第4話 晴れ時々ドラゴン

 山の天気は変わりやすいというが、見渡す晴天にいきなり雲が湧き出ることはない。


 しかし、出直すと決めた俺たちの頭上に影が差す。


 やばい!?

 咄嗟に俺が小動物ちゃんを抱えてすぐに土が捲れあがり、土砂と衝撃波が俺たちを襲う。


 自分の身体を設置点として転がりながら衝撃を殺し、受け身を取りつつ若干の距離を稼ぐことを考える。ただ、俺たちのいた場所は荒地。俺は大地に擦り下ろされ、服が破れて露出した肌が半分火傷のような擦り傷となって血が流れる。


 前にもこんなことがあったなぁ。あん時は情けなくも気絶しちまった。


 影の大きさから俺が予想したよりもかなり質量が小さかったか。思っていたより弱い衝撃を20mほど転がっていなし、小動物ちゃんを庇うように立ち上がって構えを取る。


「クロウさん、血が!?」


 自分についた血が俺からとわかり、少し動転して声をあげる小動物ちゃん。上等、気絶してねえ。



 粉塵が晴れ、目の前にその異様が姿を顕す。



 漆黒の竜麟。真っ赤な眼球。


 翼長は100m、体長は50mってとこか。

 幸いにもかなりの前傾姿勢で、体高は2階の屋根位の高さか。


 話が違うぜ、師匠よ。奴さん、かなり殺る気に溢れているみたいだぜ。


「なあ、ドラゴンさんよ」







(視点変更)


 粗末な小屋の中、テーブルを挟んで初老に差し掛かった壮年2人が座り、陶器製の湯飲みを傾ける。


 日本よりも平均寿命が短いこの世界では、彼らは年寄り扱いされるような年齢であろう。しかし、彼らから滲み出る覇気に、弱々しさなど全く感じることはできない。


「それで、王都近くに棲む竜はどうじゃったのじゃ?」


 巨躯。それもモンクや武術家のような厚みのある身体をした老人が、差し向かいの茶飲み仲間に尋ねる。そのニコニコした表情は愛嬌があり、禿頭だが目鼻の立つ美形はいかにも女性にモテるであろうことが伺える。


 対する男は無精髭の仏頂面で、いかにも気難しい、人を寄せ付けないオーラを醸し出している。


「相も変わらず居眠りよ。都が騒がしかったので、起きているかと思ったが、杞憂だった」

「それにしては不機嫌そうじゃな」


 禿頭の言葉に仏頂面の男の眉間に刻まれた皺が深くなる。


「・・・・・・馬鹿弟子がいた」

「どっちの馬鹿じゃ?」

「両方」


 2人の上に静寂がのしかかる。笑顔であった禿頭の男も困ったように顎を撫で、軽くため息を吐く。


「性根から馬鹿の方は気配だけだった。頭の軽い方は・・・・・・女連れだった」


 苦み走った口から出た言葉に禿頭は耐えきれずに空気を漏らし、じきにそれは忍笑いに変化した。


「カシオーク」


 カシオークと呼ばれた禿頭の男に対し、常人なら気絶しそうな殺気をとばす男。しかし、男の威圧もどこ吹く風で彼の押し殺した笑いは呵々大笑となる。


「カカカ、なんじゃお主、羨ましかったのかの? 指を咥えて、己が弟子を見ておったのか。じゃから、手頃な所で済ませてしまえと言うておったじゃろう」

「弟子に手をつける師匠がいるか。アレらは娘みたいなものだ」

「その弟子は、弟子同士でアレコレあったのではないかの」


 腰の刀に手をかける男に尚も挑発するカシオーク。剣閃が走り、そのままじゃれ合いになる。だが、どんな技量か狭い室内の調度品一つ壊れることがない。

 小一時間ほど騒いだ彼らは、騒ぎを聞きつけてきた女弟子の1人に怒られることとなった。




「カカカ、ということは、ユーリリオンの上洛が上手くいったと」

「貴様、あの馬鹿がどこにいるか知っていたのか?」

「応よ。ちと、ユーリリオンの跡目争いで顔見知りになったわ。

 剣筋を見て、お主の弟子だと一目でわかったが、あのノリは剣祖のそれとは大きくズレるの」


 剣祖と呼ばれた男は鼻をフンと鳴らし、明後日の方向に顔を向ける。


「剣祖の刀は竜のお守りだ。俺も腕を磨きに戦は励んだが、特定の勢力につくことはなかった」

「ハニートラップに引っかかりそうな所を止めてやったのは、どこの誰だったかの?」


 言葉につまりカシオークを睨みつける剣祖だが、さすがに二度も弟子に叱られるのはバツが悪いのか、湯飲みを一気に呷って誤魔化した。


 挑発にのってこない彼に、カシオークはその頭の軽い方の弟子の様子をしつこく聞き、剣祖も面倒そうに対応していると、先ほど彼らを叱った弟子から来客の報せが届く。

 はて、こんな山奥に珍しいと、その客を通すように弟子に申し付ける。

 山小屋のすぐ外にいたのか、弟子に促された2人の客がすぐに入室した。



 その客は、頬に深い傷を持つ女性と緑色の髪をした子供だった。






(視点変更)


 ドラゴンが俺たちを踏み潰そうと足を上げる。


 小動物ちゃんを抱えながら頭上からの攻撃を大きく躱すが、ドラゴンがそれを踏み降ろすたびに地面に衝撃が走って足が取られそうになる。

 さっきからコレの繰り返しだが、どうやら、

「ええ、おそらく」

 どうやら、俺たちは誰かに嬲られているようだな。


 口からよだれを垂らし、明らかに焦点の合っていない目のドラゴン。しかし、その動きは巨体でこちらの退路で回り込み、回避しやすい大振りの踏みつけばかりやってくる。

 もちろん、俺たちも大人しく潰れてやらないが、それに対して苛立ちも見せない。


「私、こんな状態の獣に覚えがあります」

「気恥ずかしいね。俺たちの馴れ初めを小動物ちゃんから口に出すなんて」


 こんな状況なのに、俺の台詞で小動物ちゃんが真っ赤になる。つうか、台詞よりも俺の心中を窺ったのかな。余裕があって結構。

 幸いにも、相手は愚かにもこの状況を愉しんでいるらしく、策を練る余裕は十分だ。


「私とクロウさん、バラバラに逃げたらこのドラゴンはどちらに追ってくると思います?」


 どっちかね。まともな神経してんなら、さっさと小動物ちゃんを潰して、俺に向かわせるんだろうけど。


「あまりまともな相手とは思えませんね」


 同意。正気を疑うぜ、こいつを操っている奴のよ。


「試しませんか?」


 あうち!! 礫が痛え。

 馬鹿言ってんじゃないよ。小動物ちゃん、潰れたトマトになっちまうぜ。


「よく言いますよね、操ってる元を叩けって。前の男なら私でも負けない自信があります」


 馬鹿言ってんじゃないよ。実はこの前のモヤシと違いました、かもしれないんだぜ。


「馬鹿言ってませんよ」

 馬鹿言ってんじゃねえよ。


「もし、私が潰されそうなら、その前になんとかして下さい。捨て石になるつもり、ないですから。それとも、相手が飽きるまでに、他に名案が浮かびそうですか?」


 地響きで足元が揺らされる。相手がその気になったら、俺らはお陀仏だ。俺の刀じゃあ、このドラゴンの鱗を切れても肉までは、そして骨は絶対に断つことはできねえ。

 まだ相手が遊びに夢中になっている今がチャンスだ。しかし、

「言っておきますけど、あたしが潰されたら、両手をついて謝っても許してあげませんから」




 クソ、しゃあねえ。

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