クルーア・ジョイスの事情2
国立南エヴァレッティア魔法学校…
ありがちですか?
ありきたりですか?
安直ですか?
いや、でもしょうがないんですよ。
この王国にも、そういったものがいくつかありまして、王都エリックリンドにあるこの学校もその一つ。
でもこの魔法学校、某世界的ファンタジーに出てくるような学校とは趣が違います。
シバースの力を持った少年少女は、本人の意思に関係なく、各地にある魔法学校に、強制的に入学させられる事になっていて、シバースの間では『強制収容所』なんて揶揄もされる所なのです。
シバースは一つ所に集めておいて管理・監視する。魔法学校はそのための施設でもあり、シバースの現状置かれてる立場を、如実に示するものでもあります。
何はともあれ、今日のお話はここが舞台です。
それではクルーア君どうぞ。
「いや、どうぞと言われてもどうしたもんかな…」
魔法の存在する世界の学校とはとても思えない、まるで現実世界の日本という国にある、一般的な学校の職員室的な大部屋の隅にある簡易応接室的な…ああいう所なんて言ったらいいの?
まあそういう場所に通されて、無造作に出されたお茶をジッと見つめながら、クルーア君何やら困ってる様子。
「お茶なんか遠慮なく飲んだらいいさ。それとも、僕が淹れたお茶は飲めないっていうのかい?」
僕っ子であられます。
漫画やアニメの世界では良くいるけれど、現実世界にいたらドン引きされると噂の僕っ子が、しかし現実世界ではほぼあり得ない、金髪スレンダー巨乳美人という設定で、今クルーア君の目の前にいるのであります。
それはクルーア君にとって、とても懐かしく、大切な思い出の中にいる人物であるのと同時に、申し訳ない、いつか会って謝りたいという気持ちと、でもできる事なら会わずに済ませたいという気持ちと…要するに自分の気持ちに全く整理がついていないまま、ダラダラと放置し続けていた相手。
そんなお方と、心の準備も全く無いまま、思わぬ再会なんかした日には
「いや、そうじゃなくてだな…なんでお前がここにいるんだよ?」
こんな事しか口走る事ができない…ああ情けない。
そんなクルーア君の事を、この僕っ子さんはどう思ってるのか…無表情と抑揚のない語り口ではわからな…あ、いやこれ怒ってるのか?
「人手不足だそうでね?3年半ほど前からここで講師をやってるんだ。しかしね?疑わしきは罰する方式で、シバースを片っ端からを極刑やら追放やらと排除していったのだから、そりゃあ人手不足にもなるさ。ここの生徒だって、まだ強制入学では無かった僕が子供の頃の半分しか生徒がいないんだよ?自分達が望んでそんな状況を作ったくせに、それを今更人手不足だから協力しろはないだろう…そう思わないか?クルーア・ジョイス君」
「はい、ごもっともです…」
やはり、無表情と抑揚のない語り口でまくし立てる僕っ子先生。余計な事でも言おうものなら面倒な事になるのは間違いないから、適当に相槌を打つ事にするクルーア君。
「だいたい、デブハゲ首相の政府がこれだけ明白に暴走を続けているのに、それを止められるはずの王室と国王陛下は、いったい何をやってるのか?政治に介入するのに慎重なのは分かる。分かるが、過ぎたるは及ばざるが如しだ。それは無能というんだよ。そうだろうクルーア・ジョイス?」
「あ、あの…それ以上は…フェリア先生」
無表情で抑揚のない語り口ながらヒートアップして、政府批判どころか国王陛下に対し、明らかに不敬な事を言い始めた僕っ子フェリア先生を、年配の先生が慌てて止めに入りますけれど、フェリア先生と呼ばれた僕っ子先生が、無言でジッと睨み返すものだから、年配先生何事もなかったかのようにして逃げ出します。
「お前さ、いくらエルダーヴァイン家の人間だからって、ほどがあるぞ?」
「君にお前呼ばわりされたくないのだが?」
「で、ですよねー…」
クルーア君、フェリア先生の傍若無人ぶりを見かねて頑張った。本当に頑張った。努力はした。でも力が及ばなかった…相手が悪すぎたのです。
エルダーヴァイン家は、代々パナス王家に遣える鍛冶職人の一族であり、同時にこの国のあらゆるインフラ事業を引き受ける大企業の経営者一族であり、影の王家など揶揄される程度には、強い影響力を持った一族なのです。
が、クルーア君がフェリア先生に頭が上がらないのは、家柄とか関係なく、ただただ後ろめたい事があるから。
ともかくフェリア・エルダーヴァインが僕っ子先生のフルネームですので以後よろしく。
「そもそもだが、君は僕が何故ここにいるのか聞いたけれど、聞きたいのはむしろ僕の方だ。確か捜査協力の要請があったのは、守護隊からだと思ったのだが?」
先日ワルドナさんにお願いしてたのが、魔法学校へ協力要請をしてほしいという事で
「俺が個人で要請しても、どうせ応じてくれなかったろ?」
というのが、お願いした理由。
「まあそうだろうな。君のような、どこの馬の骨ともわからない輩から捜査協力を要請された所で、我が校が応じる訳がない。」
辛辣であるけれど、実際王都守護隊からの要請だったからこそ、今こうして話を聞いてもらえてる訳で、クルーア君返す言葉を持ち合わせてない。
「で、話は件の魔法少女の事だったと思うが?」
ようやく話が本題に入ったところで、クルーア君の背筋が伸びる。
「ああ、単刀直入に聞くけど、この魔法学校に空を飛べるシバースは何人くらいいるんだ?」
「…あのねクルーア。飛行魔法というのは普通の魔法じゃ無いんだよ?世界中を探しても、使えるシバースは…おそらくその魔法少女だけなんじゃないかな?」
クルーア君の質問に、若干呆れ気味のフェリア先生。深いため息をついてから、常識だろと言わんばかりに仰いますけど『知らんがな』と喉元まで出かかった言葉を、ギリギリで抑えるクルーア君。
「10年前のクーデター事件の日に、空を飛ぶ4、5歳くらいの少女の目撃情報が多数有ったにも関わらず、何かの見間違いか幻という事で決着して、今では都市伝説扱いになってるのもそれが理由だよ。もっとも今回魔法少女が現れた事で、その都市伝説が俄然信憑性を帯びてしまったね?」
「ああ、なるほど…」
もともと空飛ぶ能力を持つシバースがそんなにいるとも思ってなかったが、説明されて納得。
今では多くの人が忘れてる事だろう10年前の空飛ぶ少女の都市伝説は、けれどクルーア君にとっては、決して都市伝説なんかじゃない。幻なんかじゃない。
そして最初に魔法少女の噂を聞いた時、この依頼が自分に来た事、依頼主の心当たりも含めて漠然と思ってた事が確信になった。
都市伝説の空飛ぶ少女と魔法少女はおそらく…いやほぼ間違いなく同一人物である。
「じゃあ質問を変える…この魔法学校に『あの子』はいるか?」
普通なら『あの子』だけ言われたって『誰だよ』ってなるものだと思うのですけど、二人の間には何やら共通認識があるらしく、フェリア先生、ため息をついてゆっくり席を立ち
「クルーア…ちょっと場所を変えて話そうか?」
『あの子』の話は、国王陛下に対する不敬発言よりも聞かれてはいけない話らしく、そうして二人は職員室的な大部屋を後にするのです。
渡り廊下に出て、心地良い風が吹いてくれば、先程までの部屋とは違い、解放的な気持ちにもなるってもんで
「都市伝説ね~…」
そう言いながら、思いっきり伸びをするクルーア君は、渡り廊下から見える景色へと視線を移します。
手前に王城グラン・パナスの優美な佇まい。
そのはるか遠くには聖地エヴァレッティアにそびえ立つ、全長千メートルを超えると言われるエヴァレットの塔のシルエット。
二人はそこで立ち止まり、壮観な風景を眺めながら、話しの続きを始めるのです。
「『あの子』の事を都市伝説で片付けられちゃうのは複雑だな~」
「分かるが、仕方がない事だよ。」
そう…それが都市伝説などではない事は二人には共通の認識で、あの事が無かった事になっていく過程も良く知っていて、それが正しい事とは思えずに、しかし、まだ子供だった二人には何もできなくて、歯痒くて、悔しくて…
しかし、あの子がその後どうしてるのかについては、あまり知らない。
「クルーア。君は『あの子』がここにいるかと聞いたけど、普通に考えていると思うかい?」
視線を王城の方へ向けたまま、風になびく髪を抑えつつ、そう言うフェリア先生の方をチラッと横目で見るクルーア君。
数年ぶりに会った幼馴染が、あまりに奇麗になっている事に今更気づいて、ドキッとして慌てて目を逸らす…思春期か…
「あ、ああ、まあ普通に考えたら…いるわけないよな…」
まっすぐ前を向きながら、しかしどこか視点の定まってないクルーア君…いやほんと思春期じゃないんだから…を今度はフェリア先生がチラッと横目で見て軽く微笑む。
「昔ならともかく、今はシバースは徹底的に管理されてる。ここに出自の不明な者なんて、入り込む余地はないさ…嫌な話だけどね?」
シバースには自由がない。
シバースとして生まれたら強制的に魔法学校に入れられ、管理され、監視され、卒業すればそれぞれ能力に応じて職業を振り分けられる。
魔法は貴重な戦力でもあるから、有事ともなれば徴兵もある。
未来を選ぶ権利がない。
「それを嫌がってシバースである事を隠す人だっているのに『シバースは国が一生生活を保障してくれてズルい』なんて、やっかむ人間も少なくない…おかしいよな?」
こういう話になると、クルーア君にはもうどういう顔して良いかわからず、ただ黙って話を聞くだけになる。
「もっとも僕の場合、エルダーヴァインの家に生まれた時点で、シバースであるかに関わらず、未来を選ぶ自由なんて無いんだけどね?」
エルダーヴァイン家の長子として生まれれば、問答無用で家業を継がなければならない。
それは当事者には呪いのような物なのだけれど、他所から見れば『生まれながら将来が約束されていて良いですね』って事になる。
なんだって良し悪しだし、無い物ねだりをするのが人という物なのかもしれないけれど、しかしシバースであるかに関わらず、未来を選ぶ自由がないという事なら
「『あの子』は尚更だよな…」
「ああ…そうだな…」
長い沈黙…
「ともかくだ…」
意外にもフェリア先生の方が、沈黙に耐え切れず先に切り出した。
「『あの子』がここに在籍してるのなら、僕が気付かない訳がない。残念ながらここにはいないよ。」
「あんまり期待はしてなかったんだけど…いや、でもまいったな…」
正直、空飛ぶ相手とどう対峙していいかなんて分からないから、なんとか魔法少女の正体を特定し、空飛ぶ前に話を付けてしまえ、という目論見は無残に敗れ、ここまで来たのに全く手掛かり無しという結果に、天を仰ぐクルーア君。
こりゃ出たとこ勝負で行くしかないか、と諦めて話を切り上げようとした時
「あ、あの…」
突然、背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには生徒らしき少女が立っていて…立っていて…
「…ピンクだ…」
見た目で人を判断してはいけません。これ大前提です。
けれど、制服を着ているので、服装からは判断しにくいけれど、パッと見には大人しそうに見える眼鏡っ子…
オドオドとして、目を合わせようとしないタイプ…
しかしキレイなストレートの髪の、そのピンク色だけが強烈な違和感を放っている。
「あの…先生が私に用があると聞いて来たんですけど…」
「ああ、すまない。君に頼もうとしてた事があったんだが、それはもう他の生徒に頼んでしまったよ。」
白々しいにもほどがある。
さすがに長い付き合いのクルーア君
『これ絶対嘘だよな?何のための嘘だ?』
って思いながら、フェリア先生の顔を覗うと、何故かドヤ顔でこっちを見ている…なんだ?
「あ…はあ、そうですか…では、えーと…し、失礼します…」
ピンク色の生徒、そうして深くお辞儀をした、ほぼそのままの姿勢で後ろを振り返り、そそくさと来た道を戻ろうとした時、悪戯な風が吹く…
「キャッ」と小さな声を出して、慌ててスカートを抑えても、もう手遅れ…
クルーア君の両の眼には、その一瞬の光景がしっかりと焼き付いたようで…
「風が吹きスカート捲れて縞パンツ…五七五」
お見事…
「はあ?」
「あ、声に出て…い、いやなんでもないです!」
フェリア先生の、目力だけで人を殺しそうな眼差し…やめてください、本当に死んでしまいます…
そんな二人のやり取りを気付きもせず、渡り廊下を渡り切り、扉の前で再びこちらを向いてお辞儀をするピンク色の生徒に、手を上げて答えながら
「あの子はユーリカ・マディンという名前でね…」
突然、ピンク色の生徒について話し始めるから、クルーア君一瞬何事かと警戒します。
けれど、そこまで鈍感でもないので、成程あのユーリカって子、俺と合わせるためにここに呼んだのかって気付きます…それでさっきのドヤ顔か…
「僕がこの学校の講師になったのと同じ頃、彼女もこの学校に来たのだけど、あの髪の毛の色は魔法の力で変えてるらしくてね?当初は毎日違う髪型違う色だったのだけれど、最近はあの髪の色で落ち着いてるみたいだね。」
本来なら魔法の使用は禁止な訳ですけれど、髪の毛の色を変えるくらいなら『染めてるんです』って事にしてしまえば、何も言われない…意外と緩い。
それにしても
「…何の話だ?」
と思うクルーア君。
「彼女の本当の顔を見た事がある者は、おそらくこの学校に一人もいない。もし『あの子』がここにいて僕が気付かないとしたら…」
そこまで聞いて、ユーリカさんを追おうと走り出そうとしますが、しかしそれを許さないフェリア先生に、肩をガッシリ抑えられる。
「なんで、止めるんだよ?」
「僕はここの講師だからね?生徒を守る義務がある。疑うのは構わないが、彼女自身に問い詰める気なら、せめて彼女が魔法少女であるという証拠でも提示してもらわないとね?」
正論。
何より証拠もなく『あなたは魔法少女ですか?』って聞いても『違います』って言われたらそれで終わり。
彼女が『あの子』かもしれないと思ったら、冷静でいられなくなったクルーア君の失態。
「すまん…そりゃそうだよな…」
「わかってくれればそれで良いよ」
ユーリカさんと引き合わせてくれただけでも、フェリア先生の大サービスなのだろう。
今日の所はこれで打ち止め…ここまでヒントを貰えたのだから、後は自分で何とかしなくてはならないという事だ。
「今日はこれで帰るよ」
「ああ、玄関まで送ろう」
言うとフェリア先生、ユーリカさんとは逆方向に渡り廊下を歩いていくから、クルーア君は付いていくしかありません。
「今日はありがとうフ…えーと…」
「昔みたいに呼び捨てで良いよ」
「ああ…ありがとうフェリア」
「僕の方こそ、久しぶりに君と話せてよかった…」
二人の間には、幼い頃からの知り合いである以上の複雑な思いがあって
「あれだけ僕が反対したのにも拘らずに入隊した王都守護隊を、たった3年で辞めたって聞いた時には、我が家の宝剣を持ち出して、叩き切ってやろうかと思ったのだけれどな?」
「いや…冗談に聞こえないから…」
「あれ?君は、僕が冗談でこんな事を言うと思うのかい?」
心から笑いながらするたわいもない会話にも、『もう昔には戻れないんだ』という意味が含まれていて
「今度は食事でもしながらゆっくり話そう…」
「そうだな。奢ってくれよ?」
そんな社交辞令もどこか悲しいのに
「じゃあ…」
「またな…」
手を振り別れた後にクルーア君の脳裏に浮かんだものは
「…縞々パンツか…」
幼馴染との遠い日の淡い思い出より、ついさっき見たばかりの鮮烈な光景だったのです…
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