第3話 恐怖

 ・・・・・・


 どうやら、少々微睡んで居たようだ。


 気付けば3つの人の気配がこの山に入って来ている。

 その内の1つはすぐそこまで来ているな。



 ・・・・・・



 最後に眠気が失せたのはいつの頃だろうか。あれは確か、人の世の戦乱が激化し、剣祖と王になると大言を吐いた人、その2体が訪れた時だった。

 あのころを思い出すと溜息が出る。まったく、何故あれほどまでに人の群れはこの小さき『箱庭』で共食いに励むのか。本当に度し難い。


 本当に本当に・・・度し難い。


 我が目下には、橙色の髪をした人の子。


 我が声帯では、人の声を模することができぬ故、此奴がここに来た意を問うことはできぬが。人から発する気配が、我に害を成そうとしておることを雄弁しておる。


 度し難いが、暇潰しにはなるだろう。

 面白い、とばかりに我は目を細め、咆哮した。






(視点変更)


「ひ!?」


 先の通り雨の雷轟よりも腹に響く雄叫びに押され、小動物ちゃんが尻餅をつきそうになる。咄嗟に支え、その首筋をクンカクンカしているのだが、恐慌状態をきたしている彼女は俺にしがみついているだけで、いつもの突っ込みを入れてくれない。


「落ち着けよ、小動物ちゃん。でけえ声だったが、ありゃまだ遠い。それにこの地形だから、余計に響き渡ってんだよ」


 あと少しでドラゴンの巣という所で森が切れ、所々に丈の低い草が生えているだけの荒地になっていた。目に付く動物も無く、行ったことはねえが、月の表面を思い起こさせるような場所だ。


 絶壁姫から聞いたことを思い出す。過去に幾人も腕試しでここに挑み、わずかに帰ってきた者はその精神に異常をきたしていたということを。

 小動物ちゃんの様子を見る限り、常人がこの吠え声を真近で受けりゃあ、ただじゃあ済まないってことだな。


 ん? ちっとは落ち着いてきたか。


「俺の言葉を理解できるか? ・・・・・・OK、OK。じゃあ、ゆっくり、深く、呼吸しな。過呼吸になっちまうぞ」


 噛み砕くかのようにゆっくり語りかけた俺の指示に反応し、小動物ちゃんの息が整っていく。

 さて、置いて行くわけにもいかないが、連れて行くのも酷な話だ。


 ちなみに、実は俺はまともにドラゴン狩りなんてするつもりはない。俺は戦闘狂でもなければ、身の丈も知っているんだ。

 そして、師匠からも聞いている。王都近郊に棲むドラゴンは知性があり、そして相当な物臭、つまり面倒臭がりだってことを。

 戦いを挑まず、寝ているドラゴンに忍び寄って、鱗の一枚をゲットすることは容易いと、師匠が実物を見せて自慢してきやがった。

 俺もその手でドラゴンを倒したと、ホラを吹いて戻るつもりだったんだ。

 本命は、

「私を狙いにきた双子からの刺客の捕縛、ですよね」


 青い顔をした小動物ちゃんが、そっと俺から離れる。足元はまだ覚束ないが、意識ははっきりしているようだな。


「大丈夫です。行けます」

「焦んなって。どうせ起きているドラゴンが相手だと、瞬殺されるのは間違いねえんだから。

 ちと早いが、飯だ。それから、今後どうするか検討するぞ」



 まじで、小動物ちゃんを連れて逃亡するしかなくなるかもな。





(視点変更)


 纏わりつく羽虫を払うように、ドラゴンは自身を攻撃してくるデーモンを薙ぎ払う。


 耐久性では人間やその他生命体を大きく上回るデーモン。しかし、デーモンの体長は2m強。対するドラゴンは、初代ゴ◯ラとほぼ同サイズの50m。いかに凶悪なデーモンとて、その身長差は如何ともならず、3,4度と弾き飛ばされると動かなくなってしまった。


 虫けらを潰したドラゴンは、そんなものかと言わんがばかりにグルグルと喉を鳴らし、橙色の髪の人間、ティーマを睥睨する。



 ティーマは恐怖で頭が一杯であった。

 しかし、それは目の前のドラゴンからもたらされるものでは無い。


 元々引きこもりのナードであったティーマは双子に召喚され、自身にテイマーとしてのチートを見出されて有頂天だった。自身の軍団を作り、気に入らない奴は好き勝手に蹂躙できていた。

 しかし、一度の失敗。ユーリリオン対サイプレスでの失敗でユーリリオンが大躍進することになり、計画が狂った双子のやつあたりの対象として、彼の名前が挙げられたのだった。


「このままだと、ボクが終わりなんだ!!」


 今回でシノノメの頭部、つまり脳を持ち帰らないと、ティーマが脳髄を摘出されることになり、老衰で脳の機能がなくなるまで意識を残したまま保存されることになる。


 己を鼓舞するために叫んだ彼は、鳥型の魔物を使役してドラゴンと同じ目線まで上がる。


 面白い、とばかりに目の前の小さき者に視点を合わせるドラゴン。

 そして、彼はティーマに集中して、それらに気が付かなかった。


 野外の動物の巣には、それに共生や寄生する多くの虫が存在する。日常的に存在するそれらにドラゴンは気を払うことはほとんどない。

 しかし、巣に大量にいるゴキブリ、いつもその巣の主人から隠れて逃げていた卑虫が次々にドラゴンの耳介に雪崩れ込む。


 耳の中で起こる大騒音に、さすがのドラゴンもその巨体を倒し、手足をバタつかせて身悶えをする。そして、死んだ方がましだとばかりに、ティーマが空中からその額に飛びつく。運良く振り落とされなかった彼は、商人風の男が双子からのティーマにと渡した装置をドラゴンの眉間に植え付けた。

 それは、意識を無くす機械、生き物を狂化する大型のチップ。


「自我が薄くなれば、本能に意識が支配されればそれは『獣』。やってやったぞ、畜生!!」


 左手が変な方向に曲がっているが、脳内に充満するアドレナリンのおかげでその痛みも感じず、竜の巣で狂笑をあげるティーマ。


 その背後で、静かにドラゴンが立ち上がる。

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