第一章 城下町の魔法少女
クルーア・ジョイスの事情
「これはまたお手柄じゃないですか!手際も鮮やかだ。やるな魔法少女!」
「おい…冗談じゃないぞ、魔法の無断使用は法律違反だ…」
先日の、立て籠もり事件の記事の載った新聞。
その内容は、魔法少女に対して批判的な物ばかり。
しかし、それをよく読めば、王都守護隊は何をしていたの?全くの役立たずだったんじゃないの?としか思えないから、面白半分に魔法少女を絶賛する青年。
それを体格の良い男性がたしなめる。
少し離れて、部屋の入口付近に立つ若い男性が、明らかに不機嫌といった顔をして、その様子をじっと見ている。
安アパートの一室を使った事務所兼住居。広さは申し分ない。
が、汚い。
表の看板には『何でも相談に乗ります。お気軽にご相談ください!』とだけ書いてあるのだけれど、いったい何を相談しろというのか…
それだけでは何の事務所かわからないし、そんな事務所にお気楽に相談しに来る人がいるとは到底思えない。
そして汚い。
おそらく、こういった事務所を開業するには、役所に届け出を出すとかそういう面倒な事が、この世界でもあるものだと思うのだけれど、これ絶対そんなもの出してないよなって思うし、思われても仕方がない状態ですし、そして足の踏み場は辛うじてあるという程度…
汚い。
「掃除くらいしろよ…」
若者よ、君の意見はもっともである。
「お前、こんなんで飯食えてるのか?」
事務所の有様を見ると『こんな汚い所で飯食えるのか?』という意味にも聞こえますけど、ここは『仕事はあるのか?』という意味でございまして、まあ当然の疑問だと思いますけど
「と、とりあえず食うのには困ってないですよ?」
そう目を逸らしながら答える、自称『何でも屋』の青年の名はクルーア・ジョイス君。
この事務所の主であり、こう見えて…と言っても、どう見えてるかわかりませんけど…元王都守護隊隊員。
そして…『ああ、こいつなんかヤバい事に手を出してるんじゃないだろうな…』って思ってるのが、ついつい顔に出ててしまった体格の良い男性は、ヤン・ワルドナさん。クルーア君の元上司。
つまり現役の守護隊隊員で、そこそこの役職に付いてます。
なのでクルーア君が、もし法に触れる事をやってるなら、例え元部下であっても逮捕しなくてはなりません。慈悲は無い。
「あ、心配しなくても法に触れるような事はしてませんからね?」
慌てて取り繕うから、かえって怪しくなる。
「あ、えーと彼は守護隊の新人さんですか?」
話を逸らすから、またさらに怪しくなる。
そんなんだから、ワルドナさんの顔は険しくなるばかりですけど、ふうっと溜息をついてそれ以上追及する事もなく
「ああ、まだ入ったばかり。期待の新人だな」
クルーア君の話に合わせてくれるあたり、大人でございます。
いや、追及して逮捕せざるを得ない状況になったら、ワルドナさんもちょっと困るという事情もあるのですけど…
「なるほど、入ったばかりならどうりで余裕が無いわけだ…」
お前が言うな、とツッコミたい気持ちを抑えながら、二人の会話が自分の事になった事に、顔を背けて抗議する新人君。
そんな事は意に介さないクルーア君、おもむろに席を立ち、辛うじて程度しかない足場を器用に潜り抜け、新人君の前に立つ無神経。
「自己紹介がまだだったよな?俺はクルーア・ジョイス、この物語の主人公だ」
いや、それはどうなんだ、頭おかしいだろ…と思う自己紹介をかましつつ、握手を求めて手を出すけれども、新人君は顔を背けたまま目を合わせず、握手にも応じず
「リック・パーソンです…」
ぶっきらぼうに名前だけ言う。
怒ってるというよりは、不貞腐れてるという感じだ。
「ワルドナさん…なんか俺、嫌われてるみたいなんですけど、彼に何かしましたっけ?」
うん、嫌われるのやだよね?嫌われる理由はいっぱいありそうだけれども
「気にするな、そいつが機嫌が悪いのは別にお前のせいだけじゃない。」
『だけじゃない』って事は、やっぱりちょっとはクルーア君のせいでもあるようです。
うん、仕方がない。
「で、そんな新聞持ってきて、今日は何の用です?」
気にしてても仕方がないので、辛うじて程度しかない足場を器用に渡って席に戻りつつ、話を本題に戻します。
「依頼なら歓迎しなくもないですけど、内容にもよりますよ?まさか魔法少女退治を手伝えってんじゃないでしょうね?」
「ちょっと違うな…うーむ、どこから話したもんか…」
口ごもるワルドナさんに、怪訝な表情のクルーア君。
何かを察して
「あれー捜査に圧力でもかかりましたかー」
棒読み。
パーソンくんの表情が一瞬厳しさを増すから、ワルドナさん誤魔化しきれない。
「…図星ですか?」
「守護隊には捜査の許可が下りない。何処から圧力かかってるのかしらないけどな。」
言外に『お前心当たりあるんじゃないか?』というのを匂わせてますけど、そこはクルーア君、愛想笑いでごまかします。
「それでここに来たっていうのは、まさか守護隊様が、代わりに俺に魔法少女捕まえろ、なんて依頼する気じゃないでしょうね?」
なんて事を、皮肉っぽく言ってしまう訳ですけれども
「いや…俺たちが依頼するって訳ではなくてだな。」
まあそうだろうな…って答えが返ってきます。想定内。
「まず先に言っておくと、依頼主が誰なのか俺は知らない。俺に話を持ってきた者も誰が依頼主なのか知らなかったらしいが、とにかく依頼主がお前を指名してるらしくて、面識のある俺がこうして依頼を伝えに来た。」
その依頼主というのが、捜査に圧力をかけたんだろうと推測。
依頼主がわからないと言っても、公的機関である守護隊に圧力をかけられる人物というのも、そうそういるものではないので、だいたい察しが付くというもの。
実はクルーア君にはこの件に関して、自分指名で依頼が来る事に、依頼主が誰なのか共々心当たりがあるのだけれど
「なんで俺を指名してるんですかね~」
とぼけてみせる。
ワルドナさんも『この野郎すっとぼけてんじゃねーぞ』と言いたい気持ちを抑えつつ、頭をかきながら
「そんなもん、こっちが知りたいっていうんだよ…」
言って後を続ける。
「それでだ、依頼内容は『魔法少女の保護、及び魔法少女活動を辞めさせる』事だそうだ。」
なんですかそれ?っていう内容の依頼に流石のクルーア君も驚いたようで
「なんですかそれ?」
そのまま返す。想定外。
「こっちのセリフだよ…」
聞こえるようにパーソンくんが悪態をつくけれども、たぶん誰も悪くない。
「要するに件の魔法少女に『これまでの事を不問にする代わりに今後の活動を辞めさせる』という交渉を、俺にやれって事ですか?」
狙いはわからないでもない。
このまま事が大きくなり、『守護隊何やってんだ、さっさと魔法少女捕まえろ』という世論が大きくなれば、依頼主様が捜査に圧力かけ続けるのも難しくなるだろう。
そうなる前に、魔法少女さんにフェードアウトという形を取って頂ければ、穏便に事が済むと…まあそういう事だろう…いやそう上手くいくか?
「ですけどね…ただでさえ空飛ぶ魔法少女と接触するってだけでも、どうしたもんかと悩む所なのに、その上説得しろって無理ってもんじゃないっすかね?」
まあそりゃそうだよなってワルドナさんも思いますから
「別に断っても良いと思うぜ?」
って言いますよ。
で、クルーア君考える。
考えるけれども、前述したように依頼主が誰なのかを察してるクルーア君。魔法少女についても思う所がありますし、「はぁー」と深いため息をついて
「いや、良いですよ?どこまでできるかわからないですけど、とりあえず依頼は受けます。」
意外とあっさり引き受けてしまいます。
「え?あ、そうか?本当にいいのか?」
予想しなかった答えだったようで、困惑するワルドナさん。
パーソンくんも驚きの表情ですけど、クルーア君はいたって冷静でありまして、最も肝心な所も決して忘れたりしないのです。
「で、結構無茶な依頼内容だと思いますけど、報酬はどうなります?」
「あ…やっぱりその話する?」
当たり前です。お金が全てではないですけれど、お金は大事!
それで報酬は言い値という事です。
それだけなら太っ腹だと思うけれども、ただし成功報酬に限る…良いのか悪いのか…
諸々の話が終わりまして、部屋を去るワルドナさんとパーソンくん。
去り際に、ワルドナさん
「何かあったら相談してくれ、できる範囲で協力はする。」
言うので、クルーア君も遠慮なんかしません。
「それじゃあ、早速で申し訳ないんですけど、一つお願いしてもいいですか?」
言った手前、できる事なら協力をしない訳にはいかないワルドナさん。
渋々といった感じで、クルーア君のお願いを引き受けて、今日は解散。
二人が部屋を出て間もなく
「自分は納得いきません!」
というパーソンくんの声が聞こえてきた事を、割と微笑ましく思いながら
「何はともあれら先ずは情報だよな…」
先行き全く見通しのつかない事案に頭を抱えつつ
「魔法少女エリエル・シバースか…」
聞き覚えのあるその名前に思いをはせるクルーア君なのでした。
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