第10話 何年か前のお話 2 + α
ユーリリオン領、リス監獄。
領内唯一の牢獄であり、犯罪者、政治犯、捕虜、それぞれの待遇は異なるが、それらは全てここに収容されている。
そして現在、この監獄は地獄絵図となっていた。
「馬鹿野郎、吐いてる暇あったら手伝え!!」
あまりの光景に嘔吐する兵を鼓舞する声が、そこらかしこで上がる。
あるものはその兵のように嘔吐し、またあるものは悲鳴をあげて逃げ惑い、失神している者も散見される。
しかし、彼らはまだ良い方だった。逃げ場のない囚人やそれらに飲み込まれた兵は発狂寸前までそれらに蹂躙され、果ては彼らは悲鳴にならない引きつった声を絞り出していた。
「火を使いましょうよ」
「アホか。こんなことで火事になったら、俺たちは縛り首ものだ!!」
情けない声を漏らす部下に対し、具体的対策も思いつかず片っ端から窓を開けていく隊長。
足元には、プチプチとした嫌な感覚。身体のあちこちがこそばゆいので、数匹この黒い悪魔が入り込んでいるかもしれなかった。
そう、今まさにこのような事態を引き起こしているのは、黒光りした魔物、Gとも呼称される量産兵器。つまりは、ゴキブリである。
どこのご家庭でも1匹は存在し、人目につく位になったら家内に30匹程度は配備済みであるといわれるこの生物兵器だ。
それに、この監獄内に大量発生していた。
元々、清潔とは言い難い犯罪者用の牢獄や厨房があるため、普段それらがワサワサといても慣れた兵は気にしてはいなかった。
しかし、想定外なことは起こる。
いても数百匹程度のそれらが数百万匹の群れを成し、地下室から浸水するように全てを飲み込んでいく。
憐れな犠牲者はそれらに身体中集られ、転がって纏わりついたそれらを潰そうとするが、やがて後から後から押し寄せてくる大波になすすべもなく飲み込まれた。
正直、大群に没した者たちの状況は想像したくない。
この大災害を境に看守も囚人も清潔活動が徹底され、リス監獄は国内で最も清潔な監獄となり、その有様は後世に語り継がれるのだった。
「畜生、あのアマ。絶対にダルマにして、亜人どもの群に放り込んでやる」
大混乱の監獄から脱獄し、森の中でガルムスドッグにまたがって逃亡している橙の髪の男、ティーマが怨嗟の声を漏らす。
彼はネズミをテイミングして拘束を解き、ゴキブリを使った混乱に乗じて監獄を抜け出したのである。
暗い言葉を吐きつつ、彼は森の闇に消えていった。
(視点変更)
男はゴミ溜めに埋もれ、寝転んだ格好で空を見ていた。
思えば、どこで階段を踏み外したのだろう。
コミュニケーション能力が低く、背も同じように低かった男だが、学生時代はイジメられてはいなかった。
愛想は悪いが、体を鍛え、噛みつかれたら噛みつき返す彼はイジメの対象としては不適当だったらしい。
そんなこの男も、職に就くことになる。
多くはない彼の周囲は彼に忠告をした。曰く、愛想を良くして、人と仲良くしろと。
その忠告は間違いではない。一般的にはだが。
コミュニケーション能力が低い人間には、その人にあった人間関係の構築の仕方があることが、男も周りの人間もわかっていなかった。
そして、悪いことに男は素直で真面目だった。
社会に出て、男は一般的な人間のように振る舞う。
常に笑顔で、人のために動こうとし、言われたことを我慢する。
そして、それは笑顔のバーゲンセールであり、人の顔色を伺う卑屈になり、悪意をぶつけられるサンドバッグに変わることとなった。
辺りを飛ぶ蝿を見て、男は思う。自分らしくなかった。
無愛想で空気が読めないからこそ、たまの笑顔や気配りが映え、舐められることがなかったのではないか、と。
このゴミ溜めに来るまでに、あの双子とじいさん以外にも人がいた。そして、男は助けを求めた。しかし、言葉はまるでわからなかった。
おそらく、漫画や軽小説でよくある異世界転移や召喚みたいなものだろうと考えた。
そして、ゴミとして捨てられた。
日本の社会で不要物として扱われ、この世界でもゴミとして捨てられる。
「・・・・・・好きなことを好きなようにやっときゃ良かったわ」
乾燥してヒビ割れた口から、壊れかけた感情が言葉がとして漏れた。
『お前さん、ひでえ顔してんな』
訳のわからない言葉をかけられるが、もう、心底どうでも良かった。
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