やつあたり 10:ハンティング ザ ドラゴン
第1話 毒々な悪意
「リセットできないかな、ピンギイ」
「リセットしたいよね、ギンピイ」
王都の深淵、教会の奈落で2人の少女が黒い囀りを響かせる。
「アレが逃げなければよかったのに」
「アレが逃げたからこうなったのかな」
「やあ、久しぶり。思ったより元気そうだね」
王都の表層。人間の欲で濁った液体の上に発つ泡のような酒場。
ターバンを被った胡散臭い商人風の男が、目の前に座る明らかに憔悴した橙色の髪の男に軽く挨拶をする。
「ボクはどうなる?」
「さあ。でも、君の仕返しのためのお膳立ては整えてあげたよ」
話が終わると、モヤシのような橙色の男はフラフラと店をでる。
「やつあたり、頑張ってね〜」
「承服致しかねます」
王都の宙空。この国の民が知る限りもっとも天に近い建築物。
そして、もっとも貴いとされる者の執務室で金色の髪をした姫伯爵は、目の前の汚物のような王から発せられた醜悪な言葉に顔を歪める。
「これは勅よ。そなたが我が『父』同然といえ、これに反することは王国全てを敵に回すものと考えよ」
「ですが、その男の同行者が何故に私付きの秘書とは」
「あの無礼者の枷がその娘と聞いておる」
「ならばこそ、手を取り逃亡するのでは、と「五月蝿い!!」
ガマガエルのような肉塊が癇癪を起こし、アスセーナの言葉を断ち切る。
「そなた、増長しておるのではないか? 余に逆らえるほど偉くなったと勘違いしておるのではないか!?」
喚き散らして駄々を捏ねるこの国の最高権力者。話を続けられなくなったが、その癇癪が収まるまでアスセーナはジッと待っていた。
数分後、半分酸欠気味の肩で息をするローゼロウズ王に彼女は問いかける。
「此度の件、本当に陛下のお考えによるものですか?
(視点変更)
ダメ、でも抗えない。
今、夜もふけて私、シノノメ=ダチュラは2人きりであった。あの、色魔兼傍若無人なクロウさんと。
幸いにも雲はない上に月もなく、空には満天の星々。目の前の焚き火からはパチパチと爆ぜる音がする。
彼もいつものにやけた嫌らしい笑みを隠そうともしない。
だが、彼の目は獲物を狙う猛禽のようの真剣そのもの。一点を見つめて、視線を外さない。
かく言う私も、目線を外せなかった。・・・お塩でジュンと湿り気が出てくる。
そうして、私とクロウさんの視線が交錯する。
焚き火で炙られている採れたての渓流魚を中心として。
「くく、塩をな。こうやって、こうやって、ヒレに飾ってな」
「ダメ、ダメですよ。盗んできたお塩、返さないと」
「物欲しそうな面してよ。コレは報酬の前払い」
そう、私達は王様から理不尽な勅命を受けて、今山中を彷徨っている。
私が指名されたことで、クロウさんに対する王様の腹いせとは考えられず、普段なら絶対に従わないであろう彼もすったもんだの挙句、こうやって使命を受けたのだった。
もっとも、彼は報酬と称して、王様の私物をいくつも盗んでしまい。今、塩焼きに使っているお塩もそれに含まれていた。
「久しぶりの、塩気のある食事だ」
「皮はパリパリ、中はホクホク、お塩で出てきた肉汁がポトポト」
「おいひかった」
「胡椒が流通すればなあ、バターは腐るほどあるからムニエルもできるのだが」
「でも、こっちの人ってあんまりお魚食べないですよね」
お米じゃなくて、焼き締めたパンに塩焼きっていうのが少し残念だったけど、久しぶりの和食テイストを堪能した私は万歳の格好で寝転んで星を眺める。
クロウさんは焚き火に小枝をくべて、その顔が火によって紅く照らされていた。
「見張りの交代はどうします?」
「小動物ちゃんは寝とけよ。見張りなんてできねえだろ」
まあ、そうなんですが。
「日が昇った後に少しウトウトさせて貰う。そん時に起きてりゃ良いよ」
役立たずっぷりに落ち込みそう。そして、なんか真面目なクロウさんにも違和感。多分、今度の相手が相手なのだからだろうな。
色々と考えていると、食欲を満たしたお陰か睡魔が襲ってくる。ボンヤリとした思考の中、私達がアスセーナ様に呼ばれた時のことを思い出した。
(視点変更)
「断る」
はあ? なんで俺がそんなことせなあかんのや。
「一応、俺はあんたの禄を食んでる身だ。ロロロのバカ殿の命令を聞く筋合いはない」
「そんなことは私も分かっている。問題はこれが勅命ってことなのだ」
『?』と、した顔をした俺に気づいたのか。いつもより固い顔のゴーレムのおっさんが口を挟む。しかし、顔が強張っているが、もしやロックゴーレムからスチールゴーレムにでも進化する気か?
「『勅』となると、この命令に逆らう場合、王国の敵と見なされてユーリリオンが全ての領主から責められる口実になってしまうのだ」
「俺を切り離せば良いだろう。逃げたってことにしてよ。そうすりゃ、俺が指名手配されるだけで済む」
包囲されなきゃ追撃されても返り討ちすりゃあ良いからな。いざとなったら師匠の山に帰れば良い・・・師匠のほうに殺されそうだが。
「私も貴様が逃げ出したことにして、非正規要員としてこのままユーリリオンに置くことも考えた」
ゴーレムに劣らず固い顔の絶壁姫が俺から視線を外す。おいおい、固いのは胸だけにしとけよ。いや、固いのは顔にしといて、胸を柔らかくした方が良いか?
だが、絶壁姫の目は小動物ちゃんに固定された。
「何故か知らんが、シノノメをお前に同行させろ、とのことだ。
おい、どこに行く。話は終わってないぞ!!」
あ? 決まってるだろ。あのバカ殿を暗殺しに行くんだよ。
半笑いで部屋を出る所で、小動物ちゃんに裾を掴まれる。ちょっと、邪魔す、
「なんで、私があの王様に知られているのでしょうか」
絶壁姫に向けた小動物ちゃんのその言葉に、俺は彼女の手を払いのけようとした腕が止まる。
「ああ、入れ知恵されたか、拙い情報網でも持っていたか。どう伝わったかは知らんが、その不埒者の弱みがお前だと陛下はおっしゃっていた」
なんだそりゃ、だからって同行させても意味はないだろう。それよりも、
「ならば、私を同行させては意味がないのでは? このまま2人で逃げることもできます」
だな。と、言うことは。バカ殿の裏で手を引いているのは、小動物ちゃんか、もしくはこいつと俺の両方に用があるってか。
その考えを読み、小動物ちゃんが俺の顔を見て頷く。
くそ、頭に血が上っちまった、情けねえ。
しゃあねえか、と踵を返して、もう一度執務机の前まで歩を進める。
おそらく、裏でこの件を仕組んだのはあの双子。俺の命よりも、多分小動物ちゃんの命を狙っている。
「そんで、どこのドラゴンを狩って来いって?」
乱暴に執務机に手を置き、野太い笑みを浮かべて絶壁姫の顔を真近から覗き込んで大言を吐く。
おいおい、赤くなんなよ、絶壁姫・・・俺の方が照れるだろうが。
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