城下町の魔法少女

あしま

プロローグ

魔法少女エリエル・シバース

 少女が一人、城下の空をゆったりと飛んでいる。


 人が空を飛ぶという事は、ここが魔法の存在する世界とは言っても、あらゆる意味であり得ない。


 だからという訳では無いのだろうけど、人々の行き交う都会の空を、闇に紛れるでもなく飛んでるのに、誰も気付く事はない。


 その状況が不自然な事を、当の本人もまた気付かない。



 パナス王国王都エリックリンドは、今日も平和である。


 平均的な城下町の治安というのがどれ位のものかは分からないけれど、ここはかなり良い方であるらしい。


 良い治安を作り出すには、それはそれは途方もない時間と、努力と、お金がつぎ込まれたはず。


 しかし、どれだけ途方もない時間と努力とお金をつぎ込み、良い治安を手に入れ、平和な街と称されようとも限界はある訳で、今日も何処かしらで事件は起きてるのです。


 まあ、そりゃそうだ。


 まあ、そりゃそうだって言っても、人が人生の中で事件に出会す。ましてや巻き込まれるなんて事は、そうそう有るものではない…はずですよね?


 いくら、自ら巻き込まれに行ってるといっても…ね?



 その少女は、日々何処かで事件が起きてないかしらと探し回り、すでに何度かそういった場面に居合わせ、曲がりなりにも事件解決に貢献している…という事でありまして、今日もいつものように、お空の上から街の様子を探っているのです。



 とはいえ、事件に出会す日よりも出会さない日の方が圧倒的に多い。


「今日は外れかな?」


 やや不謹慎な事を独り言ち、帰路につこうかと考え始めた所で、不自然な人だかりを見付けてしまう。




 色めく心を抑えつつ、現場からは少し離れた場所に降りてこっそり人だかりに近付いてく。


「すみません、何があったのですか?」


 取り敢えず、いかにも人のよさそうな女性に聞いてみると


「なんかよくわからないけど、男の人が女の人を人質にして立て籠ってるんだってさ」


 返ってくるのは如何にも伝聞といった答えで要領を得ない。


「ありがとうございます」


 礼を言って一歩下がり、ピョンピョン跳ねるようにして、人だかりの先を見てみる。


 ここからだとよく見えないけれど、上空から遠目に見た時に、建物を取り囲む治安警察『王都守護隊』が確認できた。


 その建物に男が立て籠っているという事だろう。


 それだけ確認すると、そそくさとその場を離れ、人目のつかない路地裏に隠れる。


 辺りに人がいない事を確認し、小声で


「へんしん…」


 なんて、かわいく言ってポーズを決め…なんか…エフェクトっていうんですか?


 キラッキラーってなって


 クルクルーって回って


 ピカーって光って


 シルエットのみで、裸になってる感じを出し


 みるみるうちに衣装が変わっていくー…


 なんて事は無い。


 地味に…


 ただただ、地味に。


 普通に持っていたカバンから、普通に衣装を取り出して、ただただ普通に着替え始める。


 空飛ぶ魔法少女って言っても、できる事とできない事があるのですよ…


 ただこの少女、魔法を使っての衣装チェンジのような派手な事は出来なくても、自分の髪の毛は自在に変えられるようでして、先程までピンクだった髪の色がいつの間にか銀色に変わってる…髪のボリュームまで微妙に変化してるようだ。


「これでヨシッ…と」


 言いながら、クルっとその場で一回転した所で、ジッと見つめる子供の存在に気付いて凍りつく。


 刹那、まるで瞬間移動するかのように子供に近付き、肩を掴み


「君…何処から見てました?」


 ヒロインがしてはいけない表情で見下ろせば


「え…あの…しましまパン…」


 子供は、そりゃあしどろもどろになる訳で


「君は何も見なかった!…いいね?」


 これまた、ヒロインが発してはいけない、ドスの効いた声で追い討ちかければ、完全に怯えきる。


 目に涙を浮かべてしまい、肩と声を震わせながら


「う…うん…何も見てません!」


 叫んで逃げて行く…


「ふう…危なかった~」


 手で額の汗を拭うような仕草で言ってますけど、子供の好感度が確実に、それもこれ以上ないというくらいに下がりましたよ?


 良いのか魔法少女?


 まあ、今更取り返しのつく事でもないので本来の目的へ。


 ん?本来の目的何だったっけ?


 あーそうだ立て籠りだ、立て籠り。


 当の少女自身が、目的を見失いかけていたようだけれど、辛うじて思い出してくれたみたいで良かった良かった。


 という事で、着替えた衣服の入ったカバンはそこらの民家の屋根に隠し、犯人の立て籠る建物へと、飛び立つのでした。








「君は完全に包囲されている!武器を捨てて大人しく投降しなさい!!」


 そんな事を言った所で、大人しく投降する人がいるのか大変疑わしい台詞での説得を繰り返す王都守護隊。


 対して、立て籠り犯は、時折窓から顔を出し


「うるさい!」


「だまれ!」


「この女を殺して俺も死ぬ!」


 等々の罵声で返す。


 痴情のもつれか、ストーカーの暴走か…そんな所だろうけど、どうせ死ぬなら一人で死ねや、人巻き込むんじゃねえよ下衆野郎…と思わなくもない。


 個人の感想です。



 五階建て集合住宅。


 犯人の立て籠る五階の一室は、特に死角という事もない。


 遠距離から狙撃でもできれば、すぐにでも解決しそうなものだけれど、如何せんこの世界には精密さを要求される銃火器のような物は存在しない。


 人質の安全を第一とすれば、安易に突入するというのも儘ならない。


 魔法のある世界なんだから、魔法で何とかすればいいじゃないんですか?と思うかもしれないけれど、諸般の事情で王都守護隊の魔法部隊は、その活動がかなり限定されている。


 早い話が打つ手無く手をこまねいてる王都守護隊…使えない。



 いやいや王都守護隊だって、ただ手をこまねいてる訳ではないでしょうけど、どうにも長期戦になりそうだぞ?という予感を感じ始めてざわついている野次馬達。


 その上空を、何かが結構なスピードで…まあ何かと言いましても件の少女な訳ですけども…飛んでいく。


 少女は、颯爽と犯人の立て籠る部屋の前まで飛んでいき、クルっと横に一回りしてみせてから犯人に指を突き付け


「私が来たからには、もう好きには…」


 まで言ってから、回り過ぎて明後日の方向を指差してる事に気付く。


 何事も無かったかのように向きを修正し


「私が来たからには、もう好きにはさせません!大人しくその人を解放しなさい!!」


 なんて言っても、もう締まらないけれど、本人は意に介さない。


「しましまぱんつ~」


「こら!見ちゃいけません」


 という親子の会話も


「あのクソガキ!また余計なことしやがって!」


 という守護隊隊員の罵声も、耳に入る事は無く、これ以上ないくらい完璧に決まったとばかりのドヤ顔であります。


 その間、ただただ茫然とその様子を見てるだけだった犯人と、人質の女性がほぼ同時に我に帰り


「な、なんだテメエ!」


「た、助けてください!」


 同時に言うと、少女は


「任せてください!」


 女性にウインクをしてみせた後


「痛い思いをしたくなかったら、早くその人を解放しなさい!」


 犯人を脅しにかかるも


「て、てめえ…シバースだろ?シバースが公の場で魔法使っても良いのかよ!」


 犯人、言葉で反撃をしてきた。


 少女はそのシバースという単語を聞いた事で


「あ…そういえば、まだ名乗ってなかったですね?」


 どうでも良いことを思い出したらしい。


 再びポーズを取り


「魔法少女エリエル・シバース!正義の名のもとに神に代わって悪を打つ!」


 何やら聞いてる方が恥ずかしくなるような名乗りを上げる…


 しかし、神に代わってとはまた大きくでたものだけれど、それよりも彼女が『シバース』を大声で名乗った事で、その場全体の空気が凍りつくのです。



『シバース』という言葉には大きく三つの意味があります。


 魔法使いの総称としてのシバース。


 民族としてのシバース。


 宗教としてのシバース。



 そのどれもがこの街では畏怖と嫌悪の対象。


 その事を少女も知らない訳はないだろうに、あえて自分の名として名乗ったのです。


 ただでさえ怪訝に思われてたのに完全に聴衆は警戒をしだして、その場を離れる野次馬もちらほらと出てくる。


 こうなると、流石に本人もちょっとは気になってはくるけれども、先ずは目の前で起きている事件を何とかしなくてはならない。


「シ、シバースがどうした!ちょ、ちょっとでも動いてみろこの女の命はないぞ!」


 興奮気味の犯人。


 顔を引きつらせ声を出す事もできない女性。


 これはもう限界だと判断して少女…エリエルは指先に魔力を集め、それを軽めの電気に変換させて、犯人めがけて打ち放つ。


「ぐわっ!」


「キャッ!」


 人質の女性がとばっちりを食った気がしなくもないけど、隙のできた犯人に対して躊躇してる暇はない。 


 窓から部屋へと突入し、犯人を強引に押し倒して、馬乗りになる。


 今度は先ほどのより強めの電撃を作り出し、胸部に放つ。


「ぎゃあ!」


 犯人の悲鳴が外にまで響くのと同時に、下にいた守護隊が建物の中になだれ込み、間もなく部屋の中に押し入る。


 守護隊は手際よく犯人を取り押さえ、被害者を保護する。


 その中、一人の隊員が窓に腰掛けるようにするエリエルを見付け


「待て!」


 大声で怒鳴る。


 けれど、待てと言われて待つ人間など、そうそういるものでもない。


「後はよろしくお願いします!」


 満面の笑みで敬礼すると、エリエルはバックロールエントリーの要領で、窓から下へと落ちていく。


 慌てた隊員が窓まで駆け寄るけれど、それを嘲笑うかのように、上空へと飛び去っていくのだった。


「くそ!次は絶対お前も捕まえるからな!」


 その姿を目で追うしかなかった隊員は、苦虫を噛み潰すというのを、絵に描いたような顔で吐き捨てるのでした。







 颯爽と現れた謎の魔法少女、八面六臂の大活躍で無事事件解決。


 それを目の当たりにした聴衆は、万雷の拍手と喝采で飛び去るヒロインを見送った…


 というのを期待していたエリエル。


 しかし、去り際に見た光景は無言の聴衆の刺すような視線。


 自分の期待とは正反対だった事に、ガックリと肩を落とすのです。


「こんなはずじゃなかったのにな…」


 ぼそりと呟くエリエルだったけれど、一人の子供が自分に手を振ってくれている事に気付く。


 慌てて笑顔を作り、手を振り返して


「大丈夫…ちゃんと解ってくれる人はいるんだ…」


 少しホッとして、呟く。…のだけれども、着替えの入ったカバンを回収した所で、さっき手を振ってくれた子供が着替えを見られたあの子だと気付き、微妙な気持ちになりました。


 でも、これで挫けるエリエルではありません。


 深い溜め息をついた後


「シバースが、シバースっていうだけで犯罪者みたいに扱われるのは絶対におかしいもの…そんな世の中、私が変えるんだ…」


 呟き、改めて魔法少女エリエル・シバースは心に誓うのです。




 それと、ほぼ同じ頃


「公共の場での許可の無い魔法の使用は、この国では重罪だっていうんだよ!」


 王都守護隊隊員は少女が飛び去って行った空へ吠えるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る