第8話 ごめんなさい。これ、

 フウウウウウウウウウウ~~~~~~~~


 いやあ、本当に良いですよね。ボロボロの女の子。


『龍玉』って・・・漫画あるじゃないですか。


 あの漫画・・・武闘大会の場面ですけどね。


 その主人公になり損なった男の『彼女』が『がふっ』っていうシーン。


 あれ・・・初めて見た時。


 なんていうか・・・その・・・。


 お上品に言いますと・・・ムフ・・・・・・。


 興奮しちゃいました!!


 ハハハハハ、それにしても小動物ちゃんノリノリ。

 ほら、いかにも終わった後ってな表情作っちゃって、目なんか『レイプ目』決めまくってる。意外に演技派か?

 俺も服をボロボロに偽装するのを手伝ってあげたが、迫真の演技で悲鳴あげてたしね。


 しっかし、イカ臭えな。亜人って年中発情してるせいかアノ匂いが獣臭に交じるんだが、こんなに一杯いて鼻曲がらんのかね、ここの連中。


 それにしても、このティーマってもやし男、マジで偉そうでムカつくわ。

 おうおう、小動物ちゃん。もやし男に前髪掴まれて顔を上げさせられても無表情だよ。


 おや? 俺が誠心誠意説得して、ここまで一緒にきた斥候隊の方々がもやし男に何かしら告げ口してる。うう、裏切られるとは、人の世に人情は無いのか!!

 そう思っていると、裏切者らの言葉を聞いて、もやし男が小動物ちゃんを掴んで一歩下がった。


「こいつらは不要だ。喰っていいぞ」

 もやし男ちゃんってば、非情。やっぱりこの世に人情ってないね。





(視点変更)


「こいつらは不要だ。喰っていいぞ」

 その言葉とともに、虚ろな目をした亜人らが斥候隊の生き残りに飛びかかっていった。

 彼らは抵抗らしい抵抗もできず、あたりに血臭と骨を噛み砕く音が広がる。


「さてと、これで面倒は片付いたか。どうせなら、こいつも絞めて持って来てくれれば楽だったんだが」

 ぼやくティーマに、今まで屍人のように脱力していたシノノメが顔をあげ、いきなり彼の目を覗き込んできた。


「あなたは、私のことを聞いてませんか? 聞いてませんね。

 あなたは、なぜサイプレス側についたのですか? 理由を聞かされてませんか。

 あなたは、彼女らが何処にいるか知っていますか? 知らされていませんね。

 あなたは、

 あなたは、

 あなたは、

 あなたは、

 あなたは、

 あなたは、」


 みっともない悲鳴をあげてティーマはシノノメを突き飛ばすが、逆に彼の方が尻餅をつく。そして、シノノメは月を背にして、そんな彼を睥睨する。


「一体、何なんだお前は?」

「同類ですよ。出身は違いますけどね。

 ちなみに、他にも同類はたくさんいます。ほとんどが『使えない』ということで破棄されましたが。

 あなただけ、特別とでも思っていたのですか?」


「何だと、俺は『特別』なんだろ。そういう設定のはずだ」

 子供が駄々をこねるように首を振り、喚くティーマ。そして、彼は亜人に彼女を殺すように命令しようとする。


「はいはい、お話はあっちでゆっくりと聞きましょうね」

 ティーマが声の方を向くと、先ほどの伝令兵が彼の首に指を回すところだった。

 彼が頚動脈を圧迫されて落とされる前に見た伝令兵は黒い瞳をしており、彼はその男に悪魔を連想した。





「おい、起きろ」

 暗い、月の光も差さない森の中、ティーマは乱暴に蹴り起こされた。

 目の前には数人の獣人、彼はとっさに自身の異能でテイミングしようとしたが効果は現れず、側から見ると彼が少し睨んだように見えただけだった。


「無駄です。この人達は『獣』ではなく、『人』ですよ」

 唯一、青い髪の少女だけが、この男が何をしようとしたか理解していた。



 そして、ティーマにとって、地獄の時間が始まる。





(視点変更)


 うっわ、速攻。正直ないわー。

 もやし男ってば、指一本折られてベラベラ喋って。

 あ、二本目いった。


 ちなみに、俺も指を折られたらベラベラ喋るがな!!


「・・・何も聞かないんですね」

 ?、小動物ちゃんに何を聞けと?

 聞くと教えてくれるのかな〜、その可愛いバストサイズとか、月に何回アレしてコウしてるのか、とか。

 おや、小動物ちゃん、頭でも痛いのかい?


 ま、それは置いといて、聞くもの聞きますか。

 小動物ちゃんと肩が触れる位置を去るのも惜しいけどね。


「おい、双子。知ってんだろ?」

 俺の言葉にビクつくもやし男。

 俺は、折られたこいつの指をそっと握る。


「・・・・・・ああ、知っている。知っている。だから、」

 もやし男の言葉が長そうだったので、持っていたレバーを上に入力する。

 おやおや、もやし男悶絶してら。


「何処にいるの? 本山? 王都?

 それとも、何処かに秘密基地でも作ってるのかな?」

「知らない、本当に知らないんだ!!

 いつもイベントは、仲介人を介して知るんだ。その仲介人も詳しくは、っはあああ!!」

 はい、上、上、下、下、右、左、右、左。

 秘密のコマンドを入力してみました。これで、もう隠さなくても良いよ。


「・・・・・・く、くく、っふ、ふふふふ」

 キモ。もやし男ってば涙目で笑いだしてる。やべ、壊れたか?

 ・・・うん? なぁんか嫌な気配が。



(視点変更)


 月光を遮る木々の枝を抜けてティーマの横に降り立った異形のシルエットは、亜人より人間に近い形をしている。そして、その影が腕を振るう。


 咄嗟に後方に退がったティーマと間諜達だが、間諜の1人が間に合わず身体を両断される。


「デーモンか」

 間諜の長が漏らした言葉がティーマの耳に届く。

 姿形は人間に近いながらも、醜悪で吐き気を覚える容貌。

 瘴気によって獣が異形化して暴れ回る災害。多大な犠牲を容認して討伐をするか、瘴気が抜けるまで放置するか、いずれにせよそう簡単に倒せる存在ではない。


「ひ、ひひひ、ひひ。終わりだよ、貴様ら。

 ああ、指が痛い、痛い。チクショウ、貴様らの骨という骨もバキバキにしてやる」

 ティーマが虚ろな目でブツブツと呟くと、デーモンがのそりと身体を動かし、間諜達は身構える。


 刹那、黒い影が地を這うようにデーモンに向かって疾走し、白刃が煌く。


 一閃を受けたデーモンは、右脇腹から左肩にかけて大きな裂傷を生じ、体を崩しかける。しかし、その傷からは血液の代わりに森の闇よりも暗い煙のようなモノが吹き出し、その傷が修復された。


 黒い影は修復される傷に構わず、デーモンに連撃を加えるが、斬った側から修復されて決定打にならない。


 そんな黒い影を鬱陶しく思ったのか、デーモンは羽虫を払うように再度腕を振った。

 それで生まれた衝撃波が地面を半月状にめくり上げ、腕を回避したクロウはそこを境にデーモンと対峙する。


「ふう」

 何やら喚いているティーマを視界から外し、その横に佇むデーモンを見据えるクロウ。

 どうやら、テイマーを守るためにデーモンは積極的に攻撃してくることはないようだ。

 しかし、時間が経過するとティーマが使役する他の亜人群が来ることは確実である。

 また、ユーリリオンの間諜は自軍とサイプレス軍の衝突までに工作を終わらせなければ、ユーリリオンの敗北が必至であるため、なるべく早くこの膠着状況を脱する必要がある。


「おい、俺が奴の相手をする。隙を見て、あのもやしをとっ捕まえろ」

 そう間諜の長に向かって呟くと、クロウは異形に向かって再度突進する。





 それは、シノノメやティーマから見ると単調な戦いだった。

 デーモンの腕をかいくぐって、クロウが斬りつける。何度も何度もその繰り返しである。

 しかし、人間であるクロウのスタミナは有限であり、さらにデーモンには血も脂も無いとはいえ、彼の刀は振るうたびにその斬れ味が悪くなってくる。


(何、やってんだかな)

 クロウは刀を振りながら、心の中で自嘲する。


(俺のやりたいことは、ただのやつあたりなのはわかってる。

 俺に対して理不尽なことをしたのは、あの双子だけじゃないよな)

 彼の体からは汗が噴き出し、身体中についた大小の傷からの血が混じり滴り落ちる。


(あの小動物も・・・、どうやらあの双子に振り回されたみたいだな)

 そしてまた、クロウはデーモンの攻撃を避け、その体に斬撃をいれる。





 クロウがデーモンに致命的損傷を与えることができず、またティーマの側からデーモンを引き離すこともできない状況にしびれを切らしたのは橙色の髪の男だった。

「もういい、早くまとめて吹き飛ばせ」

 その言葉と同時にデーモンは腕を振るうのを止め、大きく息を吸い込み。


(ヤバイ)

 クロウは大きく後方に退く。そして、デーモンは瘴気ブレスを吐き、木々ごと彼や間諜達をまとめて吹き飛ばした。





(視点変更)


 ・・・・・・あれ、生きてる。あつっ、痛たたた。

 えっと、確かあの悪魔みたいなのが現れて、クロウさんが相手をしてたと思ったら、いきなり黒い息を吐いてきて・・・!!

 クロウさん!? そうだ、私は彼にその息に巻き込まれる前に、放り投げられたんだ。


 痛む体をおして立ち上がって見回すと、剥き出しの地面の上に彼や獣人の人達が倒れている。

 私は急いでクロウさんの元に駆け寄り、息を確かめる。・・・よかった、死んでない。



「ハハハハハ、ザマアミロ!! 貴様らなんか、ボクにかかればこんなもんだ。

 雑魚が俺の指を折りやがって、これが報いだよ!!」

 狂ったような哄笑をあげる橙色の髪の男に私は気付いた。


 私は、フラフラとそちらに足を向ける。


「ゴミが残っていたか。おい、とどめを刺してやれ」

 私は、ティーマの言葉で再度ブレスをはこうとしている悪魔をぼうっと見る。



 けど、さっきみたいな衝撃は来なかった。

 悪魔は赤ちゃんのゲップみたいな黒い息を吐き、そのまま萎んでいった。

 多分、瘴気とやらを使い果たしたのだろう。


 私は、人の頭ほどの石を持って歩みを進める。重い。


 目の前ではティーマが呆然と悪魔の方を見ていたが、私に気付くと尻餅をついて命乞いを始める。

 そんなことをしてるなら逃げれば良いのに、本当に情けない男。

 もうほんとに最悪。身体中痛いし、疲れるし、汗臭いし。

 さっさと終わらせなきゃ。

「亜人どもを目につくもの全ての動くモノがなくなるまで暴れさせろ」

 私がそう言うと、目の前の男はガクガク頷いた。



「・・・・・・これで、亜人どもは暴れ回っているはずだ。

 なあ、これでいいだろ。もう勘弁してくれよ」

 私の背後で呻き声を上げながら、倒れてた人達が立ち上がる音がする。

 うん、これでもう大丈夫。私のやることはもうない。だから・・・。

「ごめんなさい。これ、やつあたりです」


 持っていた石を思いっきり橙色に叩きつけた。

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