから!」


 ギロ…


 あーダメだクルーア君、今は些細な事でも口答えなんかしたら、フェリア先生に目力だけで殺されてしまうぞ。


「いや…あの…あそこで張ってれば魔法少女が飛んでく所とか…抑えられるかな?…とですね…」


 ギロ…


 あー正直に答えてもダメだった。今日は何を言っても死の視線で魂を抉られてしまいます。仕方ない諦めるんだクルーア君。


「短絡的だね…そもそも何故見付からずに済むと思ったんだ?君は昔から隠れたりするのが得意では無かったろう?」


「いや…これでも王都守護隊でそれなりに訓練は受けてたので…いけるかな~…とですね?」


 ギロ…


 だからやめなさいってクルーア君。だんだん横にいるパーソン君が、死の視線に怯え出してきてるから。


「だいたい、君は僕があれだけヒントをあげたのに、この二週間何をやっていたんだ?遊んでいた訳でもないだろうに…」


「えーとですね?魔法少女と直接接触を試みようと思いまして、活動範囲とか活動時間なんかを調べれば、次にどこに出没するか予想できるんじゃないかな~?と考えまして…それで目撃情報はないかと聞き込みをしてですね?でも、特に情報を得る事もできなかったんで、もう面倒臭くなr…」


 バァン!と話を最後まで聞かずに、割れるんじゃないかって勢いでグラスをテーブルに叩きつけるフェリア先生ですけど、これ別に怒ってるのではなくて『注げ』って事なのでクルーア君、黙って泡の出る方の葡萄酒(この店で一番高い奴)をグラスに注ぎます…


「ユーリカ・マディンの事なら他に調べる事があるだろう?」


「へ?何を?」


 なんて命知らずな返答をするもんだから、フェリア先生、三杯目の泡の出る方の葡萄酒(この店で一番高い奴)を一気飲みして、バァン!と再びグラスを叩きつけるので、クルーア君、黙って4杯目をグラスに注ぎます…著者は隣でビクついているパーソン君の方が心配です。


「言ったはずだよ?魔法学校に出自の不明な者の入り込む余地はないって。彼女が『あの子』だとしたら、どこかに本物のユーリカ・マディンという人物がいるはずだろ?」


 だいぶ鈍いクルーア君でも、そこまで聞けば言わんとしてる事はわかるという物で、本物のユーリカ・マディンを見つける事ができれば、少なくても現在魔法学校に在籍している方のユーリカ・マディンを、疑うだけの根拠にはなる訳ですけど


「いや、そう言われてもですね…何をどうやって調べればいいのか…」


 さっぱりわからないなんて言い出すから、今まで黙って話を聞いてたパーソンくんが、呆れて深いため息をつき


「話の流れが全て把握できてる訳ではありませんけど、そのユーリカさんという方はシバースなのですよね?」


 と話し始めたのでフェリア先生、後は任せたとばかりに4杯目の泡の出る方の葡萄酒(この店で一番高い奴)にゆっくり口をつける。


「シバースなら、国に情報登録する事が義務付けられてますし、危険分子であるシバースの情報は公共性が高いので、法務局に行けば誰でも閲覧が可能ですよ…」


 元王都守護隊なのに、そんな事も知らないんですか…と渾身の嫌味を言おうとする前に、店内の雰囲気が一瞬にして変わった事にパーソンくん気付く。


 なんというか、他の席の客達から一斉に敵意を向けられてるような…いや、明らかに敵意を向けられてるのが分かって、何かまずい事でも言ったのか考えようとした時


「危険分子ね…」


 フェリア先生がぼそりと言うので、ようやく自分がシバースの前でシバースを危険分子と言ったことに気付き、しかしそれだけでは店全体の自分への敵意が説明つかないと、周囲を見渡してハッとする。


 シバースは自分がシバースであることを示す、大き目の徽章を付ける事が義務付けられている。


 全員という訳ではないが、店内にいる多くの客がその徽章をしていて、ここはそういう人達が集まる店なんだ、と今更気付くも、自分は間違った事は言ってないと


「過去にあれだけの事件を起こしてるんですから、シバースが危険分子であるのは間違いないと思いますが」


 突っ張るパーソンくん。


「過去の事件というのが、10年前のクーデター未遂を指しているのなら、あれは『アナトミクス派のシバース教徒』の犯行だよ?全てのシバースが危険であるかのように言うのは、違うと思うけどね?」


 フェリア先生優しく諭すも


「それはそうかもしれませんが、しかしシバースの力は脅威です。自分達のように力を持たない者達にとっては、これ以上ないリスクですよ!」


 火に油を注ぐような事を言ってしまって、さあ大変。


 こう頑なになってしまうと、何を言っても無駄だろうな…と思うフェリア先生ですけど、周囲のパーソンくんに対する敵意が、さらに強くなって一触即発の様相。


 さあこの状況を、どう収めようかと思考を巡らせていると


「ねえパーソン君、リスクって何?」


 しばらく黙って聞いていたクルーア君が、堪え切れなくなって口を挟む。


「王都エリックリンドの一年間の犯罪総数は70,421件。そのうちシバースによる犯罪は312件。数だけ見ても、200倍以上シバース以外の人間による犯罪が多い。さらにエリックリンドの人口はおよそ210万人、そのうちシバースの人口は10万人弱。シバースによる犯罪は300人に一人の割合なのに対して、それ以外は30人に一人。殺人などの凶悪犯罪は362件、内シバースによる犯行は2件、殺人に至っては0。因みにこれらは公共性の高い情報だから、法務局に行けば誰でも調べることが可能です。」


 一拍置いて


「で、リスクって何?」


 いつもと変わらない口調、変わらない表情で淡々と語る語り口に、これは面倒な奴だなと感じたフェリア先生、我れ関せずとばかりにグラスに口をつけているが、パーソンくんは捕まって逃げる事ができない。


 そのくせ


「それはシバースへの取り締まりが厳しくなった事で、抑止力になったかr…」


 なんて、つまらない抵抗をしてしまうから


「これは11年前、つまりシバース教アナトミクス派によるクーデター未遂が起こる前。今ほどシバースに対する法律が厳しくなかった頃のデータだよ?」


 墓穴を掘る


「クーデター未遂後は法改正があり、シバース教はアナトミクス派グリュフィス派共に解体。多くのシバース教徒、シバース人が市外、または国外への追放となって、人口は半分になったにも拘らず取り締まりが強化された事により、シバースの逮捕者数だけは増加してる。犯罪件数ではなくて逮捕者数な?」


 徐々に早口になってきてるような気がするのは、パーソンくんが早くこの状況から逃げ出したいと思ってるからかもしれない。


「しかしパーソンくん、君は知っているかい?増加してるのは逮捕者数だけではなくて、殺人や傷害事件のシバースの被害者が、ここ数年で激増してる」


 しかしクルーア君、逃がさないとばかりにジッとパーソンくんを見つめる。


「しかもその殺人や傷害事件、相手がシバースであるというだけで大した捜査もされず、裁判で正当防衛が認められ、全ての事件で無罪や減刑判決になっていて、それをいい事に『シバース狩り』と称して、シバースに暴行を加えて遊ぶ愉快犯も次から次へと現れる始末。シバースは魔法を使わなくても抵抗しただけで重罪扱い。そりゃ愉快犯はやりたい放題だ。」


 返す言葉はない…目を逸らそらして、視線を合わせないようにするのが精一杯。


「君はシバースはリスクだと言ったが、まあ今みたいな状況が続けば、いつ彼らが耐え切れなくなって暴走するかもわからない…ああ、そういう意味では確かに、君が言う通りリスクかもしれないよ?でもね、今シバース達は、いつ自分がシバース狩りの犠牲になるかもしれないと、毎日毎日毎日毎日怯えて暮らしてるんだ」


 これはもう逃げられないと覚悟して、パーソンくん、真正面から受け止める事にし、逸らした目線をクルーア君へと戻す。


「で、リック・パーソン君?リスクって何?」


 沈黙…


「う…う…」


 あ、あれパーソンくんどうした?


「うぅ…うぅ…」


「え?あれ?パーソンくん?」


 様子の変わったパーソンくん。顔が紅潮し目に涙を溜め…


「うわあ!」


 な、泣いた!


 それまで若干クールぶってたパーソンくんが、人目もはばからずにワンワン泣き出す…かわいい。


 あ、いやそうじゃなくてですね、それはもう予想外の展開な訳でして


「クルーア!君はやり過ぎなんだ!」


 とフェリア先生、散々死の視線で脅かしてた事はそっちのけで、全ての責任をクルーア君に押し付ける。クルーア君はというと


「えー?いや…えー!ごめ…えー?」


 とアタフタするばかりで、いや実際あなたちょっと追い詰めすぎたでしょ?と思わなくもないですけど、そんな様子を見てた他の客から、パーソンくんへの敵意が消えて、店内にほのぼのした空気が流れた所で


「おい、何うちの若いのイジメてんだよ?」


 当初から、所用で遅れてくる予定だったワルドナさん…ようやく合流を果たすのでした。

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