第3話:また、春が来る
「私達、別れよっか…」
「うん……」
特に重たい雰囲気もなく、かといってふざけている様子もなく、自然と彼と彼女の恋は終わった。
春に出会って、夏に盛り上がって、秋になると何となくすれ違って、冬に終わる。そしてありきたりな結末の先を彼と彼女は別々に歩き出した。
四季が何度か通り過ぎてまた、春が来る。
彼は新社会人となり、新たな一歩を踏み出していた。あの恋の終わりからもう4年という月日が流れていた。
振り返れば高校に入ってからすぐ一緒になった彼女とは3年間も付き合い続けていた。だからそれなりに彼も傷ついて、そのせいで彼は大学で1度も彼女を作らずにこの春を迎えた。
「君、ちょっと手伝ってくれないかな」
ふいに肩を叩かれ振り返ると、憧れの先輩が彼の眼の前で頭を悩ませていた。
背は彼の頭一つ分小さくて、だけど誰よりもてきぱきと働き、仕事に対し情熱を持っている彼女に彼はひそかに魅かれていた。
いつだって自分にないものを持っている人には憧れを抱いてしまうものだ。
「ちょっと聞いてる?」
目を伏せてこちらの顔を覗く彼女に彼は応対する前に赤面しそうなのを何とか抑え込むので精いっぱいだ。
「は、はい」
それから彼と彼女は一人ではとても抱えきれない資料を手に資料室へ向かった。
作業の最中、二人はお互いの趣味が合うことに気づいて、彼女が不意に「私達気が合うかもね」なんて言ったので、何かとせっかちな彼は思わず舞い上がってしまい、勢いのまま彼女をデートに誘った。
「あの、もしよかったら今度の週末、一緒に映画見に行きませんか? 」
窓の光に包まれた埃たちが漂っている。もう使わなくなったファイルが雑多と棚に収まる資料室の中、室外機のファンの音に交じって彼の声が彼女へと届く。
「え、なんか言った?」
室外機の音が邪魔をした。
「週末!僕とデートしませんか! 」
舞っていた埃が吹き飛ぶぐらいの彼の声が資料室に響く。
「僕とデートしてください! 」
彼女はしばらく目を丸くして瞬きを数度繰り返すと、林檎のように顔を赤らめた。
「デート……ね」
それから彼と彼女は付き合うことになった。
出会った春には公園で桜を見て、夏には花火を見上げ、秋には紅葉狩りに出かけ、冬にはゆっくり温泉につかった。そして年を超え、また、春が訪れた。
ある日曜の昼下がり。
河川敷の草むらに彼は寝転がってぼうっと向こう岸で始まった少年野球の試合を見ていた。隣には彼女が大の字で寝転がっている。
暖かな春の風が河川敷に咲く桜の樹を揺らし、風がさらった
彼女がくしゃみをして、また花弁が舞い上がる。舞い落ちて、今度は小さな喉仏の下に落ちる。
「1年前のあの日が懐かしいね。いい年してお互い高校生みたいでさ」
「ですね。あの時が30でもう三十路ですもんね」
「ちょっと」
彼女の問いかけに答えながら、彼はどっちつかずの丁寧語はいつ取ろうかなんてことを考える。
桜の花弁を彼女の細い指が摘む。摘んだそれが風にまたさらわれ、花弁はその風に乗ってひらひらと身を舞い上がらせて、風が止むと川へ落ちて流れに沿ってのんびりと泳いでいった。
「また二人で春を迎えられるかな」
「どうだろう?…でも、そうだといいすね」
二人はそのあとお互いの目を見つめて今流れている幸せなひと時をかみしめるように笑い合った。
春は出会いの季節だという。
だとしたらたくさんの出会いが目まぐるしく巡ってくる中で二人はそれに惑わされることなく、互いの手を離すことなく、春を超えることができるのだろうか?答えは分からない。
また春が来る。
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