『餌』棗

「お父様、お母様、いただきます」

 なつめは、『餌』を食べさせられていた。

 今日と言う日を生きる為に。

「お父様、お母様、ごちそうさまでした」

 下膳し、暗き厨事くりやごとの後、ふと耳に届いた。

「棗さん、さっとおいでなさい」

 いつもの様にお母様が棗の部屋から小さく手招きをした。

「棗さん、お勉強は終わったの?」

 雀の様な囁きをした。

「国語、英語、仏語、独語、算数、生活科、哲学だけでしたので」

 棗は流れる様に声を突いた。

「凄いわ、棗さん。お父様より出世できるわ」

 つまらない物を見る目で一階の隣室の居間を注視した。

「お父様はうちの同族会社の婿でしょう。大学は私と同じ応慶でしたのにね」

「私は、お母様の言う通りに生きます」

 お母様の奇行は既に日常の事でしかなかったので、棗は流すのが常であった。

 しかし、夫婦不仲を終わりにして欲しかった。

「お許しください。予習が残っております」

 小学二年にしてあらゆる学問に取り組んでいた。

 母は、にこやかに去った。

「お父様、お母様、お許しください」

 暫くしてから、すっと棗の部屋から足を忍ばせて二階のバルコニーに出た。

「私は、雀の子ではありません。棗です」

 棗は逡巡もなく五体投地の如く茨の中に落ちた。

 血は、痛痒かった。

「私は、棗です」

「『餌』で生かされておりません。私は……」

 そうして、茨の姫は眠りに落ちて行った。



 ――繰り返される物語

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