第7話:僕らのとなりで

 昼過ぎ。真夏の日差しは容赦なく部屋に差し込み、じりじりと彼らの露出した肌を焦がしていく。退屈を持て余した彼らは給食を食べ終えた後、腹痛を訴えて迫真の演技でもって小学校の教師たちを欺き、こうして自主休校にありついた。


「宮園の授業ってなんであんなに退屈なんだろうな」

 うだるような暑さに支配された東京。


「ほんとな」


 逃げるように集合団地へ駆け込んだ彼らはエアコンのきいた部屋で退屈そうにテレビゲームを楽しんでいる。


「アイツの話聞いてると速攻寝れるよな」


「だよな。それにしても俺らを見たアイツの顔さ」


「ああ、あれは今年一じゃね?」


「『風間君、俊樹君大丈夫? お腹大丈夫? 痛くない? 』って。必死にこっちを見てさ。目に涙まで溜めててさ」


「おっもしろい、おばさんだよな」

 彼らは狼狽する女教師の顔をおぼろげに思い浮かべながら、それが相当面白かったのか目に涙がたまるまでわらい続けた。


 格闘ゲームの勝敗がついたようで彼らは次のラウンドが始まるまでの間、真っ青な空を横切る一筋の飛行機雲を何気なく眺めていた。

 定規で引いたようにまっすぐと伸びる雲が彼らのだらしなく開いた瞼の奥に映る。ロード画面から切り替わった瞬間、彼らは視線を戻して次のキャラクターを選択しながらつぶやく。


「今日も平和だよな」


「うん。ほんと、退屈」


「いっそ旅とか出たら面白いかもな」


「それ良い考え」

 彼らは教科書でしか見たことのない国を頭の中でうつろに描きながら怠惰に指を動かし続けた。



 彼らが思いを馳せた遠くの地で少年は必死に生きていた。


 今、少年の目の前には大きな柘榴ざくろがある。少年が見つけた柘榴は灰色と鉛で塗り固められた世界で色鮮やかにてらてらと光っている。

 少年は肩にかけたAK-47を瓦礫がれきの下におろしてそのもとへ駆け寄る。

 その瞬間、少年は表情を強張らせた。何故なら、それは柘榴などではなく、頭部だったからだ。たったいま鉢合わせしてパニックになった拍子に破壊した少女の頭部であったからだ。

 遠くでまた爆発音が聞こえる。体に稲妻が走って少年は肩をびくつかせる。条件反射のようにスリングを肩にかけ、少年はまた戦場へと戻っていった。


 一日中続いていた行軍こうぐんが終わり、目的地である丘にたどり着いた小隊はその場でテントを張って疲れた体を休めた。程なくして太陽が沈む。

 少年達は丘の上からしゅに染まる街だった瓦礫たちを見下ろした。


「今日、僕は女の子を殺した。ちょうど君ぐらいの年の子だよ」

 今にも身を投げ出してしまいそうな危うげな瞳をした少年達は切り立った丘の先に座っている。


「そう」

 濁り切った眼で少女は少年を見る。


「でも、涙は出なかった。どうしてなんだろうね」


「それはきっと心のどこかで他人ひとごとにして、無意識に自分の平静を保とうとしているからだよ」


「そっか」

 納得したようで少年はその場に体を倒して空を見上げた。


「ねぇ、この空は平和な世界にもつながってるんだよね」


「そうだろうね」


「ここがもし平和だったらどんな感じだったのかな」


「きっと退屈だったと思うよ」

 少女はそう言いながらため息をつくようにわらった。


「そうかな」


「きっとそうだよ」








 でも、それは尊い退屈だったろうね。


 そう囁いた少女の声を拾うには世界はあまりにも五月蝿うるさすぎて、首を起こしただけの少年には聞こえもしなかった。

 翌日、少女はキャンプに戻らず、その身を砂塵さじんとともに風化させていった。

 

 少年は今日も戦場を駆ける。

 あの日聞けなかった少女の言葉を理解するために。








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