第2話 心の天気予報

「ほ、本日は、天気も良くて、いえ、お受けいただきありがとうござい、ます!!」


 王都のあるユーリリオン邸の門前。

 そこで大きくてがっしり、しかしモフモフしたくなるようなクマさんみたいな男がガチガチになってリィリィに挨拶をしていた。


 彼の名前は、コスメア=アモールデモサ。

 先のクロプトティニアの乱からのユーリリオンの同盟者、アモールデモサ伯爵家の嫡男である。


 本日のリィリィの予定は、あの社交界デビュー後に申し込まれた彼とのデートであった。

 彼女は馬車に乗るために手を差し出すと、コスメアは真っ赤になりながら初心な乙女のように躊躇いつつエスコートをする。


(どこぞの侯爵様のおぼっちゃまよりも、こちらの方がよほど好感が持てますね)


 そう心の中で呟くと、手を取られたリィリィはコスメアに笑みを投げかけた。




 彼とのデートはどこぞのマニュアルに載っていたかのような、いわば女性に一般受けしそうなプランだったが、ユーリリオン領以外の街を散策するのが実質的に初めてのリィリィには新鮮で楽しかった。

 しかし、彼女の心中は憂いがあり、王都の表通りのカフェ内でうっかりカップの水面を見つめてしまう。


「リィリィさん?」

「!、申し訳ございません。少し心配事がありまして」


 迂闊だったと、自身の行いを反省しつつカップを傾けるリィリィにコスメアが問う。


「心配事ですか・・・、それは私にも協力できるようなことなのでしょうか」


 真剣な顔でリィリィを見つめるコスメア。

 そんな彼に相談しても良いかどうか、リィリィも表情を崩さず悩む。


「・・・陛下からお姉様に少し難しい案件が持ち込まれまして、今お姉様の部下がそれに当たっているのですが、その進捗が気になってしまいました」


 核心には触れず、当たり障りのない回答。

 もちろん、コスメアもこのような貴族のお仕事関係で具体的な答えが返ってくるとは思わない。だが、この先はそのようなことも忌憚なく話し合える間柄になりたいと、そう彼は思った。





(視点変更)


 わぁ、降ってきました。

 30分ほど前、クロウさんが青空を見て、雨が降るって。疑ってたんだけど。

 それで、洞窟を探したクロウさんに引っ張りこまれたすぐに、結構な土砂降りがはじまった。


「夕立みたいなもんだから、そんなに長くは降らんさ」

「クロウさんは、天気も読めるんですね」


 本当に万能な人なんだな、と私は感じた。

 戦闘術、交渉術、サバイバル・・・しかも料理や家事も。まさか、私って、クロウさんに女子力(おっぱいじゃない)が負けてる?


「何変な目で見てんだよ」


 イエイエ、ミテナイデスヨ。


 ・・・

 ・・・

 ・・・


 なんか、変な空気になっちゃったな。沈黙が重い。


「クロウさんって、こっちに来る前もそんなに出来たんですか?」

「そんなにって、何を?」

「うーんと、闘ったりとか、交渉したりとか、家事とか?」


 私の問いに、彼は少し戸惑いを見せた。今、彼と私との間は約2m離れていて、私の能力の圏外なのがちょっと悔しい。

 ホント、ズルいな私。


「家事は向こうで独り暮らしだったから程々にな。交渉は得意なつもりはねえなあ。単純に自分を出してるだけだ。

 元の世界じゃ喧嘩程度はしてたが、本格的な戦闘術を身に付けたのはこっちきてからだな。生き残るのに必死なだけだったが」

「クロウさんの元いた世界はどのような所だったんです?」


 少し、彼は曇天を見上げる。ゴロゴロと雷が燻るようになり、雨の勢いは収まらない。

 不味いこと聞いちゃったかな。私自身、元の世界は嫌いで思い出したくない。けど、問いかけてしまったものは仕方がない。


「私は向こうでも孤児でした」


 ポツリ、と言葉が漏れる。


「科学文明の発達で『わからないこと』があるのかわからない、そんな世界でした。

 そこで、脳開発を受けて能力を発現しました」

「そんで、利用されたのか?」

「実験動物、としてですけど。能力的には中程度で、もっとすごいのになると近付いた人を自分の恋人と錯覚させたり、何十人も操ったりするような人もいましたので」


 ・・・・・・


「俺んところはそこまで科学は発達してねえなあ。

 そのせいか、俺の国じゃあ人類に限界が見えたかのような閉塞感がすごかった。

 みんながみんな、命の危険が無いにも関わらずギスギスして、他人のちょっとしたミスを許さないような空気だったな。

 笑えることに、国の1番の会議の内容のほとんどが政敵の揚げ足どりなんだぜ」


 ・・・・・・


「・・・・・・クロウさんは、帰りたいですか? 元の世界に。私は帰りたくない」

「・・・・・・俺は帰りたいかな。命の危険が無いってことが、どんなにありがたいかわかった気がする」


 お互いの本心を明かした所で、私たちは空を仰ぐ。少し雨足が弱くなり、明るくなってきた。


「ただ、今向こうに会いたい人間がいるように。帰っちまったら、こっちに会いたい人間が居て、こっちに戻って来たい気になっちまうんだろうな」

「向こうに恋人でも?」


 ・・・・・・


「男には帰る港が必要なのさ」

「『海をまたにかけた』どころか、『世界をまたにかけた』浮気宣言ですか」


 言ってやろう、アスセーナ様にもリィリィ様にも。本当に、この人は。


 陽光が差し込み、草花に残った雫がキラキラと照り返る。

 さて、この世界で生きていくために、もう一踏ん張りしますか!!

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