第9話 平原と山脈

「・・・・・・知らない天井だ」


 一回言って見たかったんだよな、これ。

 後は、医者と白衣の天使が来て、ムフフ。襲っちゃおうかな。


「・・・できないと思いますよ」

 む、また口に出てたか?


 おや、小動物ちゃん、おはよう・・・、っておい?

 なんで俺は拘束具着てるの? まさか、小動物ちゃんにそんな趣味があるなんて。

 動物ちゃんまた頭痛? 偏頭痛持ちなのかな。


「それで、このおべべは小動物ちゃんが着せてくれたのかな?

 そして小動物ちゃんは、意識の無い俺の生まれたばかりを堪能してくれたのかな?」

 胸熱、介護プレイ!! 恥じらいながら俺を着替えさせる小動物ちゃんを想像するだけで、丼飯3杯はイケる!!

「その服は、某が着せたのだが」

「このロックゴーレムっ!! 俺の純粋な心を汚しやがって!!」


 俺の魂の叫びが、ユーリリオン城を揺るがした。



「いって、いつつつ」

「はいはい、まだ傷が塞がっていないんだから、大人しくしててくださいね」

 あ、小動物ちゃんのパンツ見えそう。


 そういや、なんで俺は捕まってんだ。

「おーい、ゴーレム。ここって絶壁姫の城?」

「誰がゴーレムだ。そして、その言葉、姫様の前で絶対に口にするなよ」

 ぷぷぷ、ゴーレムのやつ青筋立ててやんの。


「某の名はセコイアだと前に名乗っただろうが。

 それに、その服では縄抜けもできんぞ。痴れ言を繰り返すようでは、間違いなく姫様に首を落とされる」

「うっわ、ゴーレムに心配されてるよ」

 俺の言葉に、本気で殺意を向けてくるゴーレム。

 小動物ちゃん、ゴーレムに諦めた方が良いと自分も遠い目をして諭してる。

 うーん、いじり過ぎて耐性がついたか? それでは面白くない。


「クロウさん、デーモンですか、あの悪魔みたいなのと戦闘してたのは覚えてます?」

 もちろん、そういえばもやし男はどうなった?

「あなたはあの化け物のブレスに吹っ飛ばされたんですよ。よく軽傷で済んだと、みんな驚いてたんです」

 小動物の話によると、俺以外の面子は直撃は避けたが、余波の煽りを受けたのこと。

 それだけ聞くと、なんか俺って間抜けっぽくて嫌だな。


「ふーん、でもなんでベッドなんだ。 前みたいに牢にぶち込まれないの?」

「間諜の長の進言もあってな。貴様を調略する方針になったからだ。

 無論、油断ならぬ貴様が相手。念入りに拘束し、見張りはこの某に任された」

 ロックゴーレム、お前には聞いてないんだが。む、小動物ちゃん、ガードが固いな。




 ゴーレムの話を聞き流し、なんとか首の可動範囲内で絶対領域の中を覗こうと四苦八苦していると、爆発音みたいな派手な音をたてて部屋の扉が蹴り開かれる。


「クックック、意識が戻ったみたいだな。観念せよ、この不埒者めが!!」

 おや、ゴーレムさんも偏頭痛持ちでしょうか?

 しっかし、慎みのかけらもない登場ですね、この絶・・・壁・・・なんだとぅ!?


「お山が二つ」

 信じられない光景を前にして言葉が出ない俺に、絶壁?姫はデデンと胸をはって不敵な笑みを浮かべる。


「ふん、鎧で押さえつけられてなければこんなものだ。

 困ったものだ。戦闘には邪魔にしかならんのに」

 大きいものの不便さを次々と得意げに語り出す絶壁?姫。小動物ちゃんは、よく状況が分かっていないようで呆けている。


 しかし、不自然だ。どうも動きがぎこちないように見える。

 以前、俺に斬りかかってきた時は、かなり滑らかな動きをしていたはずだが。


 よし、試してみる価値はある、か。


「絶壁」

 絶壁?姫の眉がピクリと動く。

 よし、効果は抜群だ!!


「匍匐前進早い・・・衣服が伸びない・・・仰向け苦しくない・・・あせもできない」

 たたみかけるような連撃!!

 だが、ここで手を休めるほど俺は甘くない。弱った獲物を前にして舌舐めずりは、三流のすることだからね。

「抉れ乳」

「く・・・ち、の、利き方に気をつけてもらおう!!」

「なんとーーー!?」

 あっぶねえ、腹筋トレーニングのように回避した俺に背には、剣を振り下ろした絶壁姫の姿。

 いきなり、大上段からの一撃、少し遅かったら枕ごと頭カチ割られてた。・・・おや?


「プ、クク・・・ブワハハハ!!」

「へ? な、これ。」

 振り向いて絶壁姫を見ると、彼女のおっぱいが左脇の方に並んでズレて慌ててる。

 偏頭痛持ちのお二人さん、コメカミ押さえて頭が痛みますか?


「・・・ククク、そうだな。貴様は、そういう男だ」

 ゆら〜りとこちらの方に向き直る絶壁姫の顔には、裂けんばかりにつり上がる口元。

 おーい、ちょっと、正気に戻れよ。


「進言があったとて、調略なぞ考えていた私が愚かだったよ」

 絶壁姫が剣を構え直す。げ、完全にイっちゃってる。

「ねえねえ、俺ってば無手だよ。しかも拘束されてるよ。

 動けない相手を一方的に攻撃するなんて、人間としてどうかなって思うんだけど」

「こんな所で朽ち果てる己の身を呪うがいい」



 拘束服姿でピョンピョン跳びはねて、俺は室内を右往左往する。

「おいコラ、なんで手を出してくるんだ、ゴーレム」

「某は立場も心情的にもアスセーナ側だからな」

 逃げ回る俺に掴みかかってくるゴーレム、こいつ良い動きしやがる。

 そして、その巨体を壁にして俺に動きを隠し、本気で斬り込んでくる絶壁姫。

 良い、コンビネーションだ。だが、怒りで動きが単調になっているぞ。


「ここで終わりにするか、くたばるか。コラァ!!」

 絶壁姫さん、まじ怖えっス。

「よくもずけずけと人の身体のことを。恥を知れ!!」

 こら、小動物ちゃん、ウンウン頷いてんじゃないよ。

 お願いだから、マジ止めて、動けないし、痛いし、怖いんだよ!!



 やべえ、部屋の隅に追い詰められた。

 俺の目の前には、爛々と目を光らせた絶壁姫と、自分で自分が何してるんだろうってな顔をして隙のない構えを取るロックゴーレム。

「ま、待て。話せば分かる・・・・・・、偽乳隊長」

「問答無用!!」

 あ、俺、死んだ。


「何をして、いらっしゃいますの」

 あ、北アルプス天然物。





(視点変更)


 騒ぎに駆けつけてきたリィリィはその静かな怒りをアスセーナに吐き出し、領主である姉の彼女がしどろもどろになって妹に弁明しているという、とても他者には見せられない光景が広がっていた。

 また、彼女らの背後では、猛将と謳われたセコイア=メタが溜息を吐きつつ、ベッドの残骸をシノノメとともに片付けているおり、クロウは蓑虫状態でそれを見てケケケと笑っている。


「それで、お姉様。彼を調略するのではなかったのですか?」

「そのつもりだったのだが、こやつがまた不埒なマネをして」

「・・・・・・それで、この有様ですか」

 リィリィが呆れるように息を吐くと、彼女の姉はバツが悪そうに縮こまった。

「彼がこちらを撹乱してくるのは、お姉様もご承知だったでしょうに。

 もしかして、その詰め物がお姉様の言う秘策だったのでございますか」

 つい先ほど、アスセーナが目を覚ましたクロウに対面すると妹の前を去る前に、彼女がかなり盛った胸をはって言った台詞をリィリィは思い出して、ますます縮こまる姉をジト目で見る。

 後ろで、秘策? 秘策だって、とクロウの笑い声がますます大きくなった。


「処分するのならわたしにくださいませんか? お姉様」

 アスセーナがうなだれていた顔を上げ、信じられないものを見るような目を妹に向けた。


「わたしだって腹心の1人は欲しいですわ。特に戦働きができないわたしには、彼のような非正規戦向けの人材を」

「き、危険だ!! このような不埒者を側に置くなど」

 アスセーナの脳裏に、クロウに剥かれ悲鳴をあげるリィリィが浮かぶ。

 その背後では、彼女の側近が拾っていた残骸を足元に落としていた。


「おーい、おも・・・なんでもありません。

 おっぱい姫ちゃんよ。やっぱり、男を鎖に繋いで飼う趣味があるのかな?

 だったら、それなりの報酬をもらわねえとな」

 流石にクロウが言いかけたいつもの渾名はリィリィも看過できずに、笑顔で姉もかくやという殺気を放つ彼女に珍しく怯むクロウ。

 しかし、彼はすぐにいつもの調子で軽口を叩き始める。


「そんなにお乳が恋しいのですか?

 別に構いませんわ。それがあなたにとって、一番の飼葉になるのであれば。

 存分にお吸いになってください。必要ならば、その先も如何です?」

 彼の軽口に対して艶然と微笑み返すリィリィ。弄られた彼女よりも、真っ赤な顔をした姉が文章にならない言葉で妹を制止しようとアタフタしていた。


 瞬間。クロウがピョンと横に跳ぶと、彼のいた場所に洒落にならない轟音で槍が突き刺さり、壁や家具を爆砕した。

 リィリィに注目していた皆が目を向けた先には、渾身の一撃を繰り出した姿で佇む縦にも横にも巨大な人影がものすごい殺気を放っている。

「許さん、絶対に許さんぞ」

 その人影はゆらりと突き出した槍を引き、その照準が拘束具を着たクロウにピタリと合う。

「ちょっと、ちょっと待て。お前の本気相手にこの状態は洒落にならんぞ」

 珍しく本気で慌てるクロウに対し、神速の突きを放つべく力を溜め始めるセコイア。


「あ、あの、みなさん。とりあえず、この状況を整理しませんか!!」

 シノノメの勇気ある言葉にクロウは慌てて賛同の声を上げ、我に返った姉妹は鬼の如くなったセコイアの制止を始めた。




 別の部屋から卓を持ってきて、椅子に腰をかける4人。

 しかし、クロウは拘束具のまま座り、姉妹の背後に立つセコイアが彼に殺気を向けているので、異様な雰囲気を醸し出していた。

「アスセーナ様は、クロウさんを召抱えるおつもりがある。

 リィリィ様も、クロウさんが部下になって欲しい。

 ただし、リィリィ様がクロウさんを側に置くと、アスセーナ様やセコイア様は安心できない。

 もう決まりじゃないですか。クロウさんはアスセーナ様に雇われてください。

 私もその方が都合が良いです」

 シノノメの横から俺の意見はと声をあげるクロウを無視して、訝しげな顔を彼女に向ける姉妹。

 セコイアだけは意に介さず、クロウを物凄い形相で睨めつけているが。


「待て、そなたの都合とは?」

「私をユーリリオン領で保護して欲しいのです。その際貞操は諦めて、クロウさんがいてくれれば命は助かるかもということです」

 そして、シノノメは羊皮紙とペンを要求し、それに何やら書き綴ったものをアスセーナに渡すと、アスセーナはイタズラ小僧のような顔を作る。


 シノノメが記していたのは、彼女と共にユーリリオン領にきたあのブタ中央司教の汚職や醜聞など。しかも、それらのウラが取れそうな情報も一緒に記載されていた。

 アスセーナは間諜の長を呼ぶとすぐさま壮年の獣人が現れ、彼女はメモを渡して真偽の調査を指示する。


「いい加減にしろよ。俺が首を縦に振らないって選択肢もあるだろうが」

 ボヤくクロウに対し、溜息を吐くシノノメ

「それで、首を横に振ってどうしますか?

 その服、絶対に独りで脱げませんよ。そのまま放置されても困るのはクロウさんです」

 シノノメは呆れながら彼を説得するが、クロウは聞く耳を持つ様子がない。


 もちろん、その拘束具は内側からどうこうするのは不可能であるが、不可解なのは彼の態度。彼とて、その位の理解しているはずなのだが。


「確かに、ここでこの男が麾下に加わることを了承したとて、その本心などしれず、首に縄をつないでおくことはできない。

 姫様、ここは一思いに楽にして上げましょう」

 今にも斬りかかりそうなセコイアに姫と呼ぶなと返しつつ、彼女も内心どうしたものかと考える。


「クロウさんこそいい加減にして下さい。

 それに・・・その・・・、我慢の方もじきに限界が来るかと思います」

 最後の方の言葉を赤面しつつボソボソと呟くシノノメに対してアスセーナは怪訝な顔をするが、リィリィは何かに気付いた顔をする。

 そして、そんなアスセーナにクロウが尿意を我慢していることを妹が説明すると、彼女の顔は盛大に引き攣った。


「ふん、そんなことか。

 そんなに見たいようならいくらでも見せてやる。

 これが俺の生き様だぁっ!!」

「やめんか!!」「やめて下さい!!」「是非早くなさりなさい!!」



「「「え」」」

「これで、あなたとわたしは対等。

 もう、あのような不名誉な呼び方をされる覚えはなくってよ」

 クロウを睨み続けるセコイアを除きドン引きする一同。それが目に入らぬかのように、リィリィは歌うように言葉が弾む。


「あの、リィ?」

「1回と言わず何度でも!! それだけではなくあっちの方でも!!

 その惨めなお姿、嘲笑って差し上げますわ」

「腐ってやがる。弄りすぎたか・・・」

 姉の制止も聞かず高笑いをするリィリィの姿を見て、クロウの口から思わず言葉が漏れる。


「あなたのせいですか。全く、いつもいつも。

 ・・・・・・ハァ、いい加減あきらめたらどうですか?」

「いや、それはそれで興奮するんだが」

「あなたも相当腐ってますね」

 頭を抱えるシノノメに、小動物ちゃんのリアクションが薄くなって寂しいと気持ち悪い女声が耳に届く。


 彼女が領主姉妹の方に目を移すと、2人はなんやかんやとやっていて、こちらへの注意が逸れているようだ。




 そして、彼女はクロウの耳元にそっと口を寄せる。

「ティーマには、双子の居場所や目的などは知らされていませんでした。

 わかったことは、ティーマと双子の間をつなぐ人間がいること。

 ユーリリオン領が存続すると、双子にとって不都合だということです。

 ここに居れば、向こうの方から何らかのリアクションを受けるでしょう」

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