第10話:彼らがここに立つ理由

「東京都K区に特殊災害発生。現場の負傷者は8名。フェイズは3。防衛省から特殊治安維持部、小隊派遣要請が出ています。オペレーターは直ちに現地部隊員に出動を要請してください」

 彼の箸音だけが響いていた事務所がサイレンによってその風景を慌ただしく変貌させる。まもなくアナウンスが流れ、彼は口に運ぼうとしていたヒレカツを置いた。急いだ様子で受話器をとって名簿にある部隊員に連絡を取り始めた。


 ここは特殊治安維持部隊K区支部。小難しい漢字が並んではいるが、平たく言うと特殊治安維持部隊員とは『ヒーロー』のことである。そして彼はそんなヒーローを現地に向かわせるオペレーターの役割を担っていた。


「お疲れ様です」


「おう、お疲れ」

 ヒーローの手前には息絶えた怪人が転がっている。

 彼は動かなくなった怪人を手元の書類と照らし合わせ、簡単に本人確認を終えてから派遣員にブルーシートを持ってこさせ怪人を包んだ。それから彼は現地の救急隊員と連絡をとり、負傷者の数を確認した。


「クロノさんがいて助かりました」


「いや、たまたま僕が現場に近かっただけだよ」


「この区にあなたがいるだけでその場所の治安は保証されたようなものです」


「それはただの思い上がりだよ」

 そういってヒーローは颯爽と去っていった。


 ヒーローの名はクロノ。

 この名は本名からとったらしい。クロノは努力家でいて正義感が誰よりも強く、まさに絵に描いたようなヒーローだった。

 だからなのだろう。

 彼は『人を救う』ということに非常にストイックで、言われなくとも毎日の管轄内の巡回は欠かさず行い、オーバーワーク気味ではあるが区の治安維持の要となっていた。


「何でぇ、クロノさんはそうやっていつも頑張れるんですか? 毎日のパトロールだって明らかにオーバーワークだし、それに家族も顧みず仕事ばかり。そんなんしてたら奥さんに逃げられますよ? 」

 後輩のヒーローが酔った勢いでクロノに絡む。


「ちょっとトウキさん、飲みすぎですよ。夜風にあたりましょう」

 急いで彼は掴みかかったトウキの背にしがみつき、その場を収めようとする。


 今日は月末の定例会であり、そこでは現地のヒーローと、橋渡しであるオペレーターとの情報交換と評して交流会が開かれている。


「カナメ君、離してくれよ。俺はどうしてもこの人に頑張れる秘訣を教わりたいんだ」


「まいったな・・・・・・」

 肩を何度も揺すられているはずなのに全く微動だにしないクロノは困った調子で笑った。


「ほら、クロノさんも困ってますから・・・・・この区は少数精鋭でトウキさん、クロノさんとあと数名しかいないんですから頼むから仲良くしてくださいよ」

 彼は背にしがみついて必死でトウキをなんとか鎮めようとする。


「あ? 少数精鋭ってことは、俺も期待されてるってわけ? 」


「当たり前です。だから仲良くやりましょう」

 トウキはそれから機嫌がよくなったようで目の前のビールを一気に煽ってその場で眠り込んでしまった。


「すみませんクロノさん。大丈夫でしたか? 」


「俺を心配してくれるなんてもう君ぐらいなものだよ」

 ぽんと、クロノは彼の肩に手を置いて「トウキは根はいい奴だけどお酒が入ると荒っぽくなってしまうな」と宥めるように笑った。


「カナメ君から見て僕は空回りしてたりしないかい? 」


「そんなことないですよ。クロノさんは間違いなくすごいヒーローです」


「そう言われるとやっぱり照れるな」


「でも、その頑張りの源については気になります。僕は場を収めるためにトウキさんを鎮めはしましたが、正直前から気になっていたんです」

 彼は姿勢を正してクロノに対して真っ直ぐな視線を投げかける。するとクロノは頬を人差し指で何度か掻いて口を開いた。


「カナメ君はさ、人の役に立つってどういうことだと思う? 」

 予想外の切り返しに彼はとっさに答える。


「社会に貢献するとかそういう事だと思います」


「もっともな意見だね」


「でも僕はね、人の役に立つってことはさ、ひとつの自己証明だと思うんだ」

 彼には思慮に浸る一人の男の横顔がやけに老けて見えて、達観した意見をすんなりとは噛み砕けないでいた。


 それから彼は事後処理の前にヒーローが戦っている姿を見守るのを日課とした。


 今、目の前でクロノは戦っている。


 彼の気迫のこもった叫び、拳が空を着る音が彼の耳元で轟く。あの日の答えを探すように彼はシャッターを切った。

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